懐いていた後輩はどうやら俺のことが好きらしい

 ドンッ――。
 鋭い音が体育館に響いて、高良のスパイクが綺麗に相手コートへと突き刺さる。
 白球が床を弾む音のあと、チームのあちこちから歓声が上がった。
「ナイスー!」
「今の最高!」
 みんなが駆け寄り、手のひらを打ち鳴らす。
 高良は少し照れくさそうに笑って、みんなと順番にハイタッチを交わした。
 監督も腕を組んだまま、満足げに頷いている。
「おーおー、絶好調じゃん」
 陽稀が隣で笑いながら声をかける。
「調子、戻ったみたいだな」
 俺も自然と笑っていた。昨日とはまるで別人のようだ。
 そのときだった。
 高良がふとこちらを向いて、目が合った。
 一瞬だけ。けれど、確かに。
 その笑顔はまっすぐで、あの夜のぬくもりが一気に蘇る。
 ――体育館前の、月明かりの下。
『少しだけ抱きしめていいですか』
 そう言って俺を包んだ腕の感触。
 近すぎた距離。息がかかるほどの静けさ。
 思い出した瞬間、心臓が跳ねた。
 なんで今、そんなことを。
「湊? どうした、顔赤くね?」
 陽稀の声に我に返る。
「......うるさい」
 小さく言い返して、視線をコートへ戻した。
 高良はまだ、チームメイトと笑っている。
 その笑顔を見ているだけで、胸の奥が妙に熱くなった。
 3日目、午前で練習が終わるころ、全員の体は限界に近かった。
 腕も足も重い。だけど、誰ひとり声を抜かない。
 監督の「よし、今日はここまで!」の声が響くと、体育館のあちこちで安堵と疲労の息が混ざり合った。
 そのあと、静かに監督が名簿を手にした。
 いよいよ、地区予選に向けたメンバー発表だ。
「この3日間よく頑張った。今から地区予選でのメンバーを発表する」
 その監督の言葉に空気が一気に張りつめる。できることは自分を信じて立つだけだ。
「まず、一番――湊」
 監督から呼ばれた自分の名前。胸の奥がじんと熱くなりながら、差し出されたユニフォームを両手で受け取った。
 渡されたユニフォームには、背番号〈1〉の文字。
 手に取った瞬間、その重みがずしりと伝わってくる。
「二番、三番......」
 次々に名前が読み上げられ、陽稀も呼ばれる。
 「よっしゃ!」と笑顔で拳を上げる陽稀に、思わず笑みがこぼれた。
 名前が次々と呼ばれていき、やがて静けさが訪れる。
 残るはあと一人。
「......最後に、一年――高良」
「っ......!」
 高良が勢いよく顔を上げた。
 ぱっと花が咲くみたいに、表情が明るくなる。
 握りしめた拳が小刻みに震えて、その目が、いつもよりずっとまっすぐで、強かった。
「ありがとうございます!」
 声が少し裏返って、みんなの笑いが起きる。でも誰も馬鹿にはしてなかった。
 むしろ、その喜びが真っすぐ伝わってきて、胸がじんと熱くなる。
 こいつが、1年で――。
「やったな高良!」
「マジかよ!」
 1年の仲間たちが肩を叩き合う。
「期待してるぞ」
 監督の言葉に高良は深く頷き、ぎゅっと胸にユニフォームを抱きしめた。
 その姿を見た瞬間、心の奥で何かがあたたかくなった。
 けれど、振り返れば、三年の何人かが静かに俯いていた。
 歯を食いしばる音が聞こえた気がした。
 俺たちは、選ばれなかった仲間の分まで戦わなきゃいけない。
 誰よりも練習して、誰よりも声を出して、結果を残す。
 そうじゃなきゃ、このユニフォームの“重み”に顔向けできない。
 その時、高良がこっちを見た。
 目が合って、あの嬉しそうな笑みを向けてくる。
 なんでだろう。
 ただ“嬉しい”だけじゃない、何かが胸の奥でざわめいた。
 外に出ると、真昼の空がやけに眩しかった。
 グラウンドの土の匂い、汗の匂い。
 全部が“夏のはじまり”を告げていた。
 高良がとなりで、少し照れたように笑った。
「頑張りましょうね、先輩」
 その声に、俺も自然と笑って返した。
 ――最後の夏が、始まる。