「なにをしているのです! はやく逃げなさいと言ってるでしょう!」

 「うむ、それは無理な相談だな」

 だって――――――


 おっさん美少女に乗っかられて、がっしりホールドされているのだから。


 身動き取れないのだ。

 「あ……」

 少女はようやく状況に気付いたのか、飛びのくように俺から離れた。


 「―――早く! グレートスネークがきます!」

 「ええ!?」


 グレートスネークって……町の人が言ってた魔物じゃないか!!


 それはヤバい!? どこ? どこ?


 俺はあたりを見回したが、それらしき魔物はいなかった。

 そうか、近づきつつあるってことか!


 少女は手にもつ棒をミミズに向ける。

 「氷の精霊よ、その凍てつく槍で敵を突け!
 ―――氷結槍魔法(アイスランス)!」


 おお! なんか氷だした!

 魔法だな! すごいっ! かっこいい!


 彼女の放った氷の槍はミミズに命中するも、氷が四散してさほどダメージを与えていないようだった。


 「クッ……魔法防御力が高い……私の魔法では……」


 どうやら困っているようだ。
 俺はよいしょと立ち上がり、彼女の前に立った。


 まあこれも何かの縁だ。ちょっとおっさん手伝うか。


 「ちょ……なにやっているんですか! 早く逃げなさいと言ってます! あなた言葉わからないんですか!」


 ミミズがニョロニョロと長い体をくねらせて、目前まで迫っている。
 返答している暇はないので、俺は唯一の能力である【焼却】(しょうきゃく)を発動。


 ―――ボウっ!


 ミミズは俺の眼前で、燃えつきて灰と化した。


 「う、ウソ……魔物を一瞬で……詠唱も無しにそんな強力な火魔法を使うなんて……」


 いや、これは魔法じゃないんだけどな。

 が、今はそれどころではない。


 「な、なにを―――きゃっ!」 


 俺は速攻で少女を抱き上げて、森の中をダッシュで駆け抜けた。

 がむしゃらに走ってるので、木の枝がガンガン俺の顔面やら腕やらに当たりまくるが、そんな事を気にしている場合ではない。


 グレートスネークなんてヤバそうな奴には出会いたくないからな!

 ここは逃げの一択だ。

 町に続く街道沿いまで出てきたところで、俺は彼女をゆっくり降ろした。

 「―――ふぅ。ここまで来れば大丈夫だろう」


 「えと……なぜ急に走ったのですか?」

 「ええ!? どう考えても今のはダッシュする場面だろ?」

 「そ、そうですか……良く分かりませんが……と、とにかく助けて頂きありがとうございます。
 私はリズロッテ・フォルテヌスと申します」


 長い銀髪に紫の瞳。背丈は小さめで小柄だが、美少女というにふさわしい容姿である。
 そして、体型に似合わない2つの膨らみがすごい主張をしてらっしゃる。
 俺の上に乗って来た時にもその弾力が凄かった。

 衣服はかなりボロである。戦闘で汚れたというわけでもなさそうだ。

 しかしなんだろうか。顔の表情がな……

 「あなたは……名のある魔法使いですか?」
 「違うぞ。俺はただのおっさんだ。バートスってんだ」

 人間界にきてから、やたら魔法使いと間違えられるんだよな。
 【焼却】は魔法ではなく、固有能力なんだが。

 「バートスさまですね。助けて頂いてお恥ずかしい話ですが、手持ちがほとんどなくて……今の私にお返しできるものがございません」

 「んん? 礼などいらない。たいしたこともしてないしな」
 「何を言っているのですか、凄いことをしてます! だって、グレートスネークを!」

 「んん? グレートスネーク?」

 いや、あの場にはミミズしかいなかったけどな。

 「とろでなぜ森から飛んできたんだ?」

 寝ようとしていたおっさんのお腹に飛んでくるとか、普通じゃないからな。

 「はい、森を探索していたらグレートスネークに襲われている人がいまして。彼らを逃がしていたら、尻尾に跳ね飛ばされてしまいました……」

 てことはグレートスネークと戦闘して、吹っ飛ばされたってことか。
 かなり飛ばされたのだろう。そして俺がクッションになった。モニュっと。


 速攻でダッシュして良かった~~
 出会っちゃいけない奴だよそいつ。


 「バートスさまは凄いですね……それに比べて私は聖女なのに……」

 ふむ、なんだか言葉に元気がない。

 「ところで、そのバートスさまってのはやめてくれ。バートスでいい」
 「ええ……でもそれは」
 「俺は「さま」なんてつけられる者じゃないよ。ただのおっさんだ。そのかわり俺もリズと呼ばせてもらおう」
 「そうですか……わかりましたバートス」

 うむ。それでいい。バートスさまって言われると、魔界のカルラを思い出してしまう。
 元気にしているのだろうか、彼女は。

 「ところでリズは聖女なのか?」
 「はい……一応ですが……」

 俯きながら自信なく答えるリズ。聖女であることが嫌なのかな?

 「そんなことより! お返しできるものがなにもないので―――これを」

 リズは手に持った杖を俺に差し出してきた。

 「これは、聖女が持つ聖杖です。だいぶ傷んでますが、ある程度の値では売れるはずです」


 まったく……礼など不要だと言ってるのに。まじめな子だ。


 「何言ってんだ。これはリズが持つからこそ意味があるのだろう? 簡単に手放すんじゃない」

 この杖。確かに汚れてはいるが、リズにとって大事なものなんだろう。吹っ飛ばされてきた時も、俺がダッシュで駆け抜けた時も離さずしっかり持っていた。


 そして、この子に会ってからずっと感じていたこと。

 リズの顔なんだが。


 ―――仕事を楽しんでないやつの顔だ。


 うむ、まあ乗りかけた話だ。

 「なんだかわからんけど事情があるのだろう? おっさんに話してみろ」

 俺は差し出された杖を押し戻して、リズに問いかけた。