翌朝。
カーテンの隙間から差し込む光が、ぼんやりした天井を照らしていた。
起き上がろうとした瞬間――

「……っ、いってぇ……!」

腕をちょっと動かしただけで、筋肉が悲鳴を上げた。
肩から二の腕にかけて、じんわりと熱を持ってる。
昨日、葵に筋トレを教えてもらったせいだ。
いや、正確に言うと――フォームを直してもらったせい。

あの瞬間、背中から腕を包み込まれて、温かい体温がピタリと重なった。
耳元で低く響いた声。

『腰、ちょっと上がってる。……ほら、こう』

(思い出すだけで、刺激が強すぎる……)

息が喉に引っかかって、まともに呼吸できなかった。
筋トレ中なのに、心臓の方が限界突破してた。

「……マジで、反則だろ……」

布団の中で腕をさすりながら、思わずため息が漏れる。
身体の痛みよりも、あの時の熱がまだ残ってる気がして、顔が勝手に熱くなる。

(葵、あんな顔で真面目に教えるなよ……。優しすぎる声とか、目が合う距離とか、全部ずるい……)

枕を抱きしめて転がる。
カーテンの向こうで鳥が鳴いてるのに、全然爽やかじゃない。

(……ていうか俺、どんだけ意識してんだよ)

(最初は『隣の人のアレの声が聞こえる』って思ってただけだったのに……)

今ではもう、違う。
夜の静けさの中で壁の向こうから聞こえる息づかいを思い出すたび、胸がぎゅっと締めつけられる。
「……あ、きつ……もうちょい……」――あの真剣な声が、鼓膜に焼き付いて離れない。

「……はぁ」

枕に顔を埋めて、息を吐く。
葵の「もう少し」「頑張れ」って声が、頭の中で何度も再生されて、心がざわざわする。
たぶん俺、もうあの人の声なしじゃ落ち着かない。
そんなこと、自分でも信じたくないのに。

スマホを手に取ると、画面の通知が光ってた。

『筋肉痛、大丈夫?』

……葵から。

「……うわ」

思わず声が漏れる。
優しさなのか、追い打ちなのか、どっちだよ。

(優しいのか、天然のドSなのか……)

「大丈夫……なわけないだろ」

そうつぶやいて、返信の文字を打ちかけて――指を止めた。
結局送らずに、スマホを伏せて壁の方に目をやる。

その向こうに、葵がいる。
今ごろ、朝トレでもしてるのかもしれない。
もし耳を澄ませたら、あの息づかいがまた聞こえてくるんじゃないかって、思ってしまう。

(……今夜も、聞こえるかな)

痛む腕を抱えながら、ゆっくり目を閉じた。
頬が熱くて、どうしようもない。
本当に情けないけど――
俺、もう完全に恋に落ちてる。