懐いていた後輩はどうやら俺のことが好きらしい

 数日後。
 引退した俺たちは、また体育館に集まっていた。
 そう、今日は“引退試合”。
 いつもより少し軽い気持ちで、でもどこか胸の奥がくすぐったい。
 笑い声が響いて、汗の匂いが戻ってくる。
 もうこの空気を味わうことはないと思ってたのに。
「湊先輩!」
「任せろ!」
 高良へとトスが上がる。
 きれいな弧を描いたボールを、思い切りスパイクで叩き込んだ。
 強烈な音が体育館に響く。
「お前らふたりは反則だろ!」
 相手コートの奴らが笑いながら叫ぶ。
「先輩たち、全然引退してねぇじゃないすか!」
「せこいわ!」
 みんなが笑って、声を上げて、また試合が始まる。
 いつのまにか何試合もしていた。
 息が上がって、膝が笑う。
 でも、楽しくて仕方なかった。
「はー、楽しかったなぁ」
 床に腰を下ろし、タオルで汗を拭いながら呟いた。
「やっぱ受験勉強ばっかしてると体なまるわー」
 周りも「だよな」と笑い合う。
 試合が終わっても、みんなの顔がまだ赤い。
 体育館の空気は、あの夏のままだった。
 片付けをしていると、背後で小さく鼻をすする音がした。
 振り返ると、高良が顔を伏せていた。
「......おい、どうしたんだよ」
 声をかけると、高良がゆっくり顔を上げる。
 目の縁が真っ赤で、涙が頬をつたっていた。
「本当に......これが、先輩たちとする最後の試合だと思うと......」
 言葉の途中で、声が震えて途切れた。
 高良の涙が、ぽろぽろと落ちる。
「お、おい、そんなの......最後に泣くなよな」
 照れくさく笑って肩を叩くと、隣で陽稀まで鼻をすすっていた。
「ずりぃよ......泣かせんなって......」
 気づけば、みんなが泣き笑いになっていた。
 胸の奥がじんわり熱くなって、俺も涙を浮かべて笑った。
「これから頼むぞ」
 高良の肩に手を置く。
 その肩は少し震えていたけど、まっすぐ顔を上げて、力強く頷いた。
「......はい」



 みんなが帰って、体育館が静かになった。
 片付けの音ももう止まって、天井のライトだけがぼんやり光っている。
 俺と高良だけが、まだ残っていた。
 ボールを軽くトスして、壁に跳ね返ったのを拾ってまた上げる。
 その音が、やけに大きく響いた。
「......なあ、高良」
「はい?」
「お前に告白されたの、ここだったよな」
 ボールを胸の前で受け止めながら言うと、高良が少し驚いた顔をした。
 それから、ふっと笑う。
「そうでしたね。先輩すごい困った顔して」
「まぁ、まさか告白されるなんて思ってなかったからな」
 高良はボールを置くと、ゆっくり近づいてきた。
「......今日、思いました」
「何をだ?」
「俺、やっぱり先輩のトスがいちばん好きです」
 まっすぐに言われて、息が止まった。
 高良の瞳は、昔よりずっと大人びてるのに、
 笑うとまだ、あの頃のままの少年の顔をする。
「もう一球、上げてください」
「......しょうがねぇな」
 俺がトスを上げると、高良はまるで翼があるみたいに軽く跳んで、気持ちいい音を残してスパイクを叩き込んだ。
 乾いた音が体育館に響いて、ふたりで笑った。
――ああ、やっぱりこの瞬間が好きだな。
「やっぱ、先輩のトス最高です!」
 高良がにやっと笑って、俺の隣に座る。
 汗で少し濡れた髪が光って見えた。
「先輩」
「ん?」
「......もうちょっとだけ、こうしててもいいですか」
 そう言って、高良が肩にもたれかかってくる。
 体温がじんわり伝わって、心臓の鼓動がうるさいほど響いた。
「お前な......後輩のくせに、甘えすぎ」
「もう後輩じゃないですよ」
 高良が小さく笑う。
「だって、もう“俺の先輩”になったんで」
 その言葉に、胸の奥が熱くなった。
 バレーも恋も、全部この体育館から始まった。
 これが終わりじゃない。
「俺だけの先輩です」
満面の笑みでそう言った高良の顔を見て俺も思わず、笑ってしまった。
 きっと、これからも――何度だって、この場所に戻ってくる。
 そのたびに、こいつの笑顔に、また胸が鳴るんだろう。