オジェ=ル=ダノワの旅は、終わりなき黄昏時を歩むようなものだった。かつて鋼のように強靭だった肉体は、息子の失踪という癒えぬ傷によって、内側から静かに蝕まれていた。ムールヴァン。彼のたった一人の息子。最後に交わした手紙の、どこか諦観を帯びた文字が、今も網膜に焼き付いて離れない。

音信不通になってから、季節は何度巡っただろうか。警察の捜査はとうに打ち切られ、世間の関心も風化した。だが、オジェだけは諦めなかった。白い髪を振り乱し、同じ色をした瞳に狂気にも似た光を宿して、彼は息子の痕跡を追い続けた。その旅路の果てに、彼は一つの不気味な噂を耳にする。

「すべてを終わらせる存在がいる」

それは、絶望した者たちの間で囁かれる、最後の救済にして究極の禁忌。黄金神帝《終焉の審判者》。彼に会えば、どんな物語にも終止符が打たれるという。オジェは、その都市伝説に最後の希望を託した。息子を見つけ出すか、あるいは、この終わりのない苦しみを終わらせるか。どちらに転んでも、それは彼にとっての一つの「結末」だった。

噂を頼りにたどり着いたのは、時間が腐り落ちたかのような、荒涼とした大地だった。空には常に沈みかけの太陽が張り付き、世界は永遠の夕暮れに染まっている。その中心に、巨大な黄金の宮殿が、まるで巨大な墓標のように聳え立っていた。しかし、その輝きは失われ、至る所が錆びつき、崩れ落ちていた。

オジェは、宮殿の玉座の間で、その存在と対峙した。黄金神帝。枯れた金龍の冠を戴き、錆びた黄金の鎧を纏ったその姿は、かつての威光の残骸だった。彼の瞳には、何の感情も映らない。ただ、目の前の男が抱える物語の「終わり」を値踏みするように、冷たく見据えているだけだ。

「僕の名はオジェ=ル=ダノワ。息子ムールヴァンを探している」

オジェは、震える声で語り始めた。息子のこと、自分の絶望、そして、この旅がいかに無意味で、苦痛に満ちているか。彼の言葉は、もはや懇願ではなく、呪詛に近かった。

「もし息子を見つけ出せぬのなら、この僕を終わらせてくれ。この苦しみの物語に、終止符を打ってほしい」

彼はすべてを曝け出し、最後の審判を待った。黄金神帝は、ただ静かに彼の告白を聞いていた。その姿は、慈悲深い神ではなく、ただ淡々と役目をこなす執行官のようだった。

「……なるほど」

黄金神帝が、初めて口を開いた。その声は、地殻が軋むような、低く重い響きを持っていた。彼はゆっくりと玉座から立ち上がると、その手に携えた「鎮魂帝剣」をオジェに向けた。

「お前の物語は、ここで終わりだ」

神帝が「黄金終焉律」を宣告する。それは、世界の法則を書き換える絶対の権能。神帝は一気にオジェの体を突き刺す。そして、オジェの足元から、黄金の光が侵食を始めた。それは温かい光ではない。命の「続き」を根こそぎ剥奪していく、冷たく、無慈悲な終焉の光だった。

オジェの強靭な肉体から、力が急速に失われていく。息子の記憶、旅の苦悩、そして生への執着さえもが、砂のように崩れ落ちていった。神帝が突き刺した剣を抜くと、彼は膝から崩れ落ち、もはや立ち上がる力も残っていなかった。

「これが……終わりか……」

不思議と、恐怖はなかった。ただ、すべてが終わるという、圧倒的な安堵感だけがあった。薄れゆく意識の中で、彼はムールヴァンの幻影を見た。苦悩の表情ではなく、静かに微笑む息子の姿。まるで、ようやく安らぎを得たかのように。

オジェは、すべてを理解した。息子は、自分よりも先に「終わり」を迎え、解放されていたのだ。そして今、自分もまた、その安寧を得ようとしている。

黄金神帝は、崩れ落ちたオジェを冷徹に見下ろしていた。彼の物語は、終焉を迎えるにふさわしい。神帝は、最後の慈悲として、裁きを下すことを決めた。

彼が天に手をかざすと、黄昏の空が暗転し、金色の雷鳴が轟いた。「裁きの終雷」
それは、対象の因果そのものを断ち切る、絶対消滅の一撃。

雷がオジェの体を貫いた瞬間、彼の存在は光の粒子となって霧散した。過去も、未来も、そして彼が存在したという事実さえもが、この宇宙から完全に消去された。オジェ=ル=ダノワという男は、「存在しなかったこと」になったのだ。

玉座の間に、再び静寂が戻る。黄金神帝は、折れた天秤を手に取り、それがわずかに揺れるのを見つめた。また一つ、均衡を失った物語が終わった。彼は悲しまず、喜ばず、ただ淡々と次の「終わり」を待つ。それが、彼に残された唯一の存在理由であり、最後の裁定者としての、永遠の役目だった。