「バートス……あれってもしかして」

 「―――そうだな。リズあの頭上の輪っかは」


 ゴーストの灰から出て来た幼女。

 セミロングのピンク色の髪に透き通るような青い瞳。
 おうとつの無い小さな体。

 そして、この子の頭には光輝く輪っかが浮いていた。

 おそらくは―――

 天使の輪だろう。


 「あれ? われ……ゴーストじゃない……」

 いや、そうだよね?

 ペタペタと自身の体をさわったり、ほっぺたをつねってみたり。
 なんか本人が一番混乱してそうだが。

 「ゴースト、おまえは天使なのか?」

 俺はぺたんと座る幼女に問いかけた。

 「そうじゃ……われは天使のエレナじゃ。お主、たしかバートスと言ったか?」

 「ああ、俺はバートスだ……って! おい!?」

 なに? どうした!?

 エレナがボールみたいに飛んできて、俺にヒシっと抱き着いてきた。


 「わぁ~~ん! ようやく元に戻れたのじゃ~~」


 そして俺の腕の中でガン泣きする幼女。


 「バートスのおかげじゃ~~」
 「俺は燃やしただけだぞ?」
 「われは人間界に来てから、ず~~~~~とゴーストに取り憑かれておったのじゃ~~」

 「てことは、俺がそのゴーストを燃やしたってことか?」
 「そうじゃ~~バートスは命の恩人じゃ~~」

 そう言うと、エレナは再び俺の腕の中でビービー泣き始めた。

 まあ色々と思うところはあるが、色々事情があったようだ。
 ちょっとぐらいは好きにさせてやるか。

 ガン泣きとともに鼻水も盛大にビービー出ているのは勘弁して欲しいが。
 それだけ感極まっているのだろう。

 「ちょっとあんた! あたしのバートスさまに好き勝手してるようだけど、天使がこんなところでなにしてんのよ」

 そこへカルラが俺とエレナの間に割って入ってきた。
 なんか目が怖い。

 「別になにもしてないのじゃ。われは天界の指示で人間界にいるわけではない、天然の自由気ままな天使じゃ」

 エレナが自信たっぷりに、エッヘンと胸を張る。
 存在感がまったくない、平坦な胸。向かい合うカルラがそれはそれは揺れているので、ことさら引き立つ。


 「ようするに野良天使ね」


 「野良ちゃうわ! なんじゃこの娘、無駄にデカい乳をぶら下げおって。クンクン……うぬ、お主魔族じゃな」


 エレナもカルラと同じく鼻が利くらしい。

 というか天使も魔族もにおいがするものなのか? おっさんはなにも感じないけど。


 「ふん、無駄乳おんなはどうでもいいのじゃ。それよりもバートス~~お主は我の救世主じゃ~~われの夫にしてやるのじゃ~~」
 「何言ってんのよ! お子様のくせして!」

 「何言ってるんじゃ、われは300歳じゃ。大人の女なのじゃ!」
 「なにそれ? 300年間成長止まってるじゃない! あんたみたいなロリっ子貧乳はバートスさまの趣味じゃないの! あたしみたいなのがいいの!」

 おい、俺の乳の趣味を大声で言わないでくれ。

 まあ……デカい方がいいとは思っているが、そんなことは誰も聞きたくないだろが。

 「とにかくバートスさまから離れなさいよ~~この野良天使~~」

 とうとうムチムチ魔族とロリっ子天使が、取っ組み合いのケンカをはじめてしまった。

 しょうがない……

 「よし、2人ともいったん大人しくするんだ」
 「まったく……カルラも子供じゃないんですから」

 俺とリズで二人を引き離す。

 「ふむ、まあバートスがそう言うならしょうがないのう」
 「あたしもバートスさまの言うとおりにする~~」

 取り合えずエレナを椅子に座らせる。

 まずはエレナから話をしっかり聞かないとな。

 今のところガン泣きして鼻水たらしてケンカしただけで、彼女の事が良く分かってない。

 そこへ避難していたみんながキッチンに顔をだした。

 「「「ええ! ゴーストじゃなくて天使さまなの!?」」」
 「「「わぁ~~天使さまだ~~」」」

 シスターや子供たちが驚きと歓喜の声をあげる。

 まあ教会だし。そりゃ天使がいればテンションも上がるか。


 「―――ふむ……われあまり人ごみは苦手じゃ」


 おもむろに立ち上がり、なにも無かったかのように立ち去ろうとする野良天使。

 俺はその天使の手をガシっと掴んだ。


 「ちょっとまてエレナ」


 「なんじゃ? バートス?」

 「エレナはまず、やるべきことがあるだろう?」

 「え? ないのじゃ。われはこれでおいとまするのじゃ。そうじゃ夫であるバートス、お主は妻であるわれと一緒に来るのじゃ」

 鼻をフンと鳴らして、当然のごとく言い放つ天使。

 いやいや、おいとまするんじゃない。
 あと勝手に結婚させるな。

 「違うだろ、君は教会に迷惑をかけたんだぞ」

 「しょうがないの~~われの身の上話をしてやろう」

 俺の問いかけにも答えず、急に語り出したエレナ。
 まあ一応聞いてやるか。

 「われはちょっと嫌な事があって天界の家を出ておってな。まあ人間界に遊びに来たのじゃ」

 つまり家出したと。

 「そしたら天界と魔界のいざこざが起こってしもうて、天界に帰れなくなってしまった。だからあてもなくブラブラとしておった」

 戦争がはじまって天界に帰れなくなって、野良をしていたと。

 「ある日、ゴーストと肩がぶつかっての。そこからケンカになってしもうた」

 いや、なんだその不良のケンカみたいなん。

 「われ善戦したのじゃが、ゴーストに取り憑かれてしまってのう。そこからバートスが助けてくれるまでの記憶はないのじゃ。だから悪しきことはすべてゴーストのせいじゃ」

 「記憶がない?」

 「そうじゃ、悪いことはなにもしとらんのじゃ」

 「じゃあ、からあげはうまかったか?」

 「あれは美味じゃ~~われの好物のひとつなのじゃ!」

 「では、どーなつはどうだった?」

 「最高じゃったぞ~焼きたてでサクサクあま~いのじゃ! 今日はラッキー日じゃった!!」


 「つまり全部覚えてるんだな?」


 「……はれ? し、しまった……ち、違うのじゃ! 今日はおやつの日とか知らなかったのじゃ!」

 しまった言うんじゃない。

 教会のみんなの目が白く変わっていく。

 「これはダメですね」
 「ああ、リズ。これはダメだな」

 この野良天使、ゴーストに取り憑かれはしていたのだろうが、意志は持っていたな。


 「エレナ、まずは教会のみんなに謝罪しないといけないぞ」


 「しゃ……ざい?」

 「そうだ、天使だろうがゴーストだろうが、どんな過去があろうが罪は罪だ」

 「う……うむ」

 「まず最初にすべきはみんなに謝ることだ。わかるな?」


 「う……ご、ごめんなさいなのじゃ~~」


 「「「お腹空いてたんだよね?」」」

 みんなに謝るエレナに、子供たちが優しく彼女の頭を撫でた。

 「そ、そうじゃ……われはいつもお腹すいておった……」

 「「「じゃあごはんたべたくなるよね」」」

 「そ、そうそう、我慢できんかったのじゃ」

 「「「でも、かってにたべちゃダメだよ。ちゃんとみんなといただきますしないと」」」

 そんな子供たちの天使の笑顔に、再び泣き始める野良天使。


 「うわぁあああん~~われ優しくされたの久しぶりなのじゃ~いつもゴースト、ゴースト追い立てられて~」


 「じゃあこれからはいっしょにたべよー。」
 「そうそう、みんなでたべた方がたのしいよ~~」

 「う、うむ! なのじゃ!」

 子供たちの笑顔がエレナの顔を明るくする。
 いや、普通は逆な気もせんでもないが。しかしこの子も反省はしているようだ。


 「バートス、ここでエレナに働いてもらうのはどうでしょうか?」
 「なるほど、教会なら天使のやることもありそうだしな、名案だぞリズ」

 自分のしたことに責任をもつのは当然の事だし、エレナの罪滅ぼしににもなる。
 子供たちには心を開いたようだし、彼女もさすがに自分のすべきことは分かるだろう。


 「どうですか? エレナ?」

 「ええ~~なに意味わからんこと言ってるのじゃこの聖女?」

 「い、意味わからないって……」

 「なんでわれが働かなきゃならんのじゃ? われは子供たちとごはんをたべるのじゃ!」

 リズの額にヒクっとかわいい血管が浮く。


 「―――われ、働くのやなのじゃ!!」


 こいつ……まったく分かってなかった。


 そしてリズがフフっと笑みをこぼした。怖い笑みだ。これはヤバい……

 「バートス。やはり教会でみっちり鍛えてもらった方が良さそうですね。問答無用で! ビシバシと!!」


 「なんで~~~!!」


 しょうのない野良天使の声が教会に響くのであった。