白銀荘――国を囲むグラファイトの壁は、陽の光を拒む灰銀色の巨影だ。
銀警察署の事務室では、霧が窓に貼りつき、床の大理石が天井に付いてる蛍光灯に反射して輝いていた。
その日も、署長代理の球磨はその影をまるで感じていなかった。
屈強な身体に白髪、白色の瞳。だが、任務選抜の判断は異常に甘い。デスクに座り、グミを咀嚼しながら鼻歌を口ずさむその姿は、緊張感とは無縁だった。
静寂を破ったのは、公衆電話から届いた切迫した声だった。
「お願いです…山で友人が遭難しました…助けてください」
霧の奥から響くその声は、乾いた空気よりも重い。
球磨は机上にグミを落とし、わずかに口角を上げた。
「……山で救助か」
彼の声音には、危機感よりも遊戯じみた熱があった。
出動指令は即決だった。
「アルジーヌくん。行け★」
短い指示が空気を切る。
アルジーヌ――白い髪と白色の瞳を持つ銀警官。
大型チェーンソーを操り、冷静沈着かつ狡猾な残酷性を備える。山であろうと都市であろうと、彼にとって経路を開く意味は一つしかない。障害を切り裂くことだ。
球磨の隣にいた阿武隈は、ほっとしたように息を吐く。
「……あの意味不明じゃなくてよかった」
阿武隈の中で、オジェ=ル=ダノワは拒絶そのものだった。アルジーヌにはその拒絶はない。それだけが安堵の理由だった。
しかし、室内の緊張はすぐに変調する。
「阿武隈たそ、回転寿司行こ★」
「おっす★」
球磨はスマートフォンを取り出し、近くの回転寿司店を検索し始める。
遭難者は未だ山の吹雪の中で息を削っている。それでも球磨の指は画面を滑り、皿の写真を呼び出す。
阿武隈は、ためらいながらも視線を落とした。
緊急任務の背景に、寿司のメニューが滲む。警備署の室内は異様に温度を失っていた。
そのころ、山ではアルジーヌが任務を遂行していた。
冷気に満ちた斜面、倒木と積雪が進路を塞ぐ。チェーンソーの唸りが雪原に響き、木々が崩れ落ちる音が谷を走った。
遭難者は白い影のように凍え、動けずにいた。アルジーヌは一言もなく彼を背負い、背後の道を切り拓きながら下山した。
帰署。
重い扉を開けると、室内には電子端末の光と笑い声が漂っていた。
球磨と阿武隈が予約の画面を操作し、皿の写真を次々と送り込むように眺めていた。
その景色は、雪の冷たさとは別の狂気を帯びていた。
「……これは何だ」
アルジーヌの白い瞳が鋭く冷えた。
球磨は笑みを崩さず言葉を返す。
「あ、お疲れ様っす★」
阿武隈は上の空で「あ…お疲れ様っす★」とだけ言った。
背負われてきた遭難者は床に座り込み、小さく呟いた。
「……山…寒かった……」
その声に答える者はいない。
夜。
霧が濃く、白銀の壁が冷たく輝く。
山を切り裂くチェーンソーの音は遠くに消え、室内の光だけが異様に鮮明だった。
この街の正気は、どこにあるのか。
それは、今日も霧の奥で答えを見せない。
銀警察署の事務室では、霧が窓に貼りつき、床の大理石が天井に付いてる蛍光灯に反射して輝いていた。
その日も、署長代理の球磨はその影をまるで感じていなかった。
屈強な身体に白髪、白色の瞳。だが、任務選抜の判断は異常に甘い。デスクに座り、グミを咀嚼しながら鼻歌を口ずさむその姿は、緊張感とは無縁だった。
静寂を破ったのは、公衆電話から届いた切迫した声だった。
「お願いです…山で友人が遭難しました…助けてください」
霧の奥から響くその声は、乾いた空気よりも重い。
球磨は机上にグミを落とし、わずかに口角を上げた。
「……山で救助か」
彼の声音には、危機感よりも遊戯じみた熱があった。
出動指令は即決だった。
「アルジーヌくん。行け★」
短い指示が空気を切る。
アルジーヌ――白い髪と白色の瞳を持つ銀警官。
大型チェーンソーを操り、冷静沈着かつ狡猾な残酷性を備える。山であろうと都市であろうと、彼にとって経路を開く意味は一つしかない。障害を切り裂くことだ。
球磨の隣にいた阿武隈は、ほっとしたように息を吐く。
「……あの意味不明じゃなくてよかった」
阿武隈の中で、オジェ=ル=ダノワは拒絶そのものだった。アルジーヌにはその拒絶はない。それだけが安堵の理由だった。
しかし、室内の緊張はすぐに変調する。
「阿武隈たそ、回転寿司行こ★」
「おっす★」
球磨はスマートフォンを取り出し、近くの回転寿司店を検索し始める。
遭難者は未だ山の吹雪の中で息を削っている。それでも球磨の指は画面を滑り、皿の写真を呼び出す。
阿武隈は、ためらいながらも視線を落とした。
緊急任務の背景に、寿司のメニューが滲む。警備署の室内は異様に温度を失っていた。
そのころ、山ではアルジーヌが任務を遂行していた。
冷気に満ちた斜面、倒木と積雪が進路を塞ぐ。チェーンソーの唸りが雪原に響き、木々が崩れ落ちる音が谷を走った。
遭難者は白い影のように凍え、動けずにいた。アルジーヌは一言もなく彼を背負い、背後の道を切り拓きながら下山した。
帰署。
重い扉を開けると、室内には電子端末の光と笑い声が漂っていた。
球磨と阿武隈が予約の画面を操作し、皿の写真を次々と送り込むように眺めていた。
その景色は、雪の冷たさとは別の狂気を帯びていた。
「……これは何だ」
アルジーヌの白い瞳が鋭く冷えた。
球磨は笑みを崩さず言葉を返す。
「あ、お疲れ様っす★」
阿武隈は上の空で「あ…お疲れ様っす★」とだけ言った。
背負われてきた遭難者は床に座り込み、小さく呟いた。
「……山…寒かった……」
その声に答える者はいない。
夜。
霧が濃く、白銀の壁が冷たく輝く。
山を切り裂くチェーンソーの音は遠くに消え、室内の光だけが異様に鮮明だった。
この街の正気は、どこにあるのか。
それは、今日も霧の奥で答えを見せない。



