白銀荘――グラファイトの壁に囲まれた、音を吸い込むような国。
銀警察署の事務室では、窓に霧がじっとりと張りつき、床に大理石の鏡面がちらちらと光っている。
署長代理の球磨は、今日も相変わらず呑気だった。
キャンディを舐めながら鼻歌をハミングしていたとき、公衆電話から緊急通報が飛び込んできた。

「助けて! 遊園地でスタッフが迷子になって、誰も助けに来ないんだ!」

受話器の向こうの悲鳴に、球磨は舐めていたキャンディをぽろりと落とす。

「おっと、テーマパークで迷子? GO★」

軽快すぎる返答とともにガチャンと受話器を置いた。
出動メンバーを決めるのに、一秒もかからなかった。

「ラ=イルくん、きみに決めた!」

ドヤ顔で指を鳴らす。
ラ=イル。白髪と白い瞳を持つ屈強な銀警官。
チェーンソーとガンソードを両手に備えた、戦闘のために生まれた冷徹な機械人間のような男。遊園地でもお構いなしに破壊しそうなタイプだった。

「はい、解決★」

球磨の自信満々な声に、隣の阿武隈がほっと息をつく。

「ラ=イルか! ナイスチョイス、球磨! ゴキブリじゃなくてほんと助かる!」

阿武隈はオジェ=ル=ダノワに対して異常な拒絶反応を示す。あの日のトラウマ以来、オジェの出勤日は必ず外勤か休暇を取るほどだ。
対してラ=イルには特に嫌悪はなく、「チェーンソーもガンソードで解決★」と無理やり褒め言葉を絞り出す。

「良し! 決まった★」

球磨は椅子を回転させながら胸を張り、得意満面。
霧が漂う事務室に、久しく笑い声が浮上した。
だが、球磨の次の一言で空気がさらに妙になる。

「阿武隈たそ、スゴロクやろうぜ★」

「おぉ! やろやろ!」

阿武隈はワクワクしながら待つ、球磨はデスクの中からボロボロのスゴロクボードを取り出した。

「はい、サイコロGO★」

即座に始まる即席のスゴロク勝負。
サイコロが転がる音が霧の中でやけに響き、球磨は満面の笑みで叫ぶ。

「お! 球磨ちゃん、三マス進み! 宝箱ゲット!」

「阿武隈たそ、トラップマスだ、一ターン休みな!」

二人は笑い転げながらサイコロを振り続ける。
遊園地の悲鳴がほんの一瞬、阿武隈の頭をよぎったが、すぐに笑いにかき消された。
その頃、ラ=イルは遊園地で淡々と任務を終えていた。
観覧車の裏、金色の霧が溜まるエリアで、迷子のスタッフを発見。
チェーンソーの唸りでジャングルジムを切り裂き、ガンソードを構えた冷気のような声で言う。

「動くな。確保完了」

スタッフは泣き出しそうな顔で頷いた。

「任務完了」
ラ=イルはそれだけ呟き、静かに帰署する。
事務室の扉を開けると、球磨と阿武隈がスゴロクの最終局面で盛り上がっていた。

「球磨ちゃーん、ゴール直前でハズレ引いた! バーカ!」

「次で逆転だ! 勝負はこれからだ!」

爆笑が響き渡る中、ラ=イルは眉をひそめる。

「……任務報告は?」

「あ、大丈夫っす★ お疲れ様っす」

球磨は何食わぬ顔でサイコロを止めた。

阿武隈も「お疲れ様っす★ ハエじゃなくてよかった!」とニッコリ。

ラ=イルは無言で報告書を置き、白色の瞳で二人を一瞥した。
沈黙は短く、霧がすぐに音を呑み込んだ。
夜。
白銀の壁は冴え冴えと輝きを増していた
球磨は胸を張り、「迷子救出、大成功!」と満足げに言った。
阿武隈はスゴロクを片づけながら、小さく笑う。

「今回はマシだったねー★ 白蟻だったら吐いてた」

霧の中、笑い声が遠くに溶けていく。
ラ=イルのチェーンソーが遊園地を切り裂いた夜、
迷子の叫びより先に、球磨と阿武隈の笑いが静かに響いていた。
ポンコツ選抜。
今回は奇跡的に、セーフだった。