放課後は、内緒の幼馴染。

「お前らー。班決め始めるぞー」

 文化祭が終わった翌週のHRで葉月先生が説明を始める。

「天満高校の修学旅行は8月の第4週目。京都と大阪エリアにて2泊3日を予定している。詳しいスケジュールの載っている栞を配布するから後ろに回せー」

 クラスのみんながわいわい話しながら栞を後ろの席へとまわす。

 天満高校の修学旅行は普通の学校の行事とは少し異なる。

 天満高校の入学式の後の説明会で聞いたのだが、天満高校の掲げる校訓として『自ら学び、自ら経験する学生を育てる』というものがある。生徒の自主性を重んじ、それを育むというものだ。この校訓があるため、2泊3日のうち初日と最終日は新幹線の発着のスケジュールが組まれているだけで、その他の予定は全て班行動で生徒たちは自由に過ごすことになっていた。

「じゃあ早速班決めするぞー。1班は5人グループだ。泊まるホテルの部屋も日中行動するメンバーも同じだからよく考えて決めろよー」

 葉月先生はいつものように煙草休憩に向かってしまった。教室の雰囲気が一気に修学旅行気分へと変わる。文化祭が大成功したのもありクラスのみんなの連帯感が強まっていた。

 僕は誰と同じ班になろうか考えながら周りの様子を見ていた。人数不足の班に入れてもらうのが無難だろうと考えていた。なのに──。

「睦。おいで」

「え?」

 振り返れば玲乃が僕を見下ろしてきていた。まさか学校でクラスのみんなの目がある中で話しかけられるとは思ってもいなくてたじろいていると、そんな僕の肩を文化祭でCチームのリーダーを務めていた冴島くんがぽんぽんと叩いてきた。

「よろしゅうなー」

 玲乃と冴島くんが僕の席の周りを囲む。背の高い2人に囲まれ圧倒された僕は言葉が出てこなかった。

「あと2人どうしようかねー」

 冴島が黒い縁の眼鏡を持ち上げてきょろきょろと辺りの様子を伺っている。見ればほとんどの生徒は5人1組の班が出来上がっていた。

「そういやあ、文化祭終わってから村野と三上ってずっと休んでるよな。何かあったんやろか」

 独り言のように冴島くんが呟いた言葉が僕の胸に激しく迫ってきた。息苦しくなりそうになり、急いで窓を開ける。ゆっくりと息を吸い込んで吐くを繰り返していると少し落ち着いてきた。幸い、背中の痛みはほとんどなく、ピンポン玉くらいの大きさの赤黒い痣が少し残っているだけ。それを鏡で見るたび悲しくもなるけど、過ぎたことは過ぎたことと忘れるようにしていた。

 ちょうどその時、葉月先生が教室に戻ってきた。

「報告が遅くなって悪いが村野と三上は一身上の都合で転校したそうだ。俺もさっき校長から連絡が入った。だから3人グループの班がひとつできるんだが……ああ、主濱と冴島、守須のところは3人だからちょうどいいか。お前らそれでいいか?」

 村野と三上が転校した、という事実に一瞬だけクラスの空気が張り詰めた。けれどもう自分たちに関わりのないことだと認識すると、それぞれ班のメンバーとどこへ行くか話し合いを再開しはじめた。

「ふうん。あいつら挨拶もなしに転校していったんか。変な奴らやなあ。まあ、そんなん気にせんと班のメンバーについては俺らはそれでええやろ。3人1組なら行動しやすそうやし、ホテルの部屋も広う使えるで」

 冴島くんの言葉はもっともで玲乃も僕もこくんと頷いた。

 そして僕は村野と三上が転校したことにほっとしていた。もうあんな思いをしなくて済む。あの二人が視界に入る度に過去のことを思い出して苦しんでいたけど、それももう心配ない。そう思ったら緊張して張り詰めていた固い心が、少し柔らかさを取り戻しているように感じた。

「そしたら班のリーダーを決めて俺に報告しろー。あと3日間のスケジュールを決めたら俺のほうへ報告に来い。以上だ」

「せや。俺らも行く場所決めんと。京都と大阪は俺の庭や。どこへでも連れてったるで」

 むふふ、とドヤ顔で言い切る冴島くんに僕はほっと胸を撫で下ろす。

 まだ京都と大阪エリアには行ったことがない。詳しい人が傍にいるから安心して旅ができそうだ。一方の玲乃はというと、気ままにスマホで観光スポットを調べている。僕は冴島くんに質問をしながら、3人でどこへ観光に行くかを話し合った。

「そんなら初日は修学旅行の間ずっと京都駅近くのホテルに泊まるから、近場で飯行こか。ごっつ美味いお好み焼き屋知っててん。土産屋もぎょうさんあるから見るだけでも楽しめるはずや」

「うん。初日は体力温存して、2日目と最終日に思いっきり遊びたい」

 冴島くんの提案に僕はうんうんと頷きながら同意する。玲乃も「いいんじゃね」と冴島にこぼしていた。

「そしたら2日目と最終日は──」

 HRがちょうど終わる頃に3人の修学旅行のスケジュールが決まったので、リーダーを買ってでてくれた冴島くんが葉月先生のところへ向かう。玲乃は僕にだけ聞こえるようにそっと耳打ちしてきた。

「寝る部屋一緒なの嬉しい」

 悪戯じみた笑みを浮かべる玲乃に僕はぷいと顔を背ける。

「冴島くんもいるから変なことはできないよ」

 そう言うと玲乃がくくく、と喉を鳴らして笑う。

「なあに。睦は修学旅行の夜に変なことされたいの?」

「なっ……ち、ちがうっ」

 しまった。墓穴を掘っちゃった。これじゃまるで僕が玲乃に変なことをされるのを期待しちゃってるみたいじゃないか。

 玲乃はくすくす笑い続けて僕に囁く。

「顔真っ赤っか。図星でしょ」

「……っ」

 その時冴島くんが戻ってきたので、僕はそっぽを向いて顔の熱を冷まそうとする。

「よっしゃ。葉月センセからオッケーでたからこのスケジュールで行こか。あとは当日まで体調管理しっかりして修学旅行楽しもな!」

 弾けるような笑顔の冴島くんを見て僕も玲乃も和やかな雰囲気になりHRを終えた。




 前期の終業式が終わり夏休みが始まった。

 僕は夏休みから通うことに決めた塾の夏期講習に打ち込んでおり、息つく間もない日々を送っていた。

 午前中から塾へ向かい帰宅するのは21時頃。個別指導塾なので勉強のペースはすべて生徒に合わせてもらえる。ただ、入塾テストの際に自分の実力を出したところ思うような良い結果ではなくてそれが僕の気持ちを少し焦らせていた。

 学校のテストの成績が良くても、大学受験の試験内容は応用問題が多くまだ習っていない分野の内容も多く答えられなかったからだ。

 玲乃と顔を合わせることは夏休みの間一度もなかった。家が隣だというのにこんなにも会えないなんて、と初めは寂しく思っていたが、玲乃のSNSのアカウントを見るとインフルエンサーの仕事で忙しい様子だった。

 仕事があるんじゃ仕方ないかと納得した。玲乃が出演しているバラエティ番組を見ることが僕の寂しさを癒した。

 SNSでバズった街中のカフェやスポットを同じくインフルエンサーの美音(みおん)という女子高校生と一緒に散策している動画だ。

 この動画はかなり好評で『玲乃くんと一緒にデートしている気分になれる』と多くのファンが喜びを爆発させていた。僕のその一人であり、時々あざとい仕草をして玲乃に絡む美音に嫉妬したものだ。玲乃はそれを上手くスルーしていて、その塩対応ぽさがさらにファンの心を掴んでいる。