「お前、ほんと俺のこと好きだな」
冗談まじりに笑いながら言ったつもりだった。
けど――握っていた高良の手が、ぐっと強くなる。
「好きですよ、湊先輩」
体育館のライトが一部だけ灯っていて、天井の明かりが高良の横顔を照らしている。
冗談で返す空気じゃなかった。
息が詰まるほどまっすぐな目で、俺を見ていた。
......たぶん、この瞬間を俺は一生忘れない。
俺、和泉湊
高校三年、バレー部キャプテン。
そして今――
人生で初めて“告白”された。
それも、同じ部活の男の後輩に。
◆
帰りのSTが終わり、みんながガタガタと席を立ち始める。
俺もリュックを肩に背負って、廊下に出ようとしたその時――
「湊ー!部活いくぞー!」
廊下から顔を出した陽稀が、にかっと笑って手を振ってきた。
「おう、今行く!」
俺は急いで駆け寄る。
「なぁ湊、今日の練習メニューなんだっけ?」
「ブロックとレシーブ中心。顧問が“気合い入れ直せ”ってさ」
「うっわ、またあのスパルタモード?」
「たぶん。昨日あんなに走らされたのに、まだ足りねーらしい」
「マジ鬼畜。ま、うちの顧問、バレー愛が重いからな」
笑いながら靴箱に向かう途中、窓から見える青空は雲ひとつない。
他の部の掛け声、笛の音、砂の匂い――放課後って感じだ。
「なぁ湊、思わね?もうすぐ最後の大会なんだぜ」
「......ああ。なんか、早かったな」
「だよな。最初の頃なんて、まともに試合も出してもらえなくてさ」
「お前はな」
「それ言うか?」
くくっと笑い合う。
――陽稀。
こいつは同じバレー部の副キャプテン。2年間ずっと一緒に頑張ってきた仲間だ。
1年のときは同じクラスで、部活外でもよくつるんでた。
明るくて、チームを引っ張ってくれるタイプ。
対して俺は、バレー部キャプテン。
気づけばバレーが生活の真ん中にあって、今じゃ“生きがい”って言ってもいいくらいだ。
更衣室で陽稀とふざけ合いながら、部活着に着替える。
Tシャツの背中にプリントされた「城南バレー部」の文字を見て、なんとなく胸が熱くなった。
体育館に入った瞬間、汗とワックスの匂いが混ざった“部活の空気”に包まれた。
「湊先輩ー!!」
声のする方を向くと、ボールを抱えた一年の稲富高良が駆け寄ってくる。
短く切った前髪が額に張り付いて、目がキラキラしてる。
「湊先輩、やっと来た! 部活始まる前にトス上げてくださいよ!」
そう言って、期待に満ちた顔でボールを差し出してくる。
......ほんと、昔から変わらねぇな。
「お前、早いな」
「はい! 湊先輩にトス上げてほしかったんで、いっっっそいできました!」
素直すぎる後輩に、思わず笑ってしまう。
そこに、陽稀が横から口をはさんだ。
「おいおい、俺のことは見えてないのか〜? なんなら俺がトス上げてやろーか?」
高良は即答した。
「いや、陽稀先輩は下手だし、遠慮します」
「おいっ、先輩に向かって“下手”とはなんだ!」
「だって、とても打ちやすいとは言えないですよ」
「それはそうだよな」
「おい湊! 味方すんな!」
俺が笑うと、陽稀はわざとらしく頭をかいてため息をついた。
「お前、こいつのことしっかり躾けとけよ」
「俺も手に負えねぇんだよな」
「先輩、また犬扱いですか!!」
高良が口を尖らせる。
それを見て、陽稀と俺は顔を見合わせて笑った。
こいつ稲富高良は中学も同じで、あの頃からやたらと俺を尊敬してくれていた。
まぁ......満更でもなくて、俺もよく可愛がっていた。
それが今年の春、また同じチームでバレーをすることになって。
相変わらず慕ってくれるのは嬉しいけど――もう“可愛い”とか言ってられないサイズになってやがる。
昔は俺の肩ぐらいしかなかったのに、今じゃ173cm。いや、自称175cmの俺よりもデカくなって、気づいたら、完全に見上げる側になってた。
そんなことを思ってたら、体育館のドアのほうから声がした。
「高良ー!」
顔を向けると、1年生らしく女子が手を振ってる。
「おいお前ら! 部活の邪魔しにくるな!」
「見てるだけだもーん!」
陽稀がニヤニヤしながら肘で高良をつついた。
「さすがモテてんなぁ〜高良」
「そんなんじゃないです」
慌てて手を振る高良。
「でもあの子たち、毎日見に来てるだろ?」
「すみません、来るなって言ってるんですけど......」
「いや、いいんじゃね? 見られてるほうが他のやつらのやる気すごいし」
「それにしてもさ〜」と陽稀がため息をついた。
「俺たち、このまま恋愛もできねぇまま卒業かよ」
「俺はできないんじゃなくて、しないんですー」
わざと軽く返すと、
「わぁ、先輩言い訳だー!」
笑いながら俺も肩をすくめる。
ほんと、高良がモテるのもわかる。
高身長に自然体な笑顔、サラッとした茶髪が光を反射してる。
優しい雰囲気で、男女問わず惹かれるタイプだ。
「――よし、そろそろ始めるか!」
話しているうちに時間になり、俺は手を叩いて声を張った。
「集合ー!」
「お願いしまーす!!」
体育館に響く声。
いつも通り、活気に満ちた空気が広がる。
スパイク、レシーブ、トス。
ボールの音と、仲間の声。
あぁ、やっぱりバレーって最高だ――そう思える時間だった。
その日の練習も無事に終わり、みんなが「お疲れっしたー!」と元気よく帰っていく。
「じゃあなー!」
「また明日っす!」
声が遠ざかって、体育館は一気に静かになる。
気づけば俺ひとり。
なんとなくまだ帰りたくなくて、ボールをひとつ手に取る。
ガラガラとカゴを引き寄せる音だけが、広い体育館に響いた。
そのとき――
ガタッ。
重たいドアが開く音に振り向くと、そこに高良が立っていた。
「......高良? まだ帰ってなかったのか」
「先輩こそ、コソ練ですか?」
「コソ練言うな。居残り練習だ」
そう言うと、高良は少し笑って体育館に入ってきた。
「俺も混ざっていいですか?」
「帰らなくていいのか?」
「ふたりのほうが、できること増えるじゃないですか」
その言葉に苦笑して、俺は肩をすくめる。
「まぁ、そうだな」
「じゃあ、トス上げてください!」
眩しい笑顔。
反射的に、俺もボールを構えた。
「はいはい、ちゃんと打てよ?」
「もちろんです!」
夜の体育館に、ボールの弾む音と二人の声が響く。
高良にトスを上げるの、俺も何気にけっこう楽しんでる。
強豪って言われるこの学校で、一年にしてAチーム入りしてる。中学では優勝選手賞に選ばれたらしい。
監督も高良に期待をしている。
こいつに上げれば、きっと決めてくれる――
そんな信頼が自然と生まれてる。
「いくぞ、高良」
「はいっ!」
トスを上げると、高良が鋭く踏み込み、スパイクを打ち抜いた。
ボールが綺麗に決まって、体育館の床に“ドン”と響く。
「ナイストスです、先輩!!」
満面の笑顔で振り返る高良。
その顔見たら、なんか無性に嬉しくなって――
気づいたら、手が勝手に動いてた。
「ははっ、こんなでかくなりやがって」
わしゃわしゃ、と乱暴に頭を撫でまくる。
いつもみたいに、ちょっと拗ねた感じで「また犬扱いですか!」って返してくるかと思ったのに――
今日は違った。
高良は何も言わず、顔を真っ赤にして俯いてる。
「お前照れてんのか」と笑って覗き込むと、視線がぶつかる。
その瞬間、思わず息をのんだ。
汗で頬に張りついた髪。
熱を帯びた瞳。
その中に、何か――今までと違う色があった。
「お前、ほんと俺のこと好きだな」
冗談っぽく言うと、高良が一瞬笑って──次の瞬間、俺の手首をぎゅっと掴んだ。
「......好きですよ。湊先輩のこと」
体育館が、しんと静まり返る。
冗談にしては、目が真剣すぎた。
「は、ははお前、なに言って──」
笑ってごまかそうとしたけど、高良の視線は逸れない。
「本当に好きなんです」
その一言が、胸の奥に落ちてくる。
冗談でも軽口でもない。真っ直ぐで、逃げ場のない声だった。
「え、えっと、それって......」
高良の目が、笑ってなかった。
まっすぐ、俺だけを見てる。
「すみません。困らせたかったわけじゃなくて」
「いや、困ってるっていうかその、初めてで......」
自分でも何言ってるかわからないくらい焦ってるのに、高良はくすっと笑って、目尻が少し下がった。
いや、でもちゃんと返事したほうがいいやつなんだよな?
深呼吸して、真面目に言う。
「......その嬉しいけど、今は部活を優先したいっていうか」
一拍の沈黙。
次の瞬間、高良がふっと笑い出した。
「なっ、お前、なんで笑うんだよ!」
「すみません。なんだか、模範解答みたいだなって思って」
笑いながらも、目は優しかった。
「でも......“嬉しい”って言ってくれたの、ちゃんと覚えときますね」
「......え?」
「じゃあ、俺これから頑張るんで。先輩が、俺のこと意識するくらいに」
「おい、俺いま、振ったよな!?」
「はい。でも“諦めろ”とは言われてません」
にやっと笑って、手を離す。
その指先の温度が残ってて、心臓の音が止まらなかった。
「......なんなんだよ、もう」
苦笑いしたつもりが、うまく笑えなかった。
胸の奥が、じわっと熱い。
『......好きですよ。湊先輩のこと』
あいつの声が、まだ耳の奥に残ってる。
冗談まじりに笑いながら言ったつもりだった。
けど――握っていた高良の手が、ぐっと強くなる。
「好きですよ、湊先輩」
体育館のライトが一部だけ灯っていて、天井の明かりが高良の横顔を照らしている。
冗談で返す空気じゃなかった。
息が詰まるほどまっすぐな目で、俺を見ていた。
......たぶん、この瞬間を俺は一生忘れない。
俺、和泉湊
高校三年、バレー部キャプテン。
そして今――
人生で初めて“告白”された。
それも、同じ部活の男の後輩に。
◆
帰りのSTが終わり、みんながガタガタと席を立ち始める。
俺もリュックを肩に背負って、廊下に出ようとしたその時――
「湊ー!部活いくぞー!」
廊下から顔を出した陽稀が、にかっと笑って手を振ってきた。
「おう、今行く!」
俺は急いで駆け寄る。
「なぁ湊、今日の練習メニューなんだっけ?」
「ブロックとレシーブ中心。顧問が“気合い入れ直せ”ってさ」
「うっわ、またあのスパルタモード?」
「たぶん。昨日あんなに走らされたのに、まだ足りねーらしい」
「マジ鬼畜。ま、うちの顧問、バレー愛が重いからな」
笑いながら靴箱に向かう途中、窓から見える青空は雲ひとつない。
他の部の掛け声、笛の音、砂の匂い――放課後って感じだ。
「なぁ湊、思わね?もうすぐ最後の大会なんだぜ」
「......ああ。なんか、早かったな」
「だよな。最初の頃なんて、まともに試合も出してもらえなくてさ」
「お前はな」
「それ言うか?」
くくっと笑い合う。
――陽稀。
こいつは同じバレー部の副キャプテン。2年間ずっと一緒に頑張ってきた仲間だ。
1年のときは同じクラスで、部活外でもよくつるんでた。
明るくて、チームを引っ張ってくれるタイプ。
対して俺は、バレー部キャプテン。
気づけばバレーが生活の真ん中にあって、今じゃ“生きがい”って言ってもいいくらいだ。
更衣室で陽稀とふざけ合いながら、部活着に着替える。
Tシャツの背中にプリントされた「城南バレー部」の文字を見て、なんとなく胸が熱くなった。
体育館に入った瞬間、汗とワックスの匂いが混ざった“部活の空気”に包まれた。
「湊先輩ー!!」
声のする方を向くと、ボールを抱えた一年の稲富高良が駆け寄ってくる。
短く切った前髪が額に張り付いて、目がキラキラしてる。
「湊先輩、やっと来た! 部活始まる前にトス上げてくださいよ!」
そう言って、期待に満ちた顔でボールを差し出してくる。
......ほんと、昔から変わらねぇな。
「お前、早いな」
「はい! 湊先輩にトス上げてほしかったんで、いっっっそいできました!」
素直すぎる後輩に、思わず笑ってしまう。
そこに、陽稀が横から口をはさんだ。
「おいおい、俺のことは見えてないのか〜? なんなら俺がトス上げてやろーか?」
高良は即答した。
「いや、陽稀先輩は下手だし、遠慮します」
「おいっ、先輩に向かって“下手”とはなんだ!」
「だって、とても打ちやすいとは言えないですよ」
「それはそうだよな」
「おい湊! 味方すんな!」
俺が笑うと、陽稀はわざとらしく頭をかいてため息をついた。
「お前、こいつのことしっかり躾けとけよ」
「俺も手に負えねぇんだよな」
「先輩、また犬扱いですか!!」
高良が口を尖らせる。
それを見て、陽稀と俺は顔を見合わせて笑った。
こいつ稲富高良は中学も同じで、あの頃からやたらと俺を尊敬してくれていた。
まぁ......満更でもなくて、俺もよく可愛がっていた。
それが今年の春、また同じチームでバレーをすることになって。
相変わらず慕ってくれるのは嬉しいけど――もう“可愛い”とか言ってられないサイズになってやがる。
昔は俺の肩ぐらいしかなかったのに、今じゃ173cm。いや、自称175cmの俺よりもデカくなって、気づいたら、完全に見上げる側になってた。
そんなことを思ってたら、体育館のドアのほうから声がした。
「高良ー!」
顔を向けると、1年生らしく女子が手を振ってる。
「おいお前ら! 部活の邪魔しにくるな!」
「見てるだけだもーん!」
陽稀がニヤニヤしながら肘で高良をつついた。
「さすがモテてんなぁ〜高良」
「そんなんじゃないです」
慌てて手を振る高良。
「でもあの子たち、毎日見に来てるだろ?」
「すみません、来るなって言ってるんですけど......」
「いや、いいんじゃね? 見られてるほうが他のやつらのやる気すごいし」
「それにしてもさ〜」と陽稀がため息をついた。
「俺たち、このまま恋愛もできねぇまま卒業かよ」
「俺はできないんじゃなくて、しないんですー」
わざと軽く返すと、
「わぁ、先輩言い訳だー!」
笑いながら俺も肩をすくめる。
ほんと、高良がモテるのもわかる。
高身長に自然体な笑顔、サラッとした茶髪が光を反射してる。
優しい雰囲気で、男女問わず惹かれるタイプだ。
「――よし、そろそろ始めるか!」
話しているうちに時間になり、俺は手を叩いて声を張った。
「集合ー!」
「お願いしまーす!!」
体育館に響く声。
いつも通り、活気に満ちた空気が広がる。
スパイク、レシーブ、トス。
ボールの音と、仲間の声。
あぁ、やっぱりバレーって最高だ――そう思える時間だった。
その日の練習も無事に終わり、みんなが「お疲れっしたー!」と元気よく帰っていく。
「じゃあなー!」
「また明日っす!」
声が遠ざかって、体育館は一気に静かになる。
気づけば俺ひとり。
なんとなくまだ帰りたくなくて、ボールをひとつ手に取る。
ガラガラとカゴを引き寄せる音だけが、広い体育館に響いた。
そのとき――
ガタッ。
重たいドアが開く音に振り向くと、そこに高良が立っていた。
「......高良? まだ帰ってなかったのか」
「先輩こそ、コソ練ですか?」
「コソ練言うな。居残り練習だ」
そう言うと、高良は少し笑って体育館に入ってきた。
「俺も混ざっていいですか?」
「帰らなくていいのか?」
「ふたりのほうが、できること増えるじゃないですか」
その言葉に苦笑して、俺は肩をすくめる。
「まぁ、そうだな」
「じゃあ、トス上げてください!」
眩しい笑顔。
反射的に、俺もボールを構えた。
「はいはい、ちゃんと打てよ?」
「もちろんです!」
夜の体育館に、ボールの弾む音と二人の声が響く。
高良にトスを上げるの、俺も何気にけっこう楽しんでる。
強豪って言われるこの学校で、一年にしてAチーム入りしてる。中学では優勝選手賞に選ばれたらしい。
監督も高良に期待をしている。
こいつに上げれば、きっと決めてくれる――
そんな信頼が自然と生まれてる。
「いくぞ、高良」
「はいっ!」
トスを上げると、高良が鋭く踏み込み、スパイクを打ち抜いた。
ボールが綺麗に決まって、体育館の床に“ドン”と響く。
「ナイストスです、先輩!!」
満面の笑顔で振り返る高良。
その顔見たら、なんか無性に嬉しくなって――
気づいたら、手が勝手に動いてた。
「ははっ、こんなでかくなりやがって」
わしゃわしゃ、と乱暴に頭を撫でまくる。
いつもみたいに、ちょっと拗ねた感じで「また犬扱いですか!」って返してくるかと思ったのに――
今日は違った。
高良は何も言わず、顔を真っ赤にして俯いてる。
「お前照れてんのか」と笑って覗き込むと、視線がぶつかる。
その瞬間、思わず息をのんだ。
汗で頬に張りついた髪。
熱を帯びた瞳。
その中に、何か――今までと違う色があった。
「お前、ほんと俺のこと好きだな」
冗談っぽく言うと、高良が一瞬笑って──次の瞬間、俺の手首をぎゅっと掴んだ。
「......好きですよ。湊先輩のこと」
体育館が、しんと静まり返る。
冗談にしては、目が真剣すぎた。
「は、ははお前、なに言って──」
笑ってごまかそうとしたけど、高良の視線は逸れない。
「本当に好きなんです」
その一言が、胸の奥に落ちてくる。
冗談でも軽口でもない。真っ直ぐで、逃げ場のない声だった。
「え、えっと、それって......」
高良の目が、笑ってなかった。
まっすぐ、俺だけを見てる。
「すみません。困らせたかったわけじゃなくて」
「いや、困ってるっていうかその、初めてで......」
自分でも何言ってるかわからないくらい焦ってるのに、高良はくすっと笑って、目尻が少し下がった。
いや、でもちゃんと返事したほうがいいやつなんだよな?
深呼吸して、真面目に言う。
「......その嬉しいけど、今は部活を優先したいっていうか」
一拍の沈黙。
次の瞬間、高良がふっと笑い出した。
「なっ、お前、なんで笑うんだよ!」
「すみません。なんだか、模範解答みたいだなって思って」
笑いながらも、目は優しかった。
「でも......“嬉しい”って言ってくれたの、ちゃんと覚えときますね」
「......え?」
「じゃあ、俺これから頑張るんで。先輩が、俺のこと意識するくらいに」
「おい、俺いま、振ったよな!?」
「はい。でも“諦めろ”とは言われてません」
にやっと笑って、手を離す。
その指先の温度が残ってて、心臓の音が止まらなかった。
「......なんなんだよ、もう」
苦笑いしたつもりが、うまく笑えなかった。
胸の奥が、じわっと熱い。
『......好きですよ。湊先輩のこと』
あいつの声が、まだ耳の奥に残ってる。



