俺はパキンと石化から復活した。

 そして、正面にいる魔物を見て確信する。


 ―――これニワトリだ。


 ニワトリの光だ。

 「リズ、カルラ。これ大丈夫なやつだ!」

 「だから、大丈夫なやつってなんですか!?」
 「うわぁ~バートスさま……さすがに無茶すぎる」

 リズとカルラが驚きの声を上げるが、こいつはそれほど大した魔物じゃない。

 親父からもそう教わったし、実際に魔界のゴミ焼却場で山のように燃やしたからな。

 大量に送られてくるもんだから、生きている奴もけっこういた。
 そして、この石化の光もかなりの頻度で浴びるのだ。

 親父に仕事を教えてもらい始めの頃は、石から元に戻るのに時間がかかった。

 だが……

 「コツさえつかめば簡単だぞ」

 「えっと……コツとかの問題なんですか……」
 「うんうん、さすがにリズの言う通りだよ~」

 なるほど、2人ともニワトリの光を浴びたことがないのか。
 だとしたら、まあ仕方がないかもな。

 浴びてみれば俺の言ってる事は正しいとわかるのだが。
 嫌がる彼女たちに強要してはいけない。


 「キュェエエエエッ!」


 「クッ……議論している場合ではなさそうですね!」
 「うわぁ~~キングコカトリス怒ってるよぉ~~バートスさま~」」


 ニワトリは俺に石化解除されたのが気にくわなかったのか、地上に降り立ち石化の光を乱発しはじめた。
 ニワトリは長期間空を飛ぶことは出来ないはず。だから地上に降りて来たのだが、少し距離が遠い。

 「リズ、俺の【焼却】を使用するにも、もう少し近づかないとダメだ」

 「わかりました、バートス、カルラ! いったん岩陰に隠れましょう!」

 リズが少し後ろにある大きな岩を指さした。

 ここはリズの言うとおり、いったん隠れた方がいいか。
 彼女たちは石化解除のコツを掴んでいないしな。

 「バートスさま~~リズ~~早く~~」

 カルラは岩に向かって駆け始めている。

 「リズも急ぐぞ!」


 あれ? リズから返事がない。


 リズの方に視線を向けると、その理由がわかった。

 リズは石になっていた。
 とっさに出したであろう鏡を構えたまま石になっている。この鏡では石化の光を跳ね返せなかったようだ。


 「―――リズ!」

 俺は石になったリズを抱えて、岩陰に向かって駆ける。

 「わぁ~~リズ、リズ~~! ええぇと……石化解除の薬は……」

 カルラが慌てて、自分のポーチを引っ搔き回している。
 少し時間がかかりそうだ。

 ならば―――


 「―――リズ! 下腹に力を入れろ! グッてやるんだ!」


 しょせんニワトリの石化だ。薄皮の上に薄い石の膜が張った程度なんだ。


 「リズなら出来るぞ! おなかグッてやれ! グッて!!」

 リズの持つ聖杖が少しばかり光を帯び始める。

 「……オ……オナカ……グッ……」


 ピキッ……


 「おお、ちょっとヒビ入った! いけるぞリズ! パキィンっていけ!」


 リズはわずかにヒビが入ったものの、その後なんの動きもない。

 「あれ? おかしいな?」

 「ああ……バートスさま~~なにやってるの!」

 カルラが石化解除薬を手にして、リズに振りかけた。
 リズの体にいつもの肌が戻っていく。

 「プハッ……オナカに力を……いれてグッ……え? カルラですか?」

 「わぁ~~リズ~~」

 カルラが安堵の声を上げる。
 すっかり元に戻ったリズだが、すこし混乱しているようだ。


 「はっ! わ、私は……なにをしていたのですか!?」


 「もうちょっとだったぞ、リズ。もっとグッて力を入れればいけそうだったぞ」

 「えと? 私もしかして……」

 「ああ、自力でパキィンだ! 今度は大丈夫だ!」

 「あ……はい……」


 まあ、最初は難しいか。だが、これは誰にでも出来ることだからな。おっさんですら出来るんだから。

 なぜニワトリがS級指定の討伐対象なのか。

 おそらく石化解除のコツが知られてないのだ。リズも出来そうだったし。
 石になってしまう恐怖から、S級の討伐対象にまでなったのだろう。


 「もう~それできるのバートスさまだけだから~。リズ、顔色悪いけど大丈夫? あたしの持っているポーション飲む?」
 「だ、大丈夫ですカルラ。ただ、ちょっとパキィン出来そうだっただけに、なんだか自分が何者かわからなくなりそうなだけです……」

 そんなに落ち込むことは無いんだがな。次は出来るぞリズ。


 「キュェエエエエッ!!」


 俺たちが岩陰に隠れたのちも、石化の光を乱射しまくるニワトリ。

 再度、石化解除できる俺が単独で突っ込んでみたのだが、ダメだった。
 俺が自力で解除している間に距離を取られてしまう。

 この魔物、怒りに我を忘れているように見えるが、ちゃんと考えているようだ。


 「ここまで絶え間なく攻撃されると、出ようがないですね。なんとかバートスが【焼却】を使用できる距離まで近づけるよう援護しないと」

 「でも~あたしとリズだと2人とも石になったら、石化解除薬が使えなくなっちゃうよ~」

 リズとカルラも現状をどう打破するか、攻めあぐねている。


 「キュェエエエエッ! キュェエエエエ!」


 「キングコカトリスが町の方へ!?」

 ニワトリは業を煮やしたのか町の方へと移動を始める。
 石化の光をそこら中に放ちながら。


 「町への接近だけは絶対に避けないといけません! バートス、試してみたいことがあります!」
 「ああ、わかった。リズのやりたいようにしてくれ」

 「私は今から前に出ます。うまくいけばキングコカトリスに隙が出来るはずです。そのチャンスを逃さず一気に攻撃してください」

 リズの紫色の瞳に闘志が宿る。

 「了解だ、リズ!」


 「カルラ! うまくいかなかった時は、石化解除薬お願いしますよ!」
 「わかった~~リズは何をするの?」

 「さっき私が石化した時も、鏡だけは石になっていませんでした」
 「でもリズは石になっちゃったよ~~」

 「それは鏡が、
 ――――――小さすぎたからです!」

 リズが聖杖を掲げて、詠唱に入る。

 「聖なる氷よその蒼き氷面ですべてを映し出せ! 
 ―――聖氷結鏡魔法(ホーリーアイスミラー)!」


 リズの前に氷の板が形成されていく。
 その氷はとても綺麗で、透き通ったリズの銀髪のような輝きを放つ大きな板だ。

 「凄いな……まるで鏡のような氷だ」

 思わず声が漏れてしまう程、リズの氷は美しかった。

 しかも一つではない。次々とリズの周りに鏡が現れる。

 そしてその鏡たちは、石化の光を跳ね返し始めた。
 光がそこらじゅうで反射して、一帯が眩い光を帯びる。

 「―――バートス! 今です!」

 「よしきた! おっさんに任せろ!」

 俺はリズの作ってくれたチャンスを逃さず全力でニワトリまで駆ける。
 ニワトリはリズの反撃に混乱している様子で、俺の接近には気づいていないようだ。


 リズは俺を信頼してくれている。

 ならば―――

 ずっと燃やし続けていた俺の唯一の能力を存分に使うまでだ!


 「――――――【焼却】発動!!」


 ――――――ボウッ!!


 「キュェエエェェェ……」


 ニワトリは俺の炎にまかれて、黒焦げの焼き鳥になった。