◇聖女ミサディ視点◇

 ラスガルト王国王都の王城にて。

 「きぃいいいい! なんですの! あの出来損ない聖女とおっさん!」

 わたくしは王城の一室で一人愚痴をもらしていた。
 用意させた最高級ワインをガバガバ飲み、最高級つまみをバリバリいきながら。

 「痛いですわ! なんでわたくしがこんな目に!」

 眼帯をつけた左目がズキズキと痛む。わたくしの最高の美貌が台無しだ。

 闇遠隔監視魔法(ダークアイ)で飛ばしたわたくしの左目が焼けてしまいましたわ!
 あのおっさんの炎……なんですのあれ!

 それに、わたくしの大事なペットであるコカちゃんを灰にしてしまうなんて!
 意味が分かりませんわ!


 わたくしは人間ではない。魔族だ。
 といっても大半の人生を人間界ですごしてきた。姿を偽って。

 はじめは小さな町で自堕落な生活を送っていた。
 生きるためのお金ぐらいはなんとでもなったし、闇魔法が使えるので命が脅かされることもなかった。

 ある日たまたま良いワインを飲んだ。

 すんごい美味しかった。いやもうこんなものがこの世にあるとは。

 そこで贅沢を覚えてしまった。
 贅沢大好きになってしまった。

 そのワインは簡単に手に入る代物ではなかった。
 お金と権力がなければ自由にできないもの。

 ああ~もっと贅沢がしたい。

 でも贅沢するためにはもっとお金が必要。さらにその贅沢を維持するためにはもっともっとお金と権力がいる。

 そして偶然にもこの国の王子に接近できることが出来た。
 視察と称した王子の外遊かなにかで、たまたま王子から話しかけてきたのだ。

 チャラそうな王子だったが、このチャンスを逃さなかった。


 固有能力【魅了】を使ってわたくしの虜にした。
 わたくしの【魅了】は強力だけど。対象者は1体のみにしか使えない。それに強力な力ゆえ、使用後はしばらく魔力が枯渇してしまう。

 闇魔法が使えない時期が続くのは、非力なわたくしにとってリスクが高い。
 そのリスクを押してでも……。

 この王子と結婚出来れば……王族に。

 王族になれば永久に贅沢が出来る。

 だが、この王子には婚約者がいた。聖女リズロッテという女だ。

 これは強敵だと思ったわたくしは、周到にリズロッテと婚約破棄させるよう計画を立てた。
 相手は聖女。なら自分も聖女の肩書は必要だと考え、わたくしの聖女認定を裏工作でなんとかねじ込みんだ。


 ところが……


 「出来損ないの聖女などいらん! おまえとは婚約破棄だ!」

 と、正直こいつ人間かよ? みたいなことをリズロッテに言って勝手に婚約破棄してしまった。
 わたくしの計画を実行する前に。


 たしかに現時点では力を発揮してなかったけど。仮にも本物の聖女だ。
 それに悔しいが顔もいいし、少女とは思えない大きな2つの膨らみを持っていた。

 そんな女をすぐに捨てる?

 なんだこの王子? と若干困惑していたが。

 「ミサディ~~君と婚約したい!」

 あろうことか、わたくしに婚約を申し込んできた。
 聖女リズとの婚約破棄をした当日にだ。


 これはわたくしの【魅了】の力だと思う。たぶん……


 こうしてなんだか消化不良ではあるが、王子と婚約することができた。

 とにかく、やっとつかんだチャンスなのよ。

 このバカ王子を王にして、わたくしは贅沢三昧するの!
 その後王国が衰退しようがどうでもいいわ! わたくしがいる間だけ贅沢できればいいのだから。むしろ全部吸い取ってやる!


 その為には、邪魔者はすべて排除ですわ!


 最近生意気にも聖女っぽくなってきたリズロッテ。それからファレーヌって姫も気にくわない。なにかクソ真面目だし。贅沢しないし。わたくしより綺麗だし。

 ウザい奴らは全員排除よ!


 ぜったい贅沢三昧の生活を送るのよ~~!!


 そこへ自室のドアがバーンと開け放たれた。


 「俺様のミサディ~~! ザーイ王子さまが来たぞ~~!!」


 いや、ノックぐらいしなさいよ。この王子。


 「ミサディ! どうしたんだ! その左目! 眼帯なんか着けて!」 
 「ええっと……いま王都の貴族で流行っていますの。ファッションですわ」

 ああ……言ってからもう少しマシな誤魔化し方が無かったかしらと思ってしまう。

 これはさすがの王子でも……

 「おお、ミサディはやはり凄いな。眼帯カッコいいぞ!」

 「え、ええぇ……」

 いまの【魅了】の力じゃないわよね……ってどこがカッコイイの?


 この王子……もしかして【魅了】するまでもなかったんじゃ……

 いやいや! そんなことないわ。わたくしの選択はベストのはずですわ。
 って思いたい。


 「そうだ! あの出来損ない聖女、キングコカトリスも討伐したらしいぞ!」

 「ええ! そうなのですか!」

 わざとらしく驚いておく。
 でも、そんなの知ってるわよ。わたくしのコカちゃん……炭にされてしまったコカちゃん。


 「クソ~~どういうことだ! 出来損ない聖女のクセに!」
 「ザーイ殿下。陛下へのご報告は?」

 「それは、ミサディに言われた通り、俺が通信鳥の手紙を握り潰しているから漏れてはいないぞ」

 ホッ、良かった。なんとかわたくしの言いつけを守れているようですわね。
 ですが、陛下もいつ領地視察から戻って来るか分からないし、こうも討伐を重ねられては聖女リズの活躍が漏れ出てしまうのも時間の問題ですわね。

 仕方ありませんわ。

 多少強引ですがそろそろ勝負をかけないと。

 「ザーイ殿下、どうやら聖女リズの活躍は、従者のバートスという男が関係しているようですわ」
 「バートス? あのおっさんか……俺様の頭をこんなにしやがった!」

 アフロ頭を激しくむしる王子。

 「どうやらあの男、そこそこの火魔法使いのようですわ」
 「なんだと? 本当かミサディ? だだのおっさんにしか見えんけどな」

 わたくしもそう思ってたけど、アンデッドコカちゃんすら灰にした火力は本物だ。

 「ですが、しょせんはおっさんの魔法。王国最強の火魔法使いをぶつけましょう」
 「王国最強っていうと。あいつか」
 「ええ、彼にかかればおっさんなど一撃で灰ですわ」

 今度こそしくじりません。
 王国最強の火魔法使いなら、おっさんの炎など問題なく凌駕する。

 「しかしミサディ。あいつは魔法師団長だ。さすがの俺様でも自由には動かせないぞ」
 「ンフフ〜ちょっと下準備が必要ですが、このミサディにお任せくださいですわ〜」

 「おお、さすが俺のミサディだ! やはり凄いな!」


 わたくしの贅沢の為に、あの聖女には出来損ないでいてもらわないと困るのよ。
 それに、コカちゃんとの戦闘でリズロッテの聖杖は折れたはず。すぐには新しい聖杖なんて手に入らないわよ。

 聖女にとって聖杖は必須アイテム。その力をフルに発揮するための大事な杖。

 あの女は聖女の力に目覚めつつあるわ。ここで叩き潰さないと。

 でも準備期間は必要ですわ。


 全ての準備が整った時こそ―――
 ―――聖女リズ一行がこの世から消える時ですわ~~ンフフ~~


 「ザーイ殿下」

 さて、このアホ王子の権力をフルに使って。
 打ち合わせをして~~行動開始ですわ~~。


 「わかっているぞ! ミサディ! その最高の眼帯ファッションを王都中の民どもに見せびらかしてやろうぜ!」

 はい? 
 何言ってんのこいつ。

 やるべきことは他にあるでしょ?

 今の話の流れで、なんでそうなるの?

 「ええっと……ザーイ殿下?」

 「ミサディ! 俺様も眼帯付けた方がいいかな? お揃いの方がいいかな!」


 ダメだ、ちょっと理解に時間がかかりそう。
 わたくし【魅了】する相手を間違えてないわよね……。


 グイグイ迫って来るアフロ王子に、適当な愛想笑いで逃れようとする聖女ミサディであった。