夜。
外の風が少しひんやりしてきた頃。
部屋の明かりを落として、スマホをいじっていたそのとき――。
パサ……パサパサ……。
(……ん?)
耳に届いた小さな音に、思わず顔を上げた。
この音には聞き覚えがある。
そう――引っ越し初日に、俺がコンドームの袋を開ける音だと信じて疑わなかった、あの音。
(あれ……そういえば、結局あの音って何の音だったんだ?)
(まさか本当に……いやいや、でも……!)
(ってか、俺、初日から隣の性生活を真剣に考えてたのか!?)
(欲求不満か俺!落ち着け!引っ越して早々何妄想暴走してたんだよ!)
(……でも、あの声、エロすぎだったんだって……!)
けれど今夜のそれは、どこか違った。
壁の向こう――つまり葵の部屋の方じゃない。
もっと外側。風に乗って、ベランダの方から聞こえる。
心臓が妙にざわつく。
ゆっくり立ち上がり、ベランダにそっと出て、隣をのぞき込む。
月明かりに照らされた向こうのベランダには――葵が立っていた。
白いタンクトップにジャージのズボン。
腕の筋が月光を反射して、薄い汗の粒が滑っている。
その手には、銀色に光る袋。
パサッ、パサパサッ。
――その音だ。まさしく、あの音。
(……え、まさか……これ?)
脳の中で何かがパチンと弾ける。
(……これが、あの音!?)
つまり――俺が毎晩、コンドームの袋を開ける音だと信じていたアレは……。
まさかの、プロテインの袋!?
(……ちょ、嘘だろ……俺、どんだけピュアに勘違いしてたんだよ!)
衝撃と恥ずかしさで口が勝手に動いた。
「……う、うそだろ……」
「ん?」
顔を上げた葵が、こっちを見た。
月光を背負って立つその姿が、なんかずるいくらい眩しい。
「あ、楓?起きてたんだ」
その穏やかな声に、喉が鳴る。
……聞き覚えのある声。何度も夜に聞いて、勝手に悶えていた声。
「な、なにしてんの……?」
「ん?プロテイン開けてるだけ」
「ぷ、プロテイン……?」
「うん。筋トレ終わったあと、すぐ飲まないと意味ないから」
あっさりとした口調で、当たり前みたいに言う葵。
俺はというと、ただ口をぱくぱくさせる魚状態だった。
(袋の音も……俺の早とちり……!?)
顔から熱が一気に上がって、視界が霞む。
恥ずかしさで死ねるレベル。
「もしかして、興味ある?」
「えっ!?な、なにに!?」
思わず声が裏返った。
葵がくすっと笑って、袋を持ち上げる。
「プロテイン」
「……っ!」
(あっぶね……違う意味に聞こえた……!)
「よかったら、飲んでみる?」
「い、いい!俺そういうの……飲まないし!」
「ふーん?」
葵は軽く頷いて、シェーカーに粉を移す。
その動作が妙に手慣れていて、腕の筋が動くたび光って、見てはいけないのに目が離せなかった。
(なんでこんな普通の動作なのに、ドキドキすんだよ……俺)
葵がふと笑って、低い声で言った。
「……なに、そんな顔して。もしかして、変なこと浮かんだ?」
「は!?な、なにが!?」
「今の焦り方。ここからでもわかるくらい、顔赤くなってるだろ」
「み、見んな!」
「見てないって。……でも、反応、素直すぎ」
「~~っ!」
冗談みたいなのに、妙にドキッとする。
楓は胸の奥が熱くなって、息が詰まり、何も言えなくなった。
月明かりの中、葵の手元のシェーカーがシャカシャカと揺れて、淡い音を立てる。
中身が白く泡立って、夜気の中に甘い匂いが漂った。
「今度さ、一緒に飲もうよ」
「……え?」
「プロテイン。同じ味、好きになってくれるかもしれないし」
低くて、優しい声。
その響きが、夜風よりもずっと柔らかく胸に落ちる。
(やめろよ……その言い方……また誤解しそうになる)
なのに、言葉とは裏腹に。
俺の心はもう――誤解どころじゃなく、本気で跳ねていた。
外の風が少しひんやりしてきた頃。
部屋の明かりを落として、スマホをいじっていたそのとき――。
パサ……パサパサ……。
(……ん?)
耳に届いた小さな音に、思わず顔を上げた。
この音には聞き覚えがある。
そう――引っ越し初日に、俺がコンドームの袋を開ける音だと信じて疑わなかった、あの音。
(あれ……そういえば、結局あの音って何の音だったんだ?)
(まさか本当に……いやいや、でも……!)
(ってか、俺、初日から隣の性生活を真剣に考えてたのか!?)
(欲求不満か俺!落ち着け!引っ越して早々何妄想暴走してたんだよ!)
(……でも、あの声、エロすぎだったんだって……!)
けれど今夜のそれは、どこか違った。
壁の向こう――つまり葵の部屋の方じゃない。
もっと外側。風に乗って、ベランダの方から聞こえる。
心臓が妙にざわつく。
ゆっくり立ち上がり、ベランダにそっと出て、隣をのぞき込む。
月明かりに照らされた向こうのベランダには――葵が立っていた。
白いタンクトップにジャージのズボン。
腕の筋が月光を反射して、薄い汗の粒が滑っている。
その手には、銀色に光る袋。
パサッ、パサパサッ。
――その音だ。まさしく、あの音。
(……え、まさか……これ?)
脳の中で何かがパチンと弾ける。
(……これが、あの音!?)
つまり――俺が毎晩、コンドームの袋を開ける音だと信じていたアレは……。
まさかの、プロテインの袋!?
(……ちょ、嘘だろ……俺、どんだけピュアに勘違いしてたんだよ!)
衝撃と恥ずかしさで口が勝手に動いた。
「……う、うそだろ……」
「ん?」
顔を上げた葵が、こっちを見た。
月光を背負って立つその姿が、なんかずるいくらい眩しい。
「あ、楓?起きてたんだ」
その穏やかな声に、喉が鳴る。
……聞き覚えのある声。何度も夜に聞いて、勝手に悶えていた声。
「な、なにしてんの……?」
「ん?プロテイン開けてるだけ」
「ぷ、プロテイン……?」
「うん。筋トレ終わったあと、すぐ飲まないと意味ないから」
あっさりとした口調で、当たり前みたいに言う葵。
俺はというと、ただ口をぱくぱくさせる魚状態だった。
(袋の音も……俺の早とちり……!?)
顔から熱が一気に上がって、視界が霞む。
恥ずかしさで死ねるレベル。
「もしかして、興味ある?」
「えっ!?な、なにに!?」
思わず声が裏返った。
葵がくすっと笑って、袋を持ち上げる。
「プロテイン」
「……っ!」
(あっぶね……違う意味に聞こえた……!)
「よかったら、飲んでみる?」
「い、いい!俺そういうの……飲まないし!」
「ふーん?」
葵は軽く頷いて、シェーカーに粉を移す。
その動作が妙に手慣れていて、腕の筋が動くたび光って、見てはいけないのに目が離せなかった。
(なんでこんな普通の動作なのに、ドキドキすんだよ……俺)
葵がふと笑って、低い声で言った。
「……なに、そんな顔して。もしかして、変なこと浮かんだ?」
「は!?な、なにが!?」
「今の焦り方。ここからでもわかるくらい、顔赤くなってるだろ」
「み、見んな!」
「見てないって。……でも、反応、素直すぎ」
「~~っ!」
冗談みたいなのに、妙にドキッとする。
楓は胸の奥が熱くなって、息が詰まり、何も言えなくなった。
月明かりの中、葵の手元のシェーカーがシャカシャカと揺れて、淡い音を立てる。
中身が白く泡立って、夜気の中に甘い匂いが漂った。
「今度さ、一緒に飲もうよ」
「……え?」
「プロテイン。同じ味、好きになってくれるかもしれないし」
低くて、優しい声。
その響きが、夜風よりもずっと柔らかく胸に落ちる。
(やめろよ……その言い方……また誤解しそうになる)
なのに、言葉とは裏腹に。
俺の心はもう――誤解どころじゃなく、本気で跳ねていた。



