僕には気になる人がいる。
 それは、同じ美術部の後輩、高原昂(たかはらすばる)くんだ。

 気にするなと言っても、気になる。
 いや、気になって⋯⋯気になってる。
 何故なら、振り向くといつもそこには高原くんがいるからだ。

 目が合うと、微笑んだりはしない。
 ただ、こっちを見てる。
 目を逸らされる時もある。
 気のせい、気のせい、気のせい、⋯⋯。
 気のせいじゃないんだな、これが。
 ちなみに、背後霊ではない。実在の人物だ。

 高原くんは僕のひとつ下、まだ1年生だ。入部して、半年。そろそろ部活に慣れてきた頃。
 絵が抜群に上手い。習いたい。いや、習わない。
 僕の専門は油絵で、高原くんの専門はデザイン画。
 系統が違う。でも求められているものは同じ。
 根本的な描写力が求められている。

 ◇

 先日のことだ。
 その日は木曜日、石膏デッサンの日だった。
 部員全員で、石膏の彫像を囲んでデッサンする。
 窓から入る10月の日差しが、彫像に光と影を産む。
 なぜかいつも僕の隣に座る高原くんが、僕のデッサンを覗いた。

「やだなぁ、僕のデッサンなんか見ないでよ」
「見てないっす」
 そんなことはない。ガン見だ。
「いや、見てるって」
「気のせいじゃないですか?」
 あくまで”気のせい”で押し切るつもりだ。

「僕のなんて見ても、なんの勉強にもならないよ」
「なります」
「どこが?」
 僕は微笑した。自慢じゃないが、デッサンには自信がない。

「ここの、顎のところの影のつけ方が――」
「やめてよ、線、へにょへにょだから」
 迷いすぎて、輪郭が上手く取れなかったところだ。
「へにょへにょじゃなくて、春」
 ――春!? 石膏デッサンに、春?

「春はやわらかすぎるんじゃないかな?」
「人柄が出ますよね」
 ――人柄!? 石膏デッサンに、人柄!?

「た、高原くんはどんな感じに描いたの?」
 気を取り直して、高原くんの作品を覗き込む。やはり上手い。
「見なくていいっす」
「いや、見せてよ、公平じゃないよ」
 ふたりで彼の作品を、じっと見る。
「⋯⋯高原くん、人柄完璧」

(続)