「八木っちじゃーん!」
 向こうから手を振ってきた人を見ると、別の高校に進学した同級生だった。

「山田さん、久しぶり」
「八木っちも美術部だったんだ、やっぱ」
「他にできることないからさ」
「またまたぁ! 絵が得意だからでしょ?」
「ないないって」

 山田さんは僕を昔と同じように弄った。
 陽キャで気取りがない。彼女はこういう人だ。

「山田さんの絵、どれ?」
「えー、いいよ、見なくて」
「せっかく見に来たのに」
「またまたぁ、どこの学校のも見てるくせにッ! リップサービスか!?」

「⋯⋯あの」
 後ろから声がボソッとかかって、山田さんと同じタイミングで振り返る。
 すっかり忘れてたけど、高原くんがいた!

「あれ? 後輩クン? 相変わらず面倒見いいね」
「そーな⋯⋯」
「”カレカレ”っす」

 は、と山田さんと同じタイミングで止まる。
 なんてことを言い出すんだ、この子はー!
 同じ美術部員ならもうジョークだからいいけど、山田さんは他校の美術部員なんだから! ジョークにもならない!

「なんなん? ”カレカレ”って!?」

 山田さんは豪快に笑い始めた。
 この人は、笑い出すと止まらない。別に悪気はない。笑いのツボが浅いのだ。

「”カレカレ”。彼氏と⋯⋯むごっ」

 背の高い高原くんの口を塞ぐ。
 これ以上、何か言われたら、山田さんの笑いがエンドレスに会場に響き渡る!

「なに、その、”カレカレ”!? 彼氏と”カレー”か? この後ふたり、カレー行くの? ”彼カレー”!」

「カツカレーかよ」と彼女の笑いはとどまるところを知らない。
 背後から高原くんをガッチリホールドする。
 彼は暴れて、僕の鳩尾に彼のエルボーがクリーンヒット!

「ぅおッ!?」
「八木っち、どーしたん?」

 山田さんの笑いは止まり、急激に心配モードになる。
 笑いのツボはとことん浅いけど、優しいとこもあるんだ。

「いやぁ、ちょっとぶつけて」
「ぶつけるとこ、ないやん!」
「あはは⋯⋯」

 圧、強い圧を感じる。
 鳩尾を押さえた僕は、恐る恐る顔を上げた。
 ⋯⋯ギャッ!

「彼氏、連れて帰ります」
「あ、カレーね? お腹すいたよね? ごめーん、引き止めて。八木っち、お大事にね」

 ――すごい圧を感じる。重い。

(続)