銀警官のユディットは、ある任務の後、帰路の手段を失い、近くに住む同僚オジェ=ル=ダノワの家に一晩だけ世話になることになった。
オジェのマンションは白銀荘からほど近い高級住宅街にあり、白と金を基調としたモダンな建物だ。
正義感に厚く親切なユディットは、かつての仲間であるオジェに複雑な感情を抱いている。一方のオジェは金血を持つ銀警官で、戦場では冷酷無慈悲だが、私生活では白金の伊達眼鏡と独特なファッションで知られる怜悧な人物だった。
この物語は、そんなオジェ宅での一夜を通して、ユディットが目にする「異常」と「真実」を描く。

夜更け、疲れ切ったユディットはウエストポーチひとつの軽装でオジェのマンションへたどり着く。
ドアが開くと、ファスナー式のワイシャツにプリーツスカート状のズボンをまとい、白金の伊達眼鏡を掛けたオジェが現れた。

「ユディくん、珍しいね。入って」

冷えた声だが、どこか歓迎の響きもあった。
白と金で統一された室内は無機質に整い、壁際には白金の装飾品と奇妙な彫刻が並んでいる。

「一晩だけだよ。迷惑はかけないから心配しないで」
「気にしない。シャワーを浴びてくる。くつろいでいな」

ユディットはソファに腰を下ろし、部屋の静けさに包まれる。

シャワーの音が遠くで響く中、ユディットの視線はテーブルの上の革表紙のノートに吸い寄せられる。
表紙に金文字で「金血」とある。ためらいながらもページを開くと、それはオジェ自身の記録だった。

「金血摂取後、体温上昇。発情抑制のためシャワー三回」「任務中、敵の性格を吸収」「自分を抱き締める癖、頻発」
そして、「戦闘時の冷酷さは副作用か? 感情の揺れが止まらない」

字面から、氷のような冷静さと危うい人間味が同居する。
ユディットは息を呑んだ。
「おぉ…こいつ、頭大丈夫かな???(あ、これはキモイ=ワ=シンデだわ★ 絶交確定内容以外皆無っすね★)」

日記の末尾には、「次の発情は制御不能。誰かに見られたら終わり」と記されていた。
背筋が凍る。彼はそっとノートを閉じた。

「キモキショ帰ろ★」
そう感じたユディットは玄関へ向かう。しかし、ドアは動かない。
電子錠、チェーンロック、南京錠、そして見慣れぬ白金の鍵。何重ものロックが噛み合い、まるで牢獄のようだった。

「うわ……(絶望)」
電子パネルに触れても解除の見込みはない。

後ろでシャワーの音が止まる。オジェの鼻唄が、微かに聞こえはじめた。

「落ち着け! 僕は正義の王だから!」
そう言い聞かせても、震える指先は止まらない。日記の言葉が脳裏を離れなかった。

バスルームの扉が開き、オジェが現れる。
濡れた髪を拭きながら、白金のレリーフ型ペンダントを首にかけている。

「ユディくん、どこへ行く気かい?」

「ごめん、コンビニ行きたい。早く★(ナイス! 正義の王は必ず誤魔化せる★)」

オジェは一瞥し、薄く笑った。
「鍵が多すぎたかな? セキュリティにはうるさい方なんだ……僕自身が言うのもアレなんだけどさ……」

その声は静かすぎて、かえって不気味だった。
ユディットはついに言葉を絞り出す。

「あ、うん★ で、お前の日記、酷い。で帰りたいわ★(全部言っちゃった★)」

一瞬の沈黙のあと、オジェは微笑みだけを残して言う。
「見たのか…ごめんね? …制御できている。今のところは……ね?」

オジェはクラッチバッグから白金の小さな鍵を取り出した。
「安心しなね? 泊まるなら安全だから。鍵は僕が持っているよ」

ユディットは言葉を失い、ソファへ戻り倒れる。
この家は、閉じられた心そのものだった。

夜が更ける。
ユディットは浅い眠りのなかで、途切れ途切れにオジェの鼻唄を聞く。
書斎では、オジェが新たな一文を日記に記していた。

「ユディくんが日記を読んだ。発情はまだ抑えられている――今のところは」

翌朝、オジェの手で鍵が外され、ユディットは外に出た。
一夜の出来事は終わったが、その影は長く、彼の心に焼きついて離れなかった。