数日後。
引退した俺たちは、また体育館に集まっていた。
そう、今日は“引退試合”。
いつもより少し軽い気持ちで、でもどこか胸の奥がくすぐったい。
笑い声が響いて、汗の匂いが戻ってくる。
もうこの空気を味わうことはないと思ってたのに。
「湊先輩!」
「任せろ!」
高良へとトスが上がる。
きれいな弧を描いたボールを、思い切りスパイクで叩き込んだ。
強烈な音が体育館に響く。
「お前らふたりは反則だろ!」
相手コートの奴らが笑いながら叫ぶ。
「先輩たち、全然引退してねぇじゃないすか!」
「せこいわ!」
みんなが笑って、声を上げて、また試合が始まる。
いつのまにか何試合もしていた。
息が上がって、膝が笑う。
でも、楽しくて仕方なかった。
「はー、楽しかったなぁ」
床に腰を下ろし、タオルで汗を拭いながら呟いた。
「やっぱ受験勉強ばっかしてると体なまるわー」
周りも「だよな」と笑い合う。
試合が終わっても、みんなの顔がまだ赤い。
体育館の空気は、あの夏のままだった。
片付けをしていると、背後で小さく鼻をすする音がした。
振り返ると、高良が顔を伏せていた。
「......おい、どうしたんだよ」
声をかけると、高良がゆっくり顔を上げる。
目の縁が真っ赤で、涙が頬をつたっていた。
「本当に......これが、先輩たちとする最後の試合だと思うと......」
言葉の途中で、声が震えて途切れた。
高良の涙が、ぽろぽろと落ちる。
「お、おい、そんなの......最後に泣くなよな」
照れくさく笑って肩を叩くと、隣で陽稀まで鼻をすすっていた。
「ずりぃよ......泣かせんなって......」
気づけば、みんなが泣き笑いになっていた。
胸の奥がじんわり熱くなって、俺も涙を浮かべて笑った。
「これから頼むぞ」
高良の肩に手を置く。
その肩は少し震えていたけど、まっすぐ顔を上げて、力強く頷いた。
「......はい」
◆
みんなが帰って、体育館が静かになった。
片付けの音ももう止まって、天井のライトだけがぼんやり光っている。
俺と高良だけが、まだ残っていた。
ボールを軽くトスして、壁に跳ね返ったのを拾ってまた上げる。
その音が、やけに大きく響いた。
「......なあ、高良」
「はい?」
「お前に告白されたの、ここだったよな」
ボールを胸の前で受け止めながら言うと、高良が少し驚いた顔をした。
それから、ふっと笑う。
「そうでしたね。先輩すごい困った顔して」
「まぁ、まさか告白されるなんて思ってなかったからな」
高良はボールを置くと、ゆっくり近づいてきた。
「......今日、思いました」
「何をだ?」
「俺、やっぱり先輩のトスがいちばん好きです」
まっすぐに言われて、息が止まった。
高良の瞳は、昔よりずっと大人びてるのに、
笑うとまだ、あの頃のままの少年の顔をする。
「もう一球、上げてください」
「......しょうがねぇな」
俺がトスを上げると、高良はまるで翼があるみたいに軽く跳んで、気持ちいい音を残してスパイクを叩き込んだ。
乾いた音が体育館に響いて、ふたりで笑った。
――ああ、やっぱりこの瞬間が好きだな。
「やっぱ、先輩のトス最高です!」
高良がにやっと笑って、俺の隣に座る。
汗で少し濡れた髪が光って見えた。
「先輩」
「ん?」
「......もうちょっとだけ、こうしててもいいですか」
そう言って、高良が肩にもたれかかってくる。
体温がじんわり伝わって、心臓の鼓動がうるさいほど響いた。
「お前な......後輩のくせに、甘えすぎ」
「もう後輩じゃないですよ」
高良が小さく笑う。
「だって、もう“俺の先輩”になったんで」
その言葉に、胸の奥が熱くなった。
バレーも恋も、全部この体育館から始まった。
これが終わりじゃない。
「俺だけの先輩です」
満面の笑みでそう言った高良の顔を見て俺も思わず、笑ってしまった。
きっと、これからも――何度だって、この場所に戻ってくる。
そのたびに、こいつの笑顔に、また胸が鳴るんだろう。
引退した俺たちは、また体育館に集まっていた。
そう、今日は“引退試合”。
いつもより少し軽い気持ちで、でもどこか胸の奥がくすぐったい。
笑い声が響いて、汗の匂いが戻ってくる。
もうこの空気を味わうことはないと思ってたのに。
「湊先輩!」
「任せろ!」
高良へとトスが上がる。
きれいな弧を描いたボールを、思い切りスパイクで叩き込んだ。
強烈な音が体育館に響く。
「お前らふたりは反則だろ!」
相手コートの奴らが笑いながら叫ぶ。
「先輩たち、全然引退してねぇじゃないすか!」
「せこいわ!」
みんなが笑って、声を上げて、また試合が始まる。
いつのまにか何試合もしていた。
息が上がって、膝が笑う。
でも、楽しくて仕方なかった。
「はー、楽しかったなぁ」
床に腰を下ろし、タオルで汗を拭いながら呟いた。
「やっぱ受験勉強ばっかしてると体なまるわー」
周りも「だよな」と笑い合う。
試合が終わっても、みんなの顔がまだ赤い。
体育館の空気は、あの夏のままだった。
片付けをしていると、背後で小さく鼻をすする音がした。
振り返ると、高良が顔を伏せていた。
「......おい、どうしたんだよ」
声をかけると、高良がゆっくり顔を上げる。
目の縁が真っ赤で、涙が頬をつたっていた。
「本当に......これが、先輩たちとする最後の試合だと思うと......」
言葉の途中で、声が震えて途切れた。
高良の涙が、ぽろぽろと落ちる。
「お、おい、そんなの......最後に泣くなよな」
照れくさく笑って肩を叩くと、隣で陽稀まで鼻をすすっていた。
「ずりぃよ......泣かせんなって......」
気づけば、みんなが泣き笑いになっていた。
胸の奥がじんわり熱くなって、俺も涙を浮かべて笑った。
「これから頼むぞ」
高良の肩に手を置く。
その肩は少し震えていたけど、まっすぐ顔を上げて、力強く頷いた。
「......はい」
◆
みんなが帰って、体育館が静かになった。
片付けの音ももう止まって、天井のライトだけがぼんやり光っている。
俺と高良だけが、まだ残っていた。
ボールを軽くトスして、壁に跳ね返ったのを拾ってまた上げる。
その音が、やけに大きく響いた。
「......なあ、高良」
「はい?」
「お前に告白されたの、ここだったよな」
ボールを胸の前で受け止めながら言うと、高良が少し驚いた顔をした。
それから、ふっと笑う。
「そうでしたね。先輩すごい困った顔して」
「まぁ、まさか告白されるなんて思ってなかったからな」
高良はボールを置くと、ゆっくり近づいてきた。
「......今日、思いました」
「何をだ?」
「俺、やっぱり先輩のトスがいちばん好きです」
まっすぐに言われて、息が止まった。
高良の瞳は、昔よりずっと大人びてるのに、
笑うとまだ、あの頃のままの少年の顔をする。
「もう一球、上げてください」
「......しょうがねぇな」
俺がトスを上げると、高良はまるで翼があるみたいに軽く跳んで、気持ちいい音を残してスパイクを叩き込んだ。
乾いた音が体育館に響いて、ふたりで笑った。
――ああ、やっぱりこの瞬間が好きだな。
「やっぱ、先輩のトス最高です!」
高良がにやっと笑って、俺の隣に座る。
汗で少し濡れた髪が光って見えた。
「先輩」
「ん?」
「......もうちょっとだけ、こうしててもいいですか」
そう言って、高良が肩にもたれかかってくる。
体温がじんわり伝わって、心臓の鼓動がうるさいほど響いた。
「お前な......後輩のくせに、甘えすぎ」
「もう後輩じゃないですよ」
高良が小さく笑う。
「だって、もう“俺の先輩”になったんで」
その言葉に、胸の奥が熱くなった。
バレーも恋も、全部この体育館から始まった。
これが終わりじゃない。
「俺だけの先輩です」
満面の笑みでそう言った高良の顔を見て俺も思わず、笑ってしまった。
きっと、これからも――何度だって、この場所に戻ってくる。
そのたびに、こいつの笑顔に、また胸が鳴るんだろう。



