「ば、バートスっ!! なんて威力なの!!」

 レッドドラゴンの灼熱のブレスが俺を直撃した。
 俺を中心に赤い炎が周囲を覆い尽くす。


 が……


 まったく熱くない。

 というかむしろ勢いよくぶつけられた分、涼しいぐらいだ。


 俺は確信した。


 これはトカゲだ。魔界のゴミ処理場で俺がもっともよく燃やしたやつだ。

 赤トカゲ。

 たまに生きているやつが焼却場で吐いてくるからな、この赤い息。

 これ見た目は派手だが、ハッキリ言って大したことない。
 こんなおっさんですら無傷だからな。

 なんだか前の職場を思い出すよ。

 「え? 私……生きている? なぜ聖女の加護が発動しないの!? バートスを助けてよっ!」

 リズが自分の体を触って、なにやら叫んでいる。

 加護ってなんだ? 俺を助ける? 良く分からんがなにを驚いている?

 リズはブレスにすら当たってないだろ? まあ当たってもどうってことないけど。


 「なにを慌てているんだ? リズ」

 「―――ええ!? ば、ば、バートス?? 生きてます! ピンピンしてます! 大丈夫なんですか!?」


 「そりゃ大丈夫に決まっているだろ?」

 「かすり傷ひとつないです……強力な防御魔法でも使ったんですか?」

 「いや、俺は魔法なんか使えん」

 リズと良く分からん押し問答をしていると、大きな咆哮が俺たちに降り注いできた。


 「クッ……なんて凄まじい咆哮ですか……」


 リズは俺との会話を止めて、持っている杖をレッドドラゴンに向ける。
 氷の魔法を使う気だな。


 リズが魔法を使う前に、レッドドラゴンが再び大きな口を開いた。
 その奥から赤い炎の種がどんどん大きくなっていく。


 「―――バートス! またブレスがきます!」


 リズはこのブレスが苦手なんだろうか。


 俺は6歳からゴミ焼却の仕事に就いたが、はじめはこのブレスがちょっと熱かったような記憶もある。が、それも仕事を重ねるうちに何も感じなくなった。

 だからこれは慣れの問題なんだろう。当時俺に仕事を教えてくれた親父は、ブレスなんぞまったく気にせず仕事していたからな。

 親父から「トカゲは見かけだおしのハッタリ」と教わったが、実際その通りだろう。

 リズはトカゲ自体を見るのが初めてのようだ。
 なので初見のやつらに対してなら、この派手なブレスや、やかましい鳴き声は有効である。

 相手がビビって逃げる可能性があるからな。


 だが―――


 【焼却】(しょうきゃく)を発動する。俺の全身から炎が溢れだす。


 ――――――ボウッ!


 ―――俺にそのハッタリは通用せんよ。


 赤トカゲは、【焼却】の炎にまかれて灰となり、散っていった。

 やっぱりトカゲだ。じっくり燃やすまでもなかったな。


 【焼却】

 俺はこれしか出来ない。

 ずっと、ゴミ焼却場で燃やし続けていた俺の唯一の力。


 「なあリズ、これで終わりなのか?」

 あれ? 返答がない。
 リズの方を向くと、彼女はなぜか固まっていた。


 なにやってんだ?


 あ……もしかして俺が灰にしてしまったのはマズかったのか?
 ちょっと力んでしまったかもしれない。

 ミミズの時みたいに、もっと出力を絞った方が良かったか……でもそんな微調整は難しいんだよなぁ。

 魔界にいた時は、トカゲであれば複数同時に焼却することが多かったし。

 一匹に調整するとか、さすがに無理がある。

 いまだ直立不動のリズ。
 ヤバイ、本当にやってしまったのかもしれん。

 リズが聖女として討伐しないとダメなのだろうか。

 いやいや、俺はリズのお手伝いだし。聖女のお供みたいなもんだ。
 だから、お供がやったことは聖女がやったことになる。


 なるよね……ねぇ! リズ! 


 なんとか言ってくれよぉ! 


 おっさん放置しないでよぉ!


 俺はリズをユサユサと揺さぶりまくった。

 「……はっ! ば、バートス……す、凄いです……」

 ようやく反応してくれたリズ。

 その綺麗な瞳は大きく見開いている。
 口もぱっくり開いていた。

 「まじかよ……ずっとこの町の自警団いたけど、こんなすげぇ火魔法を見たのは初めてだ……」

 再びここに戻って来た隊長も、赤トカゲ(レッドドラゴン)の灰を見て驚きの声をあげた。

 俺、魔法は使えんのだがな……

 にしても何故ゆえにこの世界の人間たちは、赤トカゲにおびえるのだろうか?

 もしかしたら、こいつが見かけだおしということが知られていないのだろうか。
 だとしたら……


 「バートス……ちょっと……え」


 トカゲよ、たいしたもんだ。

 おまえは自身が誇る最大の武器(ハッタリ)で、これまで生き残ってきたのだからな。


 「バートス!」


 魔界とは違う歴史をたどってきたのだろう、人間界のトカゲたちは。


 「バートス! ブツブツ言ってる場合じゃないです!」

 「おお、すまないリズ。すこし考え事をしてしまっていた」

 「燃えてます!」

 「え?」

 ああ、赤トカゲならすでに灰になってるけど……リズはなにをそんなに慌てているんだ? 


 「だから燃えてます! あなたが!」


 ―――あれ? なんだこれ? 


 俺、燃えてるじゃないか……


 ――――――ど、どうしたらいいんだ? これ。