白銀荘――グラファイトの壁が国を囲み、外界のすべてを切り離している。
銀警察署の事務室では、窓に霧が張りつき、床の大理石が冷たく輝いていた。
署長代理の球磨は、緩やかな呼吸をしていた。
白い髪、白色の瞳、屈強な体。だが任務選抜の判断は、壊滅的に鈍い。
デスクに腰を下ろし、グミを口に放り込みながら鼻歌を口ずさんでいたその時、公衆電話から緊急通報が届いた。

「助けて……スキーで遭難した。家族の元に帰れない……」

泣き声混じりの訴えが霧の中に沈み込む。球磨は一瞬だけ動きを止め、机上にグミを落とす。

「……雪山で救助か。任せろ★」

軽い響きに聞こえるその声は、しかし受話器の向こうには確かに届いた。
球磨の選抜は、相変わらず即決だった。

「ユディットくん。GO★」

指先が小さく鳴る。
ユディット――白い髪と白色の瞳を持ち、冷酷な殺戮のために研ぎ澄まされた銀警官。
チェーンソー付きの大剣を振るい、戦場でも雪山でもためらうことはない。

「雪を断ち、道を作るんだ!」

球磨の命令に、ユディットは一言も返さず武器を取った。
隣の阿武隈は小さく息を吐き、わずかに肩を緩める。

「……キモイ生物じゃなくて、助かった」

阿武隈にとって、オジェ=ル=ダノワは生理的な拒絶そのものだ。出勤日には必ず姿を消すほどに。ユディットには特段の嫌悪はない――それだけが安堵の理由だった。
事務室の空気がわずかに落ち着いたその瞬間、球磨が口を開く。

「阿武隈たそ、遊ぼ★」

「おう★」

ロッカーの奥から取り出されたのは、任務とは無縁の機械――Nintendo Switch。
テーブルの上に本体が置かれ、画面に光が走った。

「スキマ時間にうってつけ★」

球磨の声は軽いが、その行動は異様に場違いだった。
阿武隈は戸惑いながらも手に取った。現場への緊張感が、この署には欠けていた。霧の向こうで誰かの息が詰まる音が続いているというのに、室内には電子音が響いた。
その間にもユディットは雪山で任務を遂行していた。
吹雪と氷壁の隙間、遭難したスキーヤーの声を正確に拾い、雪崩の固まりを大剣で切り崩す。チェーンソーの震動と金属音が山を裂き、白の中から一人の影が引きずり出された。

「確保」

短く低い声だけを残し、彼はスキーヤーを担いで雪を後にした。
帰署し、扉を開けたユディットの視界に飛び込んだのは――ゲームの光と笑い声だった。
室内の霧は淡く輝き、球磨と阿武隈はコントローラーを握っていた。競い合い、声を上げ、現場の冷たさとは無縁の空気。

「……何だ、この光景は」

ユディットの白色の瞳が一瞬だけ細まる。冷気のような視線が室内を切る。
球磨は平然と笑い、言葉を軽く投げた。

「あ、お疲れ様っす★」

阿武隈も視線を投げる。

「あ…お疲れ様っす★」

だがどちらも、目の奥は霧の中に暗いものを隠していた。
スキーヤーは床に座り込み、震える声で呟く。

「……雪が……怖かった……」

その言葉に答える者はいない。
夜が深まり、球磨の笑い声だけが事務室に残る。
白銀の壁が冷たく輝く。
雪山を切り裂いた大剣の音は遠くへ消え、署内の光だけが異様に鮮やかだった。
目には見えぬ狂気が、この街を覆っている。
それは救助の成功の中にも、静かに潜んでいた。