俺たちはラスガルト王国の王都にある王城に来ていた。

 人間界にも国はたくさんある、そのなかのひとつがラスガルト王国である。
 この王国はそのはるか昔、聖女が建国したとされているらしい。


 「バートス、残念ながら国王陛下は領地の視察で不在のようです」
 「そうか、ではいったん出直しってことになるのか?」
 「はい、そうですね。こればかりはどうにもなりませんね。タイミングが悪かったです」

 王城か~~ちょっと入ってみたかったな。
 でも王がいないんじゃ、しょうがないか。

 俺たちが王城から離れようとすると、1人の兵士が息を荒らしてこちらに駆けよって来た。

 「待たれよ! ザーイ殿下が国王陛下代理として、討伐報告を聞くとのことだ!」

 その兵士の言葉を聞いた瞬間、リズの体が少し震えた。


 「ザーイ?」


 「ラスガルト王国の第二王子殿下です……」


 たしかリズを婚約破棄した王子だったか。
 リズは嫌な過去を思い出したのだろうか。怯えているように見えた。

 「大丈夫か? リズ」

 討伐報告義務はあるのだろうが、婚約破棄した相手をわざわざ呼びつけるとは……良く分からん王子だ。
 正直なところ、こんな奴を相手にしなくてもいいだろうとさえ思ってしまう。

 が、少しの間をおいて、リズは決心したようにその綺麗な紫眼を俺に向けた。

 震えも止まっている。


 「ええ、大丈夫ですよ。だってバートスがついていますから。とにかく行きましょう」


 「そうか。なら行こう」


 こんな美少女を嫁にしないとは……第二王子とは、よほどの変人なのだろうか。

 まあいい、会えばどういう奴かわかるはずだ。



 ◇◇◇



 「ギャハハハハ~~」

 なんだこの王子……会うなり馬鹿笑いを始めたぞ?
 王城の一室で俺とリズが待っていると、彼は入って来るなりいきなりこれだ。

 「リズ、これが王族の挨拶なのか?」
 「いえ……少し待っていましょう……」

 ひとしきり笑い終わると、王子は口を開いた。

 「俺様がラスガルト王国、第二王子のザーイさまだ。いや、悪かったな。リズが従者を連れているというので見てみたら……ギャハハハ! みすぼらしいおっさんがポツンといるだけじゃねぇか!」

 なるほど、やはりリズを婚約破棄しただけあって変な奴だ。

 たしかに、リズほどの聖女に俺は不釣り合いかもしれん。が、初対面でこんな対応をするのは感心せん。
 追放された魔界の清掃局にもいたな。こんな感じのが。

 「……ザーイ殿下。おっさんではありません、私の従者バートスです」

 「―――ああ? んだと?」


 「殿下に、私の大事な従者の名前をお伝えしただけですが? いけなかったでしょうか? それと本題であるレッドドラゴンの討伐報告をしたいのですが」


 「クハハ、出来損ないのおまえが討伐だと? 俺様を笑わすためのギャグか?」

 「いえ、レッドドラゴンは私達が討伐致しました。スタールの町の被害も最小限に抑えることができました」

 「―――チッ。討伐の証拠はどこにある? 角なり爪なり、なにかあるはずだろうが」

 「……今は持ち合わせていません。ですが、スタールの領主から報告書が送られてくるでしょう」

 「ハハ、ウソだな。適当な事を言いやがって。討伐部位もないなんてあり得ない」
 「ウソではありません! 聖女の名に誓って!」

 「ギャハハハハ~~聖女だと? そいつはどこにるんだ~~? なあ出来損ないのリズよ~~」


 「……ッ あなたは……」


 ―――この男。はじめからリズの討伐報告など聞く気はないな。

 彼女を呼び出したのも、単にいびりたかっただけだ。


 「―――おい、王子!」


 「ああ? なに勝手に口開いてんだ。おっさん」
 「ドラゴンは全部燃えたんだ。だから部位など残っていない」

 「燃えたぁ?」
 「そうだ、俺の……火魔法でな」

 【焼却】は本来人間界にはない能力。だから俺は火魔法使いということになっている。

 「ギャハハハハ~~出来損ないの従者はアホか? ドラゴンってのは鋼の皮膚をもってるんだよぉ! おまえごときの火魔法で全部燃えるわけねぇだろうが!」

 鋼の皮膚だと? ただのトカゲだぞ? 何言ってるんだこいつ。


 「ンフフ、ザーイさまぁ。この聖女ミサディに良い案がありますわ~」

 ザーイの後ろから1人の女性が出てきた。
 リズと同じような法衣をまとい、手には杖を持っている。

 聖杖ってやつか。

 「ムフフ、俺の婚約者である真の聖女ミサディ~~良案とはなんだ?」

 出てきた女性はリズと同じ聖女らしい。
 そしてどうやらこの女性が王子の新たな婚約者のようだ。やたら王子との距離が近い。

 「ザーイさま、その従者がレッドドラゴンを討伐できるほどの火魔法使いか、確かめればいいのですわ~殿下の配下には優秀な宮廷魔導士がいますから~」

 「なるほど面白いな。さすがミサディだ。おい! バムスタル!」

 ザーイが叫ぶと、黒いローブに身を包んだ男がスッと前に出る。


 「ザーイ殿下? 何をなさるおつもりですか?」


 「グフフ~~ミサディの良案を聞いてなかったのか、出来損ない聖女が。そこのおっさんと俺様の優秀な部下で模擬戦をするんだ!」

 「何を言っているのですか? 私達は討伐報告に来ているのです。なぜ模擬戦などする必要があるのです!」

 「あら~~リズさま~~大事な従者とやらに任せればいいでしょ~~それとも後ろめたいことがあるのかしら~ンフフ~~」

 「後ろめたいことなど……」

 リズが言葉を終える前に俺はスッと前に出る。

 正直なところかなりムカついていた。

 「バートス! このような模擬戦に応じる必要はありません!」

 「リズ……大丈夫だ。おっさんなりに全力を尽くすぞ」
 「バートス……」

 リズが心配そうに俺の顔を見上げる。
 この王子……俺の事ならまだしも、リズへの言葉が酷すぎる。


 「クフフ、立派な従者じゃねぇ~~か。せいぜい全力を出してくれよぉ~ギャハハハ!」



 ◇◇◇



 俺たちは王城の中庭に出た。庭の中央には円形のリングが設置されている。ここは王族の訓練や御前試合などをやる場所らしい。

 「おい! バムスタル。手加減は無用だぜぇ! こいつの化けの皮をはがしてやれぇええ!」

 「はい、殿下。こんなおっさん、私の炎の敵ではありません」

 バムスタルと呼ばれた男が、乱暴に黒いローブを脱ぎ捨てて、俺を顎でリングへと誘う。
 火魔法に関してよほどの自信があるのだろう。


 俺も全力を尽くすまでだ……グッと腹に力を入れて、リングに上がる。


 「バートス、彼は宮廷魔導士の中でもトップクラスの使い手です。上級火魔法が使えます!」

 リズが俺にアドバイスをくれた。なるほど、やはり相当の手練れだったか。

 緊張の汗が額からにじみ出る。

 カッコよく出てしまったが、正直なところかなり怖い。なにせ相手は、王族が抱えるすご腕魔法使いなのだから。

 「さて……一撃で終わらせてやろう」

 バムスタルと呼ばれた男がニヤリと口角を上げた。


 「火の精霊よ! その業火をもって敵の全てを焼き尽くせ!!
 ―――――――――上級火球魔法(ハイファイアーボール)!!」


 男が掲げた両手に火の玉が形成されていく。

 「ヒャハハハ~~さすが俺さまの部下だ! 見事な火球だな!」

 「……くっ! なんて強烈な炎……バートス気を付けて!」


 え?

 ちょっと待ってくれ。

 見事な火球?

 強烈な炎?


 いや……なんか……


 ―――ちっちゃくないか?


 これはどういうことだ?

 リズも王子も何を言っているのだ?
 いや……まてよ。そういえば王子は模擬戦って言ってたな。

 そうか! わかったぞ!

 直接戦って白黒つけるんじゃない……
 これは技術を見せ合って争う戦いなんだ!

 つまり―――


 どれだけ小さい炎を出せるかの戦い……


 この炎のコントロールは、相当な鍛錬を積まないと難しいぞ。
 とんでもない調整技術だなこの男。

 「ヤバい……こいつ。やはり、とんでもない手練れだ……」

 「ギャハハハハ~~おい聞いたか、出来損ないリズ! おっさん戦う前からビビってんじゃねぇか~~」

 悔しいが、王子の言う通りだ。


 どうしよう、あんな小さいの出せん……