キングポイズントードを討伐した俺たちは、町へ戻ると大歓迎を受けた。

 その日は祭りのようになり、俺たちはたらふく食べたのち宿屋でくつろいでいる。
 今回は男女別部屋だ。

 ベッドの上でゴロンとしていると、隣の部屋から音がする。

 「リズ? なにをやってるんだ?」

 部屋の窓から顔を出すと、隣室のリズも顔を出していた。


 「―――ひゃっ! ば、ば、バートス!」


 おっと、驚かせてしまったようだ。
 なんか顔が赤い。これは怒らせたか。

 「ああ、すまない。ビックリさせてしまったか。わざとじゃないんだ、許してくれ」

 「い、いえ……べつに怒ってません。というか……」

 「んん? どうした?」


 「ど、ど、どうもしませんっ!」


 明らかにどうもしてないようには見えないが。
 これ以上突っ込むのはやめておこう。

 なんか最近リズの様子が変な時があるんだよな。
 急に怒ったり、顔を赤くしたり、モジモジしたり。

 俺はなにか知らぬ間にやらかしいているのだろうか?
 おっさんなので、多少の粗相は目を瞑ってくれるとありがたいんだが。

 「ところでリズはなにをやっているんだ?」

 「ああ、バートス。これは伝書鳥です。討伐報告を王都に送るんです」

 なるほど、鳥を使った郵便か。たしかに、討伐するたびに王都まで戻るのも面倒だしな。
 伝書鳥には特別な魔法が付与されているらしく、夜目もきくし、ちゃんと目的地に郵便物を運んでくれるらしい。

 「ところで次の目的地は決まっているのか?」
 「そうですね、ストーンシティにしようかと思っています。ここからそれほど遠くないですし」

 どうやらその町付近に討伐対象がいるらしい。

 「そうか、そこもたこ焼きはあるのかな?」
 「フフ、どうでしょうね。私も行ったことのない町ですから。着いてからのお楽しみにしてください。じゃあバートスもゆっくりやすんでくださいね」

 そう言うと、リズは綺麗な銀髪をフワリと揺らして窓を閉めた。
 最後は機嫌がなおったようだ。良かったよ。



 ◇◇◇



 「聖女さま、これ持っていっておくれ」

 翌朝、出発を控えた俺たちに道具屋のおばちゃんが弁当を作ってくれた。

 「はい、ありがとうございす。これは……たこ焼きですね」


 「―――そうなのか! リズ!」


 俺はリズの手にした包にグッと近寄る。
 おお! たしかにたこ焼きのにおいだ! が……

 「ごめんねぇ~~今回は普通のしか作れなくて。本当はこの町のバージルたこ焼きを渡したったんだけどねぇ」

 やはりか……この町で最初に食べたたこ焼きとは、違うにおいがしたからな。
 今回討伐したカエルが、バージルの群生地を毒の沼地にしてしまった。

 「そうか、バージルの木はもう無いんだったな」
 「残念ですね。たしかこの土地特有の草木でしたか……」

 「そうだねぇ~~そこにも一本生えてたんだけどね~」

 おばちゃんが後ろの庭を指さした。

 そこには枯れた木が一本、寂しそうにポツンと立っている。
 おばちゃんの言葉が過去形だったように、バージルの葉は一枚も無い。

 やはりバージルたこ焼きは二度と食べられないか……

 いや、まてよ。

 「カルラの【活性化】は使えないのだろうか?」
 「ええ~~どうだろう。あたし自分以外に使うのはリズが初めてだったから」
 「ものは試しだぞ、カルラ」
 「やってもいいけど……バートスさま。その……」

 ああ、そうか。カルラが固有能力を使うには角と尻尾をつけなければならない。

 町中など人がいる場所では外しているのだ。魔族とわかると面倒な事になるから。

 「あら? なにか魔法でも使うのかい? 黒いお嬢ちゃん」

 「そうだな、おばちゃん。ちょっとやってみたい魔法があるんだが、試してもいいか?」
 「ええ、ええ。なんでもやってくれていいよ。元から枯れてる木だしね~~」

 「ちなみにおばちゃん。カルラの頭と尻尾の装備は魔法を使うために必要でな……そのだな」

 説明がムズイ。いっそ魔族ですと言ってしまうか。

 「まあまあ、そんなこと気にしないさ。あんたたちは町を救ってくれたんだよ」

 おばちゃんはカルラに柔らく微笑んだ。

 その微笑をうけてカルラは角と尻尾をつけた。

 「さあ、お願いねカルラちゃん」

 おばちゃんは変わらぬ笑みでカルラに声をかける。
 杞憂だったな。


 「バートスさま! やってみる! あたし!」


 カルラが褐色のスラリとした両手をブンブン振り回して、やる気になったようだ。

 よし! 頼んだぞカルラ。

 俺はリズと一緒にカルラを見守ろう。

 リズ……?

 あれ? リズがいない。
 さっきまで傍にいたはずだが。どこに行ったんだ?

 いた。けっこう遠くに。

 「リズ? なんでそんなに離れる?」

 「い、いえ……万一という事もあるので。私に気にせずやってください、カルラ頑張って!」

 万が一とはなんのことだ? 
 まあいいか。いまはカルラに注目だ。彼女の能力をじかに見るのは初めてだなので、ちょっと楽しみである。


 「いくよ~~【活性化】! え~~い!!」


 彼女の掛け声とともに、木を掴んだ両手が眩く光を帯びる。
 その光は手を伝わって、木へと広がっていく。

 おお! なんかわからんけど凄い!

 木がギシギシときしんで揺れている。なんか生まれそうな感じだ。

 そして徐々にその揺れは収まっていった。
 ぱっと見だと、木に変わった様子はない。

 「バートスさま……やっぱダメだったよ~なにも変わらなかった……」

 しょぼくれた表情を見せるカルラ。

 「いや……カルラ、そうでもないぞ」
 「おやおや、たしかにそうだね~カルラちゃん、ほら」

 俺とおばちゃんが、同じ方向に指をさした。

 緑の芽が出ていた。

 たった1つだけだが下の方から芽が出ていたのだ。

 「凄いぞカルラ。君の力が、この木に新芽を出させたんだ」
 「まあまあ、まさか本当にやっちゃうなんて。上は頃合いを見て切ろうかね。これでバージルの木は生き残るかもしれないよ。ありがとね、カルラちゃん」


 「やりましたね~~カルラ~~」

 リズもこちらに向かってきた。なぜ離れていたのかよくわからんが。
 にしても……凄いなカルラは。新しい命を生み出したんだから。


 「うわぁ~~本当だ~バートスさま~~」


 カルラが紅玉色の瞳を輝かせて俺に抱き着いてきた。
 ついでに両手も輝いている。

 「ああ、カルラ! 能力を出したままですよ!」

 リズが慌ててカルラに注意を促す。たしかに、カルラの両手は光輝いたままだ。おそらくこの光が【活性化】の効果を与えるのだろう。

 「でも~~なんか嬉しくて止まらないよ~~」

 「あれ……バートスは、なにも変わりませんね……」
 「ほんとだ~~」

 結局、俺は活性化されなかった……
 おっさんだからだろうか。活性化する余地がないのかよ……地味にショックだぞ。

 「もしかして、私の時も偶然だったのでしょうか?」
 「へへ~~リズにも飛びついちゃうぅ~それ~~」
 「あ、ちょっとカルラ……」

 カルラがリズにがっしりと抱き着く。


 ―――ムキッ!


 なにこの音?


 ――――――ムキムキムキッ!!


 あれ? これは?

 「おお! 筋肉の人ではないか!」
 「ち、違います! バートス! 私です……そのリズです……」

 あ、そうだった。これが【活性化】したリズってわけだ。
 小柄な少女とは思えないムキムキ具合だ。


 「ていうか―――なんで私だけ!?」


 「う~~む、リズは筋肉の相性がいいのだろうか?」
 「なんですか! 筋肉の相性って!」
 「リズは筋肉顔だからね~~似合ってるよ~」
 「な、なんですかそれ! これでも元侯爵令嬢ですから! 小顔の少女なんです!」


 そう叫ぶと、リズは近くの木に走って行き、隠れてしまった。

 「へへ~~リズ~木からはみ出ちゃってるよ~ムキムキの体~」

 「……」

 返事がない。どうやら拗ねてしまったらしい。
 ムキムキの自分を他人に見られたくないようだ。

 「あれ~~いつもは大人な聖女さま~どうしたのかな~~」

 カルラのからかいに、ムゥと唸るリズ。

 たしかに、リズは年の割に大人っぽく振舞うことが多い。
 聖女になる前は侯爵令嬢だったらしいし、こういったおふざけには免疫がないのかもな。


 そう思うと、隠れているリズがよけいに可愛く思えてきた。


 「恥じらうリズもかわいいな」
 「は、恥ずかしがってません! 別に筋肉がダメというわけでもありません! ただ……ちょっと……バートスの前では……」

 語尾をモゴモゴと詰まらせながら、また隠れるリズ。

 恥ずかしいのか。

 まあ、本人が嫌だと言っているのだ。少しそっとしておこう。

 最近のリズは色んな表情を見せてくれるので楽しい。
 出会った頃のように感情を押し殺しているよりかよっぽどいいので、どんどんやってくれればいい。


 しかし、カルラの【活性化】は、均等に効果が発揮されるものではないようだな。
 理由は、相手との相性によるものなのか。はたまた本人の経験値や別のものが作用しているのかはわからん。

 だだし、魔族の固有能力は使えば使う程、その力を増す。

 俺の【焼却】は毎日使い続けることによって、魔界のゴミ焼却場でも作業できる能力となったからな。

 まだカルラは若い。これから学んでいけばいい。

 まったく……伸びしろ溢れる2人が少しうらやましい。


 そうこうしているうちにカルラの【活性化】の効力が切れたようだ。
 リズはいつもの美少女に戻った。


 「じゃあまたいつか寄っておくれ。そのときは、美味しいバージルたこ焼きをご馳走するよ」

 おばちゃんに手を振り、フラーグの町を出発する俺たち。


 「良かったですね、バートス。またバージルのたこ焼きが食べられそうですよ」
 「おお、俺は旅をしたことがないが。これはけっこう良いものだな」

 再び訪れた時の楽しみができた。
 旅を重ねれば、こういう楽しさが増えていくのだろう。

 「そうですね。私も今までは辛い思いでしかなかったですが―――
 バートスやカルラがいてくれるのでとっても楽しいです」


 こうして俺たちは次の町へ向かうのだった。