第六話
〇住宅街を歩く真紅と黎。手をつないだままで、黎が真紅の歩幅に合わせている。
黎「たぶん澪、俺は影小路のことほとんど知らないと思ってるだろ?」
真紅「そう言ってた……。でも黎、黒ちゃんや白ちゃんとも面識あるんだ?」
真紅、背の高い黎の顔を見上げる。
黎「じじい……小埜の今の頭が古人(ふるひと)って澪のじいさんなんだけど、まあ俺にはじじいの方が父親代わりって感じだった。澪の父親の嗣(つぐ)さんも澪も霊感すらないから、仕事に行くときは俺が付き合わされたんだ」
真紅、『陰陽師のおじいさん』の姿を想像しようとするも、白桜や黒藤の印象が強すぎて出来なかった。
真紅「仕事って陰陽師的な……?」
黎「そ。そこで黒藤や月御門とは知り合ってる」
真紅(そうなんだ。澪さんや桜城くんは『様』づけなのに、黎は呼び捨てを許されてる?)
真紅「白ちゃんのことは苗字呼びなんだ?」
黎「小埜も桜城も影小路配下だからな。月御門のやつに近づく理由がない」
真紅(ってことは、白ちゃんの正体は知らなさそう……。でも私関係じゃないから言えないよね……それでも黎に隠し事って……)
黎「そうだ、真紅。俺に言えないことがあってもいいからな?」
真紅(!!)
真紅、びくりと肩を震わせる。
真紅「え! どうしたの急に……」
黎は前を見たまま淡々と話す。
黎「影小路の仕事のことは小埜の家で少しはわかってるつもりだから……仕事柄俺に言えないことが出来るのは当たり前だって理解してるつもりだ」
真紅、心臓がばくばくしている。
真紅(びっ……くりした……頭の中読まれてる?)
真紅「私……そんな感じにみえた?」
黎「いや、言っておいた方がいいと思って。じじいも、嫁さんや実の息子にも言えないこと、山ほど抱えてたから」
黎の目が少し遠くを見るようになる。
真紅(黎は本当にそばで見て来たんだ……)
黎「けどまあ……真紅がしんどくなって動けなくなる前には頼ってほしい……かな」
真紅「―――うん。そのときは勝手に寄りかかるだけ寄りかかって、復活したら今まで通りに戻るから――」
黎「胸だけ貸せばいい感じ?」
真紅「それ……! すごい本当にお見通し……!」
真紅の考えを次々に当てる黎に驚く真紅。
黎「そこまでじゃないけど――ああ、ここ。黒藤の住まい」
古民家を示す黎。住宅街のはずれではあるが、都心に結構な大きさの古民家。真紅、目が丸くなる。
黒藤「正確には小路が所有している家のひとつだ」
真紅、背後から声をかけられて肩を跳ねさせる。
黒藤「よう」
黒藤、普段着姿で軽く手を挙げている。
真紅「びっくり……した」
心臓を押さえる真紅に「わるい」、と告げる黒藤。黎、真紅を後ろにするように一歩前に出る。
黎「こんな形で顔を合わせるとは、ってやつか?」
黎の挑発めいた言葉に、黒藤は、にっと笑う。
黒藤「だな。でもお互い、悪いようにならないために来たんだろ? 入れよ」
真紅「お、お邪魔します……」
黒藤「縁(ゆかり)―、真紅だぞー」
真紅(真紅だぞー、って、どんな挨拶……)
心の中でツッコみつつ、真紅も玄関にあがる。見える範囲だが、内装も畳や襖、障子のようだ。
黒藤の言葉を聞いて家の奥から縁――女性が飛び出してくる。
縁「真紅ちゃん! 会いたかったのよ~!」
真紅「は、はじめまして! 桜木真紅です!」
真紅、腰を折って頭を下げる。
女性は大学生くらいの見た目で、いまどきの美人さん、といった感じだ。
真紅を見てほほ笑む。
縁「はじめまして、我が主の従妹様。わたしは縁。えにしの妖異よ」
真紅(人間じゃないんだ!? 天音さんや無炎さんと違って、縁さんは都会の大学にいそうな雰囲気の人だけど……あ、あやかし?)
縁「小埜黎も、久しぶりね」
縁は黎を見てほほ笑む。
黎「お久しぶりです。相変わらずですね」
真紅(黎、縁さんとも面識あるんだ……。そう言えば『式』さんって、どういうことをする存在なんだろう……)
真紅、記憶の中を見ても式がいろんなことをやっていてうまく実体がつかめない。
縁「入って入って。今日は空気がいいから、縁側に席を作りましょう」
黒藤が先に立って、居間の縁側へ真紅と黎を呼ぶ。小さな人形のような小人が座布団を持ってきてくれる。
記憶の中にはそういう存在がある真紅だが、実物を見るのは威力が違った。御門別邸にいた式たちは遠くから真紅をみていただけで、何かをしてはいなかった。
真紅「か……わい~~~」
真紅が黒藤の小さな式に感激していると、お盆にお茶セットを乗せた縁がやってきた。
縁「ね、小さな式ちゃんって可愛いよね~。涙雨ちゃんも……って、また器用に寝てるわね」
真紅の肩に停まった形で寝ている涙雨を見て、くすりと笑う縁。
黎「黒藤、真紅から聞いたけど、鳥は真紅の護衛なんだろう? これでいいのか?」
黒藤、真紅、黎の順番で座布団に座っている。黒藤と黎は、胡坐。真紅は正座をしている。
これ、と黎は真紅の肩でぐーすか眠る涙雨を示す。
黒藤「涙雨はちょっと睡眠不足なんだ、いつも。真紅に変事あったら気づくから問題ない。それよりお前――いや、お前たち、か。何があった」
黒藤の眼差しが鋭くなる。真紅、これ以上は黎との出逢いを隠し切れないとわかる。少し黎の方を見ると、黎はもとより隠すこともないといった優しい目で見てくる。
黎「真紅の血を吸った」
黒藤「……は?」
黎「同時に、出血多量だった真紅に俺の血を送った」
黒藤「え……。待て。待て待て待て、なんでそんな展開になってる」
真紅「実は私、殺されかけて……」
黒藤「はあ!? だれに!? ってかいつだそれ!」
真紅と黎、愕然とする黒藤に説明するコマ。
黒藤、額をおさえて盛大にため息をつく。
黒藤「はあ~~~~~~~~~。まっじか。そんなこんなってたのかよ……だーくそっ」
真紅「あの、勝手に殺されかけてごめんなさい。でも黎がいなかったら私、本当に死んでたと思うから……」
黒藤「黎がいなかったら、過去の始祖の転生のようになっていたってことか……」
黒藤のつぶやきを聞いてぞくりと寒気がした真紅。過去の始祖の転生は幼い頃にあやかしに殺されていた、と言われたことを思い出した。黒藤、黎へ目をやる。
黒藤「――小埜黎。真紅の従兄として礼を言う。真紅を救ってくれて、感謝する」
黒藤、胡坐をかいた格好で頭を下げる。
黒藤「お前が真紅を助けてくれていなければ、俺は真紅と会うことすら叶わなかった。本当に、ありがとう」
黎「いや、俺が真紅を見つけたのは本当にただの偶然だ。褒めるのは、真紅自身だと思う。いきなり出自を知らされても、折れずに立ち向かっているんだから」
真紅「それは黎がいてくれるからだよ。……ひとりだったら、耐えられてない」
真紅(きっと、もっと早い段階で投げ出しちゃってる)
真紅、心細そうな声で言うと、黒藤がじっと見てくる。
黒藤「……」
真紅「? 黒ちゃん?」
真紅は首を傾げると、黒藤は薄く口を開く。
黒藤「確認なんだが……」
真紅「うん?」
黒藤「お前たちは、生涯の伴侶にお互いを想っているのか?」
真紅「えっ」
真紅(は、伴侶って、その、結婚する相手、だよね?)(私が先に答えちゃっていいのかな? 黎が言うの待った方がいい?)
真紅、少し黎を見る。
黎「ああ」
黎、迷うことなく答える。その言葉にほっとする真紅。
真紅(肯定……だよね)
真紅、黒藤へ目線をうつす。
真紅「そ、そういうつもり、です」
黒藤「…………」
黒藤、腕を組んで目を閉じ、頭を色んな方向にやってうなる。
黎「黒藤?」
黒藤「あ~~~、なんだ、その、そうなんだろうなあって思ってたんだけど、言葉にされると更になあ……」
真紅「なにか……問題があるの?」
真紅、不安が胸をうずまく。
黒藤「ある。真紅と黎では、格が違い過ぎるんだ」
真紅「格?」
黎「……」
黒藤、姿勢を正す。
黒藤「真紅は影小路家の姫君、黎はその配下の家柄の者。小埜も桜城も、影小路家の下につく家だ」
真紅「私、影小路の人を黒ちゃん以外にひとりも知らないのに?」
黒藤「真紅の存在は幹部格――小路十二家には承知されている。小埜も十二家のひとつだが、本家である影小路を超える家はない」「簡単に言うなら、名家のお嬢様をその家の庭師が花嫁にと望むようなものだ」
真紅「………」
真紅(え……なんか、自分のことはよくわからないけど、簡単には認めてもらえないの?)
真紅、考え込んでしまう。
黎「生まれたときから『上』にいる黒藤にはわからないかもしれないが……庭師もなかなか面白いものだぞ?」
にやっと笑う黎。怯んでいる様子はない。
黒藤「……ガチ庭師のお前には言葉をミスったよ」
黒藤、額を押さえてため息をつく。



