夕暮れの街外れ、灰色の空の下、キムラヌートとエラースは川沿いの小道を歩いていた。キムラヌートは背が高く、白い髪と白い瞳がまるで氷のように冷たく光り、黒いコートが風に揺れる。隣を歩くエラースは小柄な少年で、無垢な笑顔を浮かべ、時折道端の石を蹴っては楽しそうに笑う。
「ねえ、キムラヌート! 見て、この石、めっちゃキレイな形!」
エラースが地面から平たい石を拾い上げ、キムラヌートの前に差し出す。その瞳は純粋で、まるで世界のすべてが新鮮な驚きに満ちているかのようだ。
キムラヌートは一瞥をくれるが、表情は動かない。
「その石に価値はない。売れもしないし、利益も生まない」
冷たく、まるで帳簿を読み上げるような口調だ。
エラースは首をかしげ、笑顔を崩さない。
「でもさ、キレイってだけでなんか嬉しいじゃん? 持ってるだけで、ほら、ワクワクする!」
彼は石をポケットにしまい、スキップしながら歩き出す。
キムラヌートは少年の背中を無表情に見つめる。エラースの無邪気さは、彼の計算式には収まらない。少年の行動は利益を度外視し、ただ「楽しい」だけで動いている。この純粋さは、キムラヌートにとって理解不能な「無価値」なものだった。だが、なぜかその無垢な笑顔が、彼の心のどこかに引っかかる。
二人は橋のたもとに差し掛かる。川面には夕陽が反射し、きらめく光がエラースの目を輝かせる。
「キムラヌート、川ってすっごいよね! どこまで流れてくのかな? 海まで行くのかな?」
エラースは欄干に身を乗り出し、興奮気味に話す。
「川はただの水の流れだ。運河として利用するなら価値はあるが、このままでは何の利益も生まない」
キムラヌートは腕を組み、川を見下ろす。
「この土地の価格、周辺の開発状況、物流の可能性……それが重要だ」
エラースはキムラヌートの言葉を聞き流し、欄干に座って足をぶらぶらさせる。
「ねえ、キムラヌート、なんでいつもお金の話なの? お金ってそんなに大事?」
キムラヌートは少年を鋭く見つめる。
「金は力だ。力がない者は支配される。貧困は無力だ、エラースよ」
その声には揺るぎない信念が宿っていた。
エラースは少し考え込み、首を振る。
「うーん、でもさ、キムラヌートがそんなこと言うなら、お金で買えないものってないの? たとえば、僕が今こうやってキムラヌートと歩いてるの、楽しいよ。これ、お金で買ったの?」
キムラヌートは一瞬言葉に詰まる。少年の問いは単純だが、彼の論理の外にあった。エラースとの散歩は、確かに彼の利益には直結しない。少年を連れているのは、計算外の何か——彼自身も気づかない衝動だったのかもしれない。
「頭の中で買ったかもしんない……」
キムラヌートはそう言いながら、視線を川に戻す。だが、その白い瞳には、ほんの一瞬、揺らぎが宿った。
エラースは立ち上がり、キムラヌートの大きな手を握る。
「ね、もっと歩こうよ! あっちに変な形の木がある! 見に行こう!」
少年の笑顔は、まるで夕陽のように温かく、キムラヌートの冷徹な心に小さな波紋を広げる。
キムラヌートは手を握り返さず、ただ少年の後を黙って歩き出す。エラースの無垢な存在は、彼の「富=力」という方程式に収まらない異物だった。だが、その異物が、キムラヌートの心の奥底で、ほんの少しだけ何かを変え始めていた。
二人の足音が、静かな川沿いの小道に響き合いながら、夕暮れの街はゆっくりと夜に溶けていく。