放課後は、内緒の幼馴染。

「あ。また唇噛んでる」

「……!」

 小さい頃からの僕の癖だった。何か言いたいことがあるとき、口に出すか迷っていると唇をきゅっと結んで噛んでしまうのだ。幼馴染の玲乃にはすぐにバレてしまう。

「ほら。唇痛くなっちゃうから」

「……!?」

 ふにふにと指先で唇をほぐされる。その指が離れたと思った、次の瞬間だった。まさか唇に玲乃の指が触れるとは思っていなくて、僕はこくんと喉を跳ねさせた。顔に熱が集まっているのがわかる。身体中の血液が頬っぺたに集まっていくようで思わず後ろを向いた。こんな顔、玲乃に見せられない。

「ほら。おいで」

「わっ」

 後ろから伸びてきた色白の細く逞しい腕に囲われるようにして抱きしめられた。背中越しに触れる玲乃の体温は熱くて心地いい。僕は顔を下げて静かに呟いた。

「玲乃、は、恥ずかしい……」

 必死に振り絞った声だった。玲乃はくくく、と喉で笑うと僕の肩に顎をのせた。すぐ耳元で玲乃が囁く。

「なんで? 俺ら幼馴染でしょ。これくらい普通。みんなやってるって」

「そうなの……?」

 疑い深い僕は瞳をうるうるさせながら玲乃の顔を振り返って聞く。すると玲乃は目を僅かに見開いてからにこにこと微笑んだ。

「そう。幼馴染ならみーんなやってる。だから恥ずかしがらなくていいんだよ」

 玲乃はそう言ったけれど、本当かどうかなんて確かめようもなかった。

「う、うん。わかった。恥ずかしがらないように頑張るから、そろそろ勉強しよ」

 するりと猫みたいに玲乃の腕の中からすり抜ける僕を見て、玲乃がくすくすと笑っている。僕は真剣な表情になって古典の教科書を見つめる。

「まずは音読をしてから読みの確認をしよう。その後文法の確認と古典単語を覚えよう」

「はーい。睦先生。いつもみたく優しく教えてね」

 ブルーライトカットのついたリムレスメガネをかける玲乃を見てから、僕は真面目に音読を始める。

 句読点まで読み終わると、玲乃と交代した。玲乃は気怠げに音読をする。僕はそれを目を伏せて微笑みながら聞いていた。

 低くて聞き心地の良い声。

 声変わりをしたのは中2の頃かな。合唱コンクールで僕はソプラノだったけど、玲乃はテノールだった。喉が変って言って僕にいつものど飴をせがんできてた。あの頃は僕と同じくらいの背丈だったのになあ。今はもう180センチ以上あるんだから、低身長の僕には羨ましくて仕方ないんだ。

 SNSの配信ライブでも女の子のファンの人から「イケボ」って言われてて、本人は「でしょー?」とか煽るから女の子のファンはみんなハートのスタンプを連打してて、画面には玲乃を埋め尽くすほどのハートのスタンプばかりが目立つ。

 やっぱり玲乃、モテるよね。

 そう思ってしまったらなんだか隣にいる玲乃が急にはるか遠くの存在に思えてしまって胸が苦しくなるから、ぶんぶんと頭を振って気持ちを切替える。

 古典の課題に着手することにした。

 ワークの20ページから30ページまでを解いてくるようにとのことだ。解答書は先生が保管しているため自己採点ができないし、適当に丸写しすることもできない仕組みだ。

 僕がすいすいとページをめくり問題を解いていくのを玲乃はベッドに横たわりながら見下ろしていた。

「玲乃?」

 不意にすぴすぴという寝息が聞こえてきたのでまさかと思ってベッドを見たら、玲乃が眠っていた。疲れがたまっているんだろう。僕も少し伸びをして休憩をとろうと机に両腕をのせて頬をくっつけた。

 眠る玲乃の無防備な横顔を見つめながら、僕はそっと息を整えた。