「バートスから離れなさい! このハレンチ魔族!」

 「ええぇ~~やだ~~」

 「やだじゃありません!」

 「もうちょっと~~」

 「早く! いますぐ! 大至急!!」

 リズの語気がどんどん強くなっていく。
 顔を真っ赤にして、今にも取っ組み合いが始まりそうな勢いだ。


 「カルラ……取り合えず俺から降りてくれ。これじゃ話もできん」

 「う~~ん、バートスさまがそう言うなら」

 しぶしぶ俺から離れるカルラ。

 俺はカルラに馬乗りにされているという、意味不明な状況から脱することが出来た。
 リズは警戒を解かずにカルラを睨んでいる。

 突然現れたこの女の子の名はカルラ。
 角と尻尾が生えており、魔族である。そして俺の魔界での元職場の同僚。

 赤い短髪からスッと出た2本の角に紅玉色の瞳、引き締まった身体から突き出る膨らみとヒップ。
 動くたびに色々タユンポヨンしている。そして後ろ姿もヤバイ。

 「なんですかその恰好! そんなみだらな服装でバートスに襲い掛かるなんて! さてはサキュバスですね!」

 「サキュバス違うわ! ふんだ、バートスさまはこういうのが好みなんですぅうう!」

 たしかにリズの言うように、カルラは刺激の強い衣装をまとっている。
 黒いエナメル質の水着を着ているような感じだ。それも布面積がすごく少なく、褐色の肌が凄まじく露出している。

 魔界の職場でも目のやり場に困ったんだよな。


 「はあ? 淫乱魔族が何を言っているのですか! バートスはちょっと常識はずれなところはありますが、そのような誘惑に屈する男性ではありません!」

 え……そうなのか……

 「なんですかバートス? 屈しませんよね!」

 たしかに屈しないけど……気にはなるんですけど……

 「ですよね!!」

 リズの圧が怖いんだが……

 「ちょっ……バートス、目が泳いでますよ! まさか、あなたこのハレンチ魔族の格好に邪な気持ちを抱いているのですか?」

 「え、え~~と。そのだな……」

 「はっきりしてください! どう思ってるんですか!」

 リズの綺麗な紫色の瞳がクワーッと見開いて、いまだかつてない程の圧がかかってくる。

 よし、もう正直に話しておこう。男である以上は当たり前のことだし、まったく気にしないとかは無理だ。


 「もちろん変な事をする気などないが、たまには見ちゃうぞ!」

 「見るとは何をですか?」

 いや、事細かに言うのかよ……察してほしい。

 「カルラとリズの膨らみとか、お尻はたまに見てしまうんだよ……た、たまにだからな!」

 「え……えと、私のを……見ていた? バートスが……」

 「そうだな、俺はただのおっさんだし。聖人でもなんでもないんだ。男としてそりゃ見えちゃったら気にならないと言えばウソになるだろ」

 「そ、そうですか……ふ~ん」

 何故か赤面しているリズだが、先ほどまでの怒りの気配がいつのまにか消えている。怒りを通り越して呆れているのだろう。

 「ま、まあ、いいでしょう。それより―――」

 リズが無理やり話を変えるようにカルラに視線を移す。

 「この魔族はなんですか? バートスを知っているようですが」

 俺はカルラとの関係をリズに話した。

 かつて働いていた魔界の仕事仲間であることや、信頼のおける友人だということを。

 「そ、そうだったんですね。カルラさんごめんなさい。私はバートスが魔族に襲われたのかと勘違いしてしまいました」

 リズが寝間着から、いつもの法衣に着替えて頭を下げる。
 ちゃんと事情が分かれば納得してくれる。この子のいいところだな。

 「ふふ~ん。まあいいわ。聖女といってもお堅い服着てるだけっぽいし。あたしのライバルでも脅威でも無さそうってことがわかったし~~」

 「むっ! あなたの方こそもっと落ち着いた服装にした方がいいですよ! この法衣はバートスに可愛くて凛々しいって褒めてもらったんだから!」

 「まてまて、2人とも落ち着け。とにかく俺の話を聞いてくれ」

 また良く分からん争いが起こりそうなので、俺は2人の会話に割って入った。


 「にしてもカルラ、よく俺の居場所がわかったな?」
 「うん、バートスさまの匂いをたどって~~ある程度の場所はわかるよ~」

 え? マジか……。 

 俺はそんなに臭いのだろうか。もしかしておっさん加齢臭というやつか。

 「でもあとは、1人づつ確かめていったの~~馬乗りで~~」

 「そ、そうか……今後は軽々しく馬乗りするのはやめなさい」
 「うん……わかった」

 しかし今までよく無事だったな。
 カルラのこの容姿で馬乗りとかされたら、男は獣になってしまうかもしれない。


 さて、ここからが本題だ。カルラに聞かなければならないことがある。


 「―――ところでカルラ。君はなんでここ(人間界)にいるんだ?」


 「あたし……バートスさまに会いたくて」

 しかしここは人間界だぞ。
 チョット会いに来ましたレベルの話じゃない。

 「あたし職場も退職したし……」

 聞けば、カルラは職場を辞めて俺を追ってきたらしい。

 なんで俺なんかを追ってきたんだ……

 「退職してまで、どうしたんだカルラ?」
 「だって……バートスさまお別れもなしにどっかいっちゃうんだもん」

 「そ、そうか。それは悪かった。だが……そもそもカルラは俺が嫌だったんじゃなかったのか?」
 「そんなわけないでしょ! 嫌いなわけないよ!」

 あれ? なんか話が違う。

 「いや、俺のセクハラが嫌だったんじゃないのか?」

 俺はそんなことをしたつもりはないが、相手の捉え方次第ではあるからな。

 「え? 何言ってんの? バートスさまがセクハラなんかするわけないじゃん」

 「いや、しかしゲナン副局長からは、カルラは俺のセクハラで苦しんでいると」

 「むぅうう~そんなの全部ウソです~~くぅううあの副局長~~最低だわ!」

 どうやら俺のセクハラ疑惑は間違いだったようだ。
 良かったよ、俺としても一番心残りな部分ではあったからな。

 「そうか、カルラを傷つけてなかったんだな。良かったよ」
 「バートスさまがあたしを傷つけるわけないじゃん。もう~~」


 「しかし転移ゲートを使用するのも大変だったろう」
 「貯めたお金で許可証買ったから、大丈夫だよ~~」

 いや、全然大丈夫じゃないだろ。
 魔界と人間界を結ぶ転移ゲートの許可証はかなり高い。一般魔族が気軽に買えるものじゃない。

 「カルラ、俺に会いに来てくれたことは嬉しい」

 ここまでして来てくれたんだ。俺も素直に嬉しいから、まずはその気持ちを彼女に伝える。
 俺の言葉にカルラもニッコリ微笑んだ。

 「だが、職場は辞めて良かったのか?」

 「バートスさまがいなくなってから、ゲナン副局長は気にいらないとか言って次々にクビにしちゃうし、毎日お尻触るし……どんどんキモくなって、もう行くのも嫌になってきて……」


 おいおい、セクハラしてんのは副局長じゃないか!


 たしにカルラはかわいいけど……触るとか絶対にダメだろ……
 そしてクビにしまくる? あいつはなにをやっているんだ?

 俺がカルラに声を掛けようとする前に―――別の声がその場に響く。


 「―――なんですかそれ! 最低男じゃないですか!」


 リズがこぶしを振り上げて怒りを露わにしていた。

 「カルラさんは、その上司と会話したんですか?」

 「うん……でもあいつなんか会話が成り立たなくて……あたしがなにを言っても意味不明なことしか言わなくて、近寄ってきたらゾクッて悪寒が走るの」


 「わかります! 私も経験あります! なんか私もあいつのこと思い出したら、ムカムカしてきました」


 リズの言うあいつとは、王子のことなんだろうな。

 「リズもなんだ~~なんか親近感わいてきた~~」

 「私もカルラさんも、似た者同士のなのかもしれません」

 2人とも同じようなやつに苦しめられたことに共感したのか、当初とは一転して急激にリズとカルラは打ち解けていった。

 俺が出会った当初のリズは少しふさぎ込んでいたが、元々人の話をちゃんと聞いて、気持ちを理解することができる子だ。
 それはカルラも同じで、ちゃんと話合えばわかり合える。

 逆にそれができないのが、副局長と王子だ。


 「しかしカルラ、今後はどうするんだ?」

 「あたしは……バートスさまと一緒にいたい……ダメ?」

 じっと紅玉色の瞳をこちらに向けるカルラ。


 「カルラ……俺は今、聖女リズの従者なんだ。王国中を回って、とんでもなく恐ろしい魔物たちを討伐しなきゃならん」

 俺は従者としてリズと旅していることをカルラに伝える。

 カルラは俺の手をギュッと握って、俯いて黙ってしまった。
 まあ俺の現状も知らずに追いかけて来たのだから、しょうがないと言えばしょうがないが。

 しばしの静寂を破ったのはリズのひと声だった。

 「ふぅ……しょうがないですね。カルラさんも私の従者になりますか?」

 「ええ……いいの? あたしリズに色々言っちゃったけど……」
 「それは別問題です。言っておきますが決して楽な旅ではありませんよ。魔界に逃げるなら今のうちです」

 「あたしは……戻らない。だってバートスさまに会うために来たんだもん。だから……一緒に行きたい」

 リズはカルラの前に出て、彼女の肩に手を当てる。


 「わかりました。では聖女リズロッテとして、
 カルラ――――――あなたを従者に任命します」

 「やった~~、リズありがとね~~」

 「フフ、カルラ、こちらこそよろしくお願いしますね。バートスも、それでいいですね?」

 「ああ、カルラが自身の意思で決めたことだ。よろしくな、カルラ」


 カルラが喜んでぴょんぴょん飛び跳ねる。
 まさか、彼女と再び一緒に仕事をすることになるとは。

 にしても……色々揺れてるから跳ねるのはやめてくれ!


 こうして聖女とおっさんに、ムチムチ魔族という新たな仲間が加わった。