俺はリズのおかげで助かった。

 彼女が身を挺して暴走した俺の炎を消してくれたのだ。

 「ところでリズは大丈夫なのか?」

 俺を救ってくれた少女に声を掛けるが、反応がない。


 「ええぇ……なぜ赤い印だけ残ってるの……ど、どうしましょう……」


 俺の声が聞こえていないのか、リズは自分の手を見てブツブツと何かを呟いている。

 「リズ? どうしたんだ?」


 「ひゃっ! えと、な、なにもないですよ! バートスが灰にならなくて良かったです!」


 急にビクッと肩を震わせて、俺からササっと距離を取るリズ。

 「どうした? どこか痛むのか?」

 あれだけ炎の中にいたのだ。火傷などしているのかもしれない。

 ていうか顔が赤くないか?

 「リズ、その顔……」
 「な、なんでもありません! 私大丈夫ですから!」 

 まあ、どこかを負傷しているわけでは無いようだ。良かった。

 「そ、そんなことより。レッドドラゴンを一瞬で灰にするなんて、バートスの【焼却】(しょうきゃく)って凄いんですね。本当は魔界でも名のある戦士だったんじゃないですか?」

 「戦士? 違うな、俺は普通の一般人だよ。ゴミ処理施設で毎日ゴミ焼却していただけだ。名のある戦士なら、魔王軍にゴロゴロいるだろうさ」


 俺の人生は、毎日毎日ずっと燃やす日々だった。


 徹夜もけっこうあったからなぁ。

 「それに【焼却】は戦闘向けというよりは、日常作業の能力だぞ」


 「ええぇ……日常って……」


 魔界のゴミ処理施設には様々なゴミが送られてくるが、魔物もけっこう送られてくる。
 魔物は魔界でも魔族だろうが無差別に攻撃してくるので害獣扱いである。

 「駆除された魔物の死体は放置すると新たな魔物の発生原因となってしまう。それに不衛生だ」

 「魔族って衛生とか気にするんですね」
 「そうだな、たしかに気にしないやつもいっぱいいるが、魔王様が凄まじく綺麗好きなんだよ」

 「ええ!? 魔王がですか?」
 「そうだ、汚いと怒るんだ」


 「そうなんですね……なんだか私の魔王や魔界のイメージと随分違います」

 「だから魔物は完全に燃やさなければならない。俺たち清掃局の仕事のひとつだ」

 「ということは、バートスは毎日魔物を燃やしていたんですね?」
 「そうだ。6歳で親父から仕事を引き継いで以来、ずっとこれしかやってない」

 「ずっとですか……な、なるほど。色々と想像が追い付かないですが、バートスが凄い理由がちょっとわかってきた気がします」

 んん? 今の会話のどこが凄いんだ?
 俺の疑問を他所に、リズの会話は続いた。

 「ところで―――なぜバートスは燃えていたんですか?」


 それなんだよな。


 魔界ではこんなことは起こらなかった。


 「う~~む。俺にもわからん。【焼却】が暴走するなんて今までなかったんだが。人間界に来たことで俺の体になにか変化が起きているのかな?」

 正直リズが消してくれなかったら、けっこうヤバかった気がする。あのまま消えなかったら熱量も上がっていっただろうし。

 「リズがいないところで【焼却】は使用しない方がいいかもしれん」

 「ええ! それって……その……」

 「俺にはリズがいてくれないとダメってことだ」

 「そ、そんなこと急に言われても……」

 んん? 急にモジモジし始めたぞ、この子。

 「どうした? 腹でもいたいのか?」

 「ち、違います! と、とにかくこの話は他の人にはしない方が良いですね」

 リズの言う通りだな。俺は魔族ではないが、魔界から来た。【焼却】という固有能力も本来は人族が持つことはできないようだし、人間は魔族に良い印象を持っていない。

 俺もそんなことで面倒を起こされても困る。

 「では、バートスはすご腕の火魔法使いということにしておきましょう」
 「すご腕? おれはただのおっさんだが?」

 「違います。私を救ってくれた、強くてカッコイイおじさまですよ」

 いや、普通に赤トカゲを灰にしただけだぞ。

 どうやらリズは勘違いをしているようだ。

 赤トカゲのハッタリに気付いていないだけだからな。
 俺の人間界の知識は、死んだ親父から教えてもらったものばかりだ。実際とは些細な点で違いがあるのだろう。


 「フフ、そんなに悩まないでください。バートスは凄いんですから」


 俺が少し思案にふけっていると、リズがニッコリと微笑んだ。

 なんか良く分からんがリズが上機嫌になっているのでいいか。


 「さて、これでリズの仕事は完了したわけだな」
 「ええ。まあ討伐したのはバートスですけどね」
 「だがリズがいなければ俺は灰になっていたぞ。そんなことより―――」

 俺はリズの瞳をしっかりと見る。

 「リズ。まだこの仕事を続けるのだろう?」
 「そうですね……もう逃げ出しそうでしたが、誰かさんのおかげで続けようと思っています」


 「なら――――――俺を雇ってくれないか?」


 「バートス……いいのですか? 聖女とはいえ一文無しなんですよ、私」

 「ハハッ、きっちり仕事をする奴には金はすぐに入って来るさ」

 「でも……」

 「それにさっきも言ったが、俺はリズが傍にいてくれると助かるんだ」


 「ふぅ……わかりました。
 では―――聖女リズロッテはあなたバートスを私の従者とします」


 「ああ、ありがとう」

 「フフ、なんだか従者ぽくない人ですね、バートスは」
 「そうか? 跪いたほうがいいのかな? それともリズ様とでも呼ぶか?」
 「けっこうです。今まで通りのバートスでいてください」

 よ~し、これで俺の就活は完了だ。リズが上司なんて最高じゃないか。

 魔界の時みたいに解雇されないように頑張るぞ~~。

 「ところで、これからどうするんだ? 次の魔物討伐とかあるのか?」
 「いえ、私たちは王都に向かいますよ、バートス」
 「王都というと、この国の王がいる場所か」
 「はい、レッドドラゴン討伐の報告をしないといけないので」

 なるほど、仕事の結果報告にいくわけだな。


 「お~~~い。無事か~~あんたら」

 さきほど避難した隊長がこちらへ戻ってきたようだ。

 「すげぇなあんた! あの炎を消しちまうなんて。さすが聖女さまだ!」

 「そ、そんな。私はただ無我夢中でやっただけなので」

 「何言ってんだ! 聖女さまの力なんだろ? とにかく町は救われた! 今日は歓迎させてくれ。少ないかもしれんが町から謝礼金もちゃんと渡したいしな」


 「え……歓迎? 謝礼?」


 「当然だろう。町を救ってくれた聖女様とその従者さまだ」


 「あ……はい。ありがとうございます」

 「ほらな。おっさん1人ぐらい簡単に雇えるんだよ。リズは」

 「フフ、そうなのかもしれないですね。素敵な従者に出会えた私は幸運なのでしょう」

 「ハハッ、リズは出来損ないの聖女なんかじゃない。俺ははじめからわかってだぞ」

 「まあ、ではそういうことにしておきましょう」


 「さあ、取り合えず町に戻ろうぜ。凝った料理はこのありさまで準備できないが、屋台の料理を振舞うぜ!」
 「むっ……隊長。屋台というと、たこ焼きはあるのか?」
 「ああ、もちろんだ。食べまくってくれ」

 マジかよ……

 「よし、行こうリズ! 早く! 早く!」

 「はいはい、しょうのない従者ですね」


 うぉおおお! たこ焼き食べ放題とか……最高かよ!!