放課後は、内緒の幼馴染。

 そして修学旅行の日を迎えた。

 2泊3日分のパッキングを済ませたキャリーケースを引いて東京駅へ向かう。僕は自分の身なりを姿見でチェックしてから玄関のドアを開けた。

 寝癖なし。服のシワもなし。靴紐もきちんと結んである。

 血色感のある桃色のリップで少し顔色を良くしておいた。夏休みの間、塾と家に引きこもっていたので日焼けせず、元から白い肌がさらに青白くなったように見えたのだ。

「おはよ」

 ドアを開けると、制服のワイシャツの上に灰色のパーカーを着込んだ玲乃が自身のキャリーケースに座り壁に背をもたれていた。

「お、おはよう」

 久々に見た玲乃に見慣れずにそわそわしていると、そんな僕を見て玲乃がふ、と微笑を浮かべた。

「飼い主に久しぶりに会えたわんこみたいに驚いてるね」

「な……! 驚いてるっていうか、夏休みの間ぜんぜん会えなかったし……元気か気になってたから」

「そうなんだ」

 僕の不器用な言葉を玲乃は静かに汲み取ったらしい。朝7時過ぎ。マンションの共有部には僕と玲乃の2人だけしかいない。不意に玲乃が僕の肩を抱き寄せてきた。ギュ、と密着した距離に心臓がびくんと跳ねる。

「はあ。会いたかった」

 溜息混じりの言葉に胸がきゅうっと締め付けられる。

「僕も会いたかったよ」

 玲乃が僕の肩に顎を載せながら耳もとで囁く。

「もう無理。ビタミンM不足で死にそう」

「ビタミンMってなに?」

 聞き慣れないワードだった。すると玲乃はゆっくり顔を上げて僕を見下ろして目を見つめてくる。

「ビタミンMはビタミン睦の愛称」

「なるほど……」

 嬉しいような気恥しいような気持ちになり目を逸らすと玲乃がぐっと距離を詰めてきた。

「夏休みの間仕事ばっかしてて全然癒されてない……。お願い。睦のことぎゅってさせて。そしたら元気になる」

 朝から絶賛甘えたモード全開の玲乃に驚きながらも、僕は素直に抱きしめられるのが嬉しくて「いいよ」と許可を与えていた。

「ん」

 と玲乃が息を洩らした。服越しに玲乃の体温が伝わってくる。あったかくて背中に回された玲乃の腕の中にいると安心する。

 数分経ってもなかなか離してくれない玲乃に僕は腕時計を見て慌てて身体を捩った。

「玲乃! 電車の時間来ちゃうよ」

 わたわたと慌てる僕をよそに玲乃は気怠げに息を吐いた。

「東京駅までタクればいいよ。ていうかもう下に呼んである。タクシー今着いたって」

「そうなの? 僕はてっきり電車で行くのかと思って……」

「キャリーもあるしタクシーのほうが移動楽ちんだから。さ、行こ」

 玲乃が僕のキャリーケースも引いてエレベーターに乗り込んだ。僕は手荷物の最終確認をしてからタクシーに乗り込む。忘れ物でもしたら大変だ。

 下に停まっているタクシーに乗り込むと、2人して他愛もない話をする。

 玲乃は夏休みの間ほとんど仕事の都合で昼夜逆転のような日も続いていたらしく、目がしょぼしょぼとしている。

 僕はそんな玲乃を気にかけ東京駅につくまで肩を貸した。玲乃はぽてりと僕の肩に頭を載せてすうすうと寝息を立て始めた。そんな穏やかなひとときが幸せだった。

 僕もまだ眠気まなこでうつらうつらしていると、いつのまにか東京駅に着いていた。玲乃を起こしてキャリーケースを引きずり集合場所に向かうとそこには既に何人かのクラスメイトの姿があった。

 時刻を見れば集合時間まで少し余裕がある。ほっと安堵の溜息をついていると、後ろから声をかけられた。

「おはようさん。2人とも」

「……お、おはよう」

「……はよ」

 冴島くんからの挨拶に僕と玲乃が応じる。玲乃はタクシーで寝ていたため、機嫌が悪いのか素っ気なく返した。

「いよいよやなあ。俺、昨日はなかなか寝付けんかったわ」

子供(ガキ)だな」

 低空飛行モードの玲乃の言葉を冴島くんはにこにこ笑って受け流す。僕は玲乃の不機嫌モードが冴島くんに悪影響を及ぼすのではとはらはらしていたが、さすが関西人というべきか特段気にしていない様子だった。

「ええやんか。男3人旅楽しもな!」

「うん!」

 僕が胸を踊らせていると玲乃も微かに唇を引いて笑った。

 東京駅で葉月先生を筆頭にクラスごとに集まり新幹線へと乗車した。

 僕は新幹線に乗るのはこれが初めてで胸をわくわくさせながら席で寛ぐ。新幹線の席も班ごとにまとまって座るため、玲乃と隣同士になった。冴島くんはというとひとつ前の席で葉月先生と隣同士で座っていた。

「わあ。富士山だ」

 目を輝かせて窓の外を見つめていると玲乃がスマホを取り出してカシャ、と写真を撮ってきた。不意打ちの撮影に僕は目を丸くさせる。その瞬間も何度も写真を撮られて、思わず顔を手で覆った。

「なに照れてんの。思い出に残そうよ。ほら、これとか良い笑顔だよ」

 玲乃は写真を撮影するのが上手い。スマホの画面には目をきらきらさせている僕の横顔が鮮明に映っていた。冴島くんが「なんやなんや」と顔を覗かせる。

「おー。ええやんけ。これぞ修学旅行やな。ほな2人とも撮ったるで。はいチーズ」

 ぐい、と玲乃に肩を抱き寄せられる。冴島くんに見られているからこの密着した距離感について何か思われないだろうかと勘ぐってしまう。カシャッとカメラのシャッター音が鳴る度に上手く笑えただろうかと僕の不安が募る。

「いいやん。これお前ら映りええわ。盛れとる」

 そう言って冴島くんが1枚の写真を見せてきた。画面の中の僕が目尻を垂らして微笑み、玲乃は軽く唇を引き上げていてモデルのような『微笑』という笑い方だ。

 さすがインフルエンサーだけあって玲乃の表情の作り方は完璧だ。僕はその写真をじっと見つめ、心の内側がぽかぽかと温まるのを感じた。

 3人のグループチャットで写真や動画を共有する約束をしているのですぐに冴島くんがグループチャットに写真を載せてくれた。僕はそれを即保存した。

 この写真スマホのロック画面にしたいな……。

「ほら。3人でも撮るで。はい、チーズ」

 冴島くんが声をかけてきたので僕ははっとしてカメラを見つめる。ピースサインを片手に笑顔を浮かべてみる。

 冴島くんは数枚カシャカシャとスマホを鳴らして撮ると、隣の席で居眠りをしている葉月先生も画面に映して4人で写真を撮った。葉月先生は熟睡中のようで起きる素振りは見せない。

「修学旅行終わったらこの写真、葉月センセに見せたるわ」

 ぷくく、と悪戯っ子のような含み笑いをしている冴島くんに、それは後で葉月先生にゲンコツを食らうんじゃないかと僕は思い曖昧に笑って頷く。

 
 2時間半かけて京都に到着した。まずはみんなで2泊3日泊まるホテルへと向かう。駅から近い都会的なタワーホテルだった。その1室に玲乃と僕、冴島くんが荷物を運んで寝るベッドを決める。

「4人部屋に3人って贅沢やなあ。俺、ここもーらいっ」

 ばふん、と白いベッドシーツの上に冴島くんがダイブする。弾み心地がいいのかそのまま騒がしく跳ねている。それを横目に玲乃が自身のベッドを選んだのを見て、僕はその隣のベッドに荷物をまとめた。

 時刻は13時過ぎ。この時間から最終日の新幹線の出発時間までそれぞれの班で自由行動になる。早速僕たち3人は昼食がてら京都の街並みを散策することにした。

「ここや。ごっつ美味いお好み焼き屋」

 冴島くんにおすすめされていたお好み焼き屋に入る。暖簾をくぐると鉄板からジュージューと香ばしい鰹節の匂いが立ち込めた。

 席に案内されメニューをみんなで見て選ぶ。冴島くんのおすすめの『明太もちチーズもんじゃ』『海鮮お好み焼き』『オムそば』を注文した。

 まずはお好み焼きがやってきて、店員さんがその場で調理を始めた。素早い手さばきで具材を細かく刻むと丸く形を整えて焼き始める。その隣の鉄板で冴島くんが明太もちチーズもんじゃを作り始めている。僕と玲乃はその手伝いをする。鉄板の上の具材が焼ける美味しそうな匂いにぐるる、と僕のお腹が鳴る。2人がくすくす笑って1番最初に僕のお皿にお好み焼きをよそってくれた。