放課後が一番疲労を溜める結果となったのはいうまでもない。
櫂李は卵すら割れず、紫暮は砂糖と塩を間違える始末。
余分に2パック買っていた卵は瞬く間に消え去った。
なんとか最後の最後に形にななったものの、これで明日の弁当当番が務まるのか、謎すぎる。
「櫂李は弁当当番は当たらないから、まあいいとして。紫暮、明日……大丈夫そ?」
「全然、大丈夫じゃない。どうしよう、こんなに料理が難しいなんて思ってなかった」
「誰かに代わってもらった方が良いんじゃないですか? 大夢、料理好きって言ってましたよ」
「マジで!? 早速相談するわ。サンキュー、櫂李」
テーブルに並んだ卵焼き。しょっぱいのから焦げてるのから、もはやスクランブルエッグになってるのやら……。
「これ、どうする?」
「俺が責任持って食べるよ。折角教えてもらったのに、ごめんな」
「大夢、どうだって?」
「卵焼きの写真を送ったら、『僕が弁当作ります』って即レスだった」
「だろうな。みんなのためにも、そうするべきだ」
俺の隣で櫂李がうんうんと頷く。
結局、失敗作は三人で食べた。
「これ、辛すぎる!! 紫暮先輩、どんだけ塩入れたんですか」
「甘い方がより美味しいのかなって思って、星凪が言ってた分量より多めに入れた」
「それで塩入れたんだから、辛いはずですよ」
「でもこっちのは、さっき殻が入ってた。噛んじゃったじゃん」
「だって卵割るの難しかったんですもん。カルシウム摂れるからセーフですよね」
失敗した本人たちは楽しそうだ。
俺ならヘコんでるだろうけど……。
「ってか、星凪先輩は食べないで良いですよぅ! そんな不味いもの食べさせられません!」
「そうだ、無理すんな。星凪に責任はないんだからな。俺らの料理のセンスが絶望的になかったのがいけないんだから」
俺から皿を取り上げる。
「え、いいよ。いっぱいあるし。初めてなんだから失敗して当たり前。俺だって最初から上手くできたわけじゃないし」
「先輩……」
「……え、なに……」
「せんぱーーーい!! 優しすぎますーー!!」
「わっ!! だから抱きつくなって!! 紫暮もいるんだぞ」
「じゃあ誰もいないところなら良いですか?」
「そういう問題じゃないだろ!!」
「今の星凪先輩の言い方じゃ、そんなふうに聞こえますよ。オレは、いつでもオッケーですからね」
話が通じない。
必死に体を離そうとしても、びくともしない。
そんな俺らを紫暮は笑って見てるだけだし。
「さっさと食べて、片付けしろ!!」
まったく、大型忠犬の躾も大変だ。
紫暮がB棟に帰ると二人きりになる。
櫂李は鼻歌を歌いながら食器を拭いて片付けていた。
俺はぐったりとソファーに身体を沈める。
「先輩、カフェオレ淹れましたよ。一息つきましょう」
「あ、ありがとう」
こんな気はしっかり遣えるから憎めない。
温かいカフェオレが、叫びすぎて疲れた喉に膜を張って癒してくれる。
「ねぇ、先輩。来月、近くの神社でお祭りやるの知ってます?」
「あぁ毎年やってるやつな。結構屋台とかも出て盛り上がってるぞ。まぁ、全寮制でなかなか楽しみもないからな。凪高生の殆どが行ってるんじゃね?」
「先輩も、毎年誰かと行ってるんですか?」
「まぁ。って言っても生徒会メンバーとばっかりだけど」
「今年、オレと一緒に行ってくれませんか?」
「別にいいけど。どうせ凛たちも行くだろうし、みんなで……」
「違います!! 二人きりで行きたいんです!!」
身を乗り出して押し倒す勢いで迫られる。
「だから、距離近すぎ!! お祭りもいいけど、その前にテストがあるの忘れてないだろうな?」
「分かってますよ。こう見えて、オレ、主席で入学してるんですからね」
それはそうだ。じゃないと、誰でもが希望すれば生徒会に入れるわけじゃない。
入学と同時に生徒会メンバーに選ばれるには、入試でトップクラスの成績を収めなくてはならない。
普段からノリで生きてるような櫂李は、紛れもなく優秀な生徒であるとは認めざるを得ない。
「……なんか、ムカつく」
「なんでですか!?」
「一回成績落として泣いてほしい」
「酷いですよぅ。先輩の側に来るために、人生で一番頑張ったんですからね」
「はいはい、そうだったな。じゃあ、テスト頑張ったら、一緒に行くか」
「本当ですか!? やったー!! 浴衣、着ましょうね!! 素敵だろうなぁ……先輩の浴衣姿……」
「は? 俺、浴衣なんて持ってないけど」
「大丈夫です。オレが準備しますから」
任せてくださいと、胸を叩く。
「じゃあ、オレ、洗濯物取り込むんで、先輩は休んでてくださいね」
「いいよ、今日の洗濯当番は俺だし」
「料理教室で疲れてるでしょうから、そのお礼です」
立ち上がってバルコニーに出る。
遠慮なく、休ませてもらうことにした。
「ま、いい奴なんだけどな」
ソファーの背もたれに腕をかけ、バルコニーに視線を向ける。
きっと俺が一歩踏み込めば晴れて恋人になるのだろう。前と同じように。
全ては俺次第。
それが妙にプレッシャーで、どのタイミングで心を開けば良いのか悩んで、多分もう何回もチャンスを逃している。
それを紫暮に言ったところで「好きだと思った時に好きだって言えば良いじゃん」なんて言われて終わる。そんな器用な性格じゃないから困ってるのに。
ガラス越しに目が合うと、櫂李が俺に手を振っている。
「……ばーか」
口パクで言うと伝わったらしく、大袈裟に驚いてる後輩ワンコに思わず笑ってしまった。
櫂李は卵すら割れず、紫暮は砂糖と塩を間違える始末。
余分に2パック買っていた卵は瞬く間に消え去った。
なんとか最後の最後に形にななったものの、これで明日の弁当当番が務まるのか、謎すぎる。
「櫂李は弁当当番は当たらないから、まあいいとして。紫暮、明日……大丈夫そ?」
「全然、大丈夫じゃない。どうしよう、こんなに料理が難しいなんて思ってなかった」
「誰かに代わってもらった方が良いんじゃないですか? 大夢、料理好きって言ってましたよ」
「マジで!? 早速相談するわ。サンキュー、櫂李」
テーブルに並んだ卵焼き。しょっぱいのから焦げてるのから、もはやスクランブルエッグになってるのやら……。
「これ、どうする?」
「俺が責任持って食べるよ。折角教えてもらったのに、ごめんな」
「大夢、どうだって?」
「卵焼きの写真を送ったら、『僕が弁当作ります』って即レスだった」
「だろうな。みんなのためにも、そうするべきだ」
俺の隣で櫂李がうんうんと頷く。
結局、失敗作は三人で食べた。
「これ、辛すぎる!! 紫暮先輩、どんだけ塩入れたんですか」
「甘い方がより美味しいのかなって思って、星凪が言ってた分量より多めに入れた」
「それで塩入れたんだから、辛いはずですよ」
「でもこっちのは、さっき殻が入ってた。噛んじゃったじゃん」
「だって卵割るの難しかったんですもん。カルシウム摂れるからセーフですよね」
失敗した本人たちは楽しそうだ。
俺ならヘコんでるだろうけど……。
「ってか、星凪先輩は食べないで良いですよぅ! そんな不味いもの食べさせられません!」
「そうだ、無理すんな。星凪に責任はないんだからな。俺らの料理のセンスが絶望的になかったのがいけないんだから」
俺から皿を取り上げる。
「え、いいよ。いっぱいあるし。初めてなんだから失敗して当たり前。俺だって最初から上手くできたわけじゃないし」
「先輩……」
「……え、なに……」
「せんぱーーーい!! 優しすぎますーー!!」
「わっ!! だから抱きつくなって!! 紫暮もいるんだぞ」
「じゃあ誰もいないところなら良いですか?」
「そういう問題じゃないだろ!!」
「今の星凪先輩の言い方じゃ、そんなふうに聞こえますよ。オレは、いつでもオッケーですからね」
話が通じない。
必死に体を離そうとしても、びくともしない。
そんな俺らを紫暮は笑って見てるだけだし。
「さっさと食べて、片付けしろ!!」
まったく、大型忠犬の躾も大変だ。
紫暮がB棟に帰ると二人きりになる。
櫂李は鼻歌を歌いながら食器を拭いて片付けていた。
俺はぐったりとソファーに身体を沈める。
「先輩、カフェオレ淹れましたよ。一息つきましょう」
「あ、ありがとう」
こんな気はしっかり遣えるから憎めない。
温かいカフェオレが、叫びすぎて疲れた喉に膜を張って癒してくれる。
「ねぇ、先輩。来月、近くの神社でお祭りやるの知ってます?」
「あぁ毎年やってるやつな。結構屋台とかも出て盛り上がってるぞ。まぁ、全寮制でなかなか楽しみもないからな。凪高生の殆どが行ってるんじゃね?」
「先輩も、毎年誰かと行ってるんですか?」
「まぁ。って言っても生徒会メンバーとばっかりだけど」
「今年、オレと一緒に行ってくれませんか?」
「別にいいけど。どうせ凛たちも行くだろうし、みんなで……」
「違います!! 二人きりで行きたいんです!!」
身を乗り出して押し倒す勢いで迫られる。
「だから、距離近すぎ!! お祭りもいいけど、その前にテストがあるの忘れてないだろうな?」
「分かってますよ。こう見えて、オレ、主席で入学してるんですからね」
それはそうだ。じゃないと、誰でもが希望すれば生徒会に入れるわけじゃない。
入学と同時に生徒会メンバーに選ばれるには、入試でトップクラスの成績を収めなくてはならない。
普段からノリで生きてるような櫂李は、紛れもなく優秀な生徒であるとは認めざるを得ない。
「……なんか、ムカつく」
「なんでですか!?」
「一回成績落として泣いてほしい」
「酷いですよぅ。先輩の側に来るために、人生で一番頑張ったんですからね」
「はいはい、そうだったな。じゃあ、テスト頑張ったら、一緒に行くか」
「本当ですか!? やったー!! 浴衣、着ましょうね!! 素敵だろうなぁ……先輩の浴衣姿……」
「は? 俺、浴衣なんて持ってないけど」
「大丈夫です。オレが準備しますから」
任せてくださいと、胸を叩く。
「じゃあ、オレ、洗濯物取り込むんで、先輩は休んでてくださいね」
「いいよ、今日の洗濯当番は俺だし」
「料理教室で疲れてるでしょうから、そのお礼です」
立ち上がってバルコニーに出る。
遠慮なく、休ませてもらうことにした。
「ま、いい奴なんだけどな」
ソファーの背もたれに腕をかけ、バルコニーに視線を向ける。
きっと俺が一歩踏み込めば晴れて恋人になるのだろう。前と同じように。
全ては俺次第。
それが妙にプレッシャーで、どのタイミングで心を開けば良いのか悩んで、多分もう何回もチャンスを逃している。
それを紫暮に言ったところで「好きだと思った時に好きだって言えば良いじゃん」なんて言われて終わる。そんな器用な性格じゃないから困ってるのに。
ガラス越しに目が合うと、櫂李が俺に手を振っている。
「……ばーか」
口パクで言うと伝わったらしく、大袈裟に驚いてる後輩ワンコに思わず笑ってしまった。



