第五話 小路の姫君

〇御門別邸の一室。和室、襖、障子は閉められている。真紅、紅亜、黒藤、白桜、無炎が揃っている。部屋の中央に敷かれた布団の脇に真紅、縁側から近い方の真紅の前に白桜と黒藤、紅亜は襖に近い方の真紅の隣、無炎は襖の傍に立っている。

紅亜、一度深呼吸をしてから話し出す。

紅亜「まず、黒ちゃんはわたしの双子の妹の息子……真紅ちゃんの従兄よ」

真紅(ママから言われたら確定するって思ってたけど……)

真紅、紅亜を見てから、黒藤にちらりと視線をやる。

真紅の視線に気づいた黒藤、にこっと笑って紅亜を補足する。

黒藤「俺の母の名前は紅緒、先代小路流の当主だ。面差しは紅亜姫と同じだから、真紅にも似ている所がある」

真紅(それでさっき、白桜さん私を見て『紅緒様?』って言ったんだ)

紅亜、自分の胸に右手を当てる。

紅亜「わたしは生まれつき霊力がなくて、桜木の家に養子に出されたの。そのまま結婚して、真紅ちゃんが生まれた。でもひとつ予想外だったのが、真紅ちゃんが『始祖の転生』と呼ばれる存在だったの」

真紅、脳内で『転生』はわかるも『しそ』がすぐに漢字変換できない。『紫蘇』という文字が浮かぶコマ。

真紅「紫蘇の転生? 転生って、生まれ変わりみたいな?」

真紅(私、前世紫蘇だったの……?)

黒藤「そう。(真紅(肯定された!))小路流は十二の家から成っていて、宗家がうちの影小路家。小路流が確立された時代に生きた者たちを『始祖』と呼んでいて十二人いる(真紅(あ……もしかして始まりの意味の『始祖』?))。その始祖たちは何故か『始祖の転生』と呼ばれる生まれ変わりを繰り返しているんだ。真紅以外に今確認されている転生はいないため、俺も小路流の誰も、何故転生を繰り返しているのかはわからない」

真紅「……」

真紅(それじゃあ、さっき頭に浮かんできた『私じゃない私の記憶』は……)

真紅が考え込む様子を見ている白桜と無炎。

真紅、顔をあげる。

真紅「あの、言おうか迷っていたんですけど……」

白桜「どうした?」

真紅「実は……さっき目が覚めてから、視えてます、色々……」

黒藤・白桜「え」

紅亜「みえてる?」

無炎「……」

無炎、考えるような目で真紅を見る。真紅、その視線に気づくが、話を戻さねばと黒藤と白桜を見る。

真紅「その……小さな存在たちが……」

白桜、大きく瞬き、黒藤は一瞬言葉に詰まる。

白桜「この中にいて視えてるのか……」

黒藤「生まれたままと同義でそのレベルってすげえな」

紅亜「どういうこと?」

紅亜、事態がわからず不思議そうな顔。無炎、変わらず思案気な顔をしている。

黒藤、紅亜の方を向いて説明する。

黒藤「真紅は今、あやかしが視えてる状態ですね。状態として生まれた時点で持っていた霊力の何割が目覚めているのかわかりませんが、ここは御門別邸なんで、白がすんげえ強固な結界張ってるんです。その中にいられるのは白の式や御門に害悪ないと白に認められたものだけ。つまりとても格が高いものだけです。格が高いものは大体知能も高いんで、隠れるのも得意なんです。それが視えているってのは、真紅自身の霊力がバカ高いってことです」

白桜「でも黒、紅緒様が封じているのは真紅の十七の誕生日までなんだろう? さっきも確認したけど早すぎないか?」

黒藤、「うん」とうなずく。

黒藤「それは俺も不思議。早めに話しといたほうがいいかなって会いに行っただけで、別に母上に何か異常があったとかじゃないから……」

黒藤の返事を聞いた白桜、紅亜を見る。

白桜「紅亜姫にご不調は?」

紅亜「ないわ。すごい元気」

肩の高さで両こぶしを握る紅亜。黒藤、「う~ん」とうなる。

黒藤「双子だから、母上に何かあったら紅亜姫も異常あるだろうし……」

紅緒「あの、黒ちゃん、白ちゃん、今言うことではないと思うんだけど、本当に呼び方を変えてもらいたいのだけど……」

黒藤、きりっとした顔で紅亜を見返す。

黒藤「前にも言いましたけど、この呼び方以外では母上に半殺しにされる未来しかないんで」

白桜「天音から聞く紅緒様の印象だと、俺もそうとしか思えないので」

白桜も真顔で返す。紅亜、額に手をやる。

紅亜「とんだ妹だわ」

真紅(なんだかすごそうな方……)

真紅「さっきから聞いてるママの妹さんって、今体調崩されたりしてるんですか?」

黒藤「いや、眠っている」

その返事を真正面の意味通りに受け取った真紅、動揺する。

真紅「あ……ごめんなさい」

白桜、真紅の誤解に即座に気づく。

白桜「違うよ真紅、紅緒様はご存命だ。ただ、状態として眠っているだけ」

真紅(生きていらっしゃるのに眠っているって……)

真紅「……よくわからないんですが……」

真紅、素直に言葉にする。黒藤、左手を宙に浮かせて説明する。

黒藤「始祖の転生は生まれ持った力が大きいから、過去、幼い時分にあやかしに命を狙われることが多かったんだ。だから近年では存在が把握された時点で守りに入る。真紅は紅亜姫のお腹にいることがわかった時点で始祖の転生だと判別されたから、母上が真紅の霊力を全て預かった。けれど母上ですら自分が眠って機能停止状態にならないと預かり切れなかったんだ。今は、呼吸は続いた状態で、本家のある場所で眠ったままでいるってこと。ああ、重くとらえるなよ? 真紅のためっていうか、小路流のために母上がとった策だから」

真紅、瞬きをしながら話を聞く。紅亜、右手を頬にあてる。

紅亜「紅緒もね~、小路流存続のためなら大抵のことはやっちゃう子だったから……」

黒藤「小路流が嫌いなのによくやりますよね」

ははっと邪気なく笑う黒藤。真紅、少し焦る。

真紅「そういう内部のお話? を、白桜さんの前でしちゃっていいんですか?」

白桜、落ち着いた目で答える。

白桜「心配しなくていい。俺の母と紅緒姫が親しい友人だったから、割と垣根は低いんだ。うちの先代であるおじい様と、小路流現当主の逆仁殿も古い友人だしな」

紅亜、懐かしむような優しい眼差しをする。

紅亜「白ちゃんのお母さんの桃(もも)ちゃんってば紅緒以上の問題児でね~」

真紅「ママっ、お子さんの前でそんなこと言っちゃダメだよっ」

白桜「白桃(はくとう)母様の武勇伝は、天音から子守歌代わりに聞かされました」

真紅が慌てて紅亜に言うと、白桜、糸目になって言う。

真紅、頭を下げる。

真紅「ごめんなさい、白桜さん」

白桜、はたはたと手を振る。

白桜「本当に気にしなくていいよ。母様はそういう人だって知ってるから。な、天音」

天音も懐かしむように優しい笑顔を見せる。

天音「わたくしも白桃姫様には勝手についてきましたが、自由奔放な姫様でしたわ」

無炎、ふと白桜を見る。

無縁「白桜、俺や天音のこと、真紅嬢には言ったか?」

指摘されて、白桜、一瞬きょとんとする。

白桜「あ。忘れてた。すまない真紅、こっちは天音で向こうが無炎。どちらも俺の式で、人間ではない。でもふたりとも霊力のない人間にも見えるように姿をとれるんだ」

真紅(式……人間ではない存在……)

真紅、天音と無炎に頭を下げる。

真紅「そうなんですね……はじめまして、桜木真紅です」

天音、にこりとほほ笑んで、無炎は軽くうなずく。

天音「よろしくお願い致しますわ、真紅様」

無炎「今日は黒藤がいきなり悪かったな。こいつは疲れたら放り出していいから」

黒藤「無炎ひでー」

黒藤、気にしている様子は全くなく笑う。

真紅(それにしても無炎さん、黒藤さんとよく似てる……のに、白桜さんの式なんだ)

白桜「黒、お前の方は?」

黒藤「縁は真紅に会いたがってたからうちに呼ぼうと思ってた。無月は姿見せねーだろうし、涙雨は今散歩中だからなー」

真紅(黒藤さんの式さん、そんなにいるんだ……)

白桜と黒藤、二人で話を進めている。

白桜「全員手元離れてんのか」

黒藤「でも涙雨は真紅についててほしかったから、そのうち帰ってくると思う」

白桜「真紅に?」

黒藤「さっきのことといい何があるかわかんないから、守り手は多い方がいいだろう。真紅には悪いんだけど、俺も母上も始祖の転生に会ったことないから、対応がはっきりしてなくてな」

真紅(今まで生まれてきたのが稀だったのかな……今も、私以外にいないらしいし……)

真紅「ご迷惑をおかけします……」

黒藤「真紅が謝ることじゃねーんだって。俺は私欲のために動いてるし」

黒藤、堂々と言う。真紅、誤解していた手前少し気恥ずかしくなる。

真紅「……さっきのアレですか」

黒藤「そう!」

白桜「寒気がするからそれ以上言うなよ」

黒藤「ちぇー、白厳しいなあ。ま、いいや。んでこれが真紅の護衛な」

黒藤が言った途端、黒藤の左肩に紫色の小鳥が現れる。

涙雨『帰ったぞー。おお、なんか人が多いな』

白桜がため息をつく。

白桜「勝手にうちを帰着点に使うな。久しぶり、涙雨殿」

涙雨『おお、久しいのぅ、御門のひ――若当主』

真紅(小鳥が喋ってる……)

目が点になる真紅。色々視えてはいるけれどそれらは明らかに人外なので、元々知っていた生物が言葉をしゃべっているのは驚いた。

涙雨『む? おお、こちらが紅緒殿の秘蔵っ子か。初めましてじゃ、涙雨という』

小鳥が右の翼を体の前に当てて人間の礼のような恰好をする。

真紅「は、はじめまして……真紅です」

涙雨『真紅嬢じゃな。涙雨のことは好きに呼ぶといい。……む? こちらは涙雨が見えていないようじゃな?』

涙雨、紅亜を見る。

黒藤「紅亜姫は徒人だ、涙雨。すみません紅亜姫、たぶん黒い小鳥に見えてますよね」

紅亜「ええ……真紅ちゃんと話して……るの?」

真紅、目をぱちぱちさせる。

真紅(視えてる視えてないってそういうことでもあるんだ……声が聞こえるかどうかもかかってくるだけじゃなくて、色彩にも作用する……)

真紅「うん、白桜さんのこと『御門の若当主』って呼んでて、私には『涙雨のことは好きに呼ぶといい』って」

紅亜、頬に手をあてて感心する。

紅亜「へえ、そうなの~。紅緒に色々教えてもらったんだけど、結局わからないままになってたのよねぇ。私の声はわかるのかしら?」

紅亜、涙雨の方を向く。涙雨、胸を張って答える。

涙雨『紅亜嬢じゃな。聞こえておるぞ』

黒藤、真紅の方を向く。

黒藤「真紅、聞こえた?」

真紅「はい……『紅亜嬢じゃな。聞こえておるぞ』って」

黒藤「聴覚は問題ないな。涙雨の色は?」

真紅「紫」

黒藤「視覚もよし。でもわかんねーなー。母上が指定した日より二か月前だぞ?」

黒藤、身体の後ろに両手をついて、天井をあおぐ。

白桜「紅緒様の異変ととらえるか、真紅の異変ととらえるか……」

紅亜「紅緒が決めた日より前に霊力が戻っちゃうと、何か問題があるの?」

紅亜、首を傾げながら問う。黒藤、視線を正して答える。

黒藤「始祖の転生は生まれ持つ霊力が大きすぎるため、あやかしに警戒されます。だから今回母上は、真紅は霊力がない状態での成長を選びました。真紅を霊力のある状態で育てて、己を守る力をつけさせるには、俺が邪魔でしたから」

真紅「どういうことですか?」

黒藤「真紅の命があるとわかった時点で既に俺は生まれていたから、俺と真紅の間で当主争いが起こることは明白だったんだ。過去、始祖の転生はほとんど当主を継いできたから。俺と真紅の間に対立する気がなくても、周りが勝手にそっちに持っていくだろう。俺につく小路流の人間がいる限り、幼い真紅の守りは薄くなる。あやかしも高位のものになれば、対応できる人数は少ないんだ」

真紅(そんな権謀術数が……)

真紅「んん……全部はわかりませんが、私が今視えたり聞こえたりしているのはイレギュラーってことですか?」

黒藤「そう。そして真紅はそれに怯えていない。突然のことに混乱はあるかもしれないけど、あやかしが視える自分をすんなり受け入れてないか?」

真紅(すんなり……言われて見れば、視えてることはもう『当たり前』の感覚だし、すぐに『過去の私たちの記憶』ってわかったけど、『私の記憶』ではないって思って引っ張られるのを止められた)

黒藤、眉根を寄せて続ける。

黒藤「それがまずおかしい。言い方悪いけど、普通そんな簡単に受け入れらんないんだよ。今まで存在を知らなかったものたちがみえるようになって、混乱すらしないとか」

真紅、大きくうなうずきながら答える。

真紅「確かに、違和感ないですね。もう全部あって当たり前、って感じです」

黒藤「そこまでなんか。まじで始祖の転生の生まれてくる理由ぐらい知りたい……」

黒藤、再び身体の後ろに両手をついて、天を仰ぐ。

真紅、自分の胸にあてた手を見る。

真紅(始祖の転生が生まれてくる、理由……)

白桜が真紅を見て思案にふける絵。


〇日曜日、小埜病院の中庭。待っていた黎、やってきた真紅を見て困惑する。

黎「なんで鳥がいるんだ……」

真紅の肩に涙雨が乗っているのを見て、眉根を寄せて顔をしかめる黎。

真紅、黎の傍までくると、言いにくそうに頬をかく。

真紅「涙雨ちゃんのこと知ってたの?」

黎「むしろ真紅が鳥と一緒にいることの方が何事かと……」

黎、少しびくついた顔をしている。

真紅(涙雨ちゃんのこと、『鳥』って呼んでるんだ……)

真紅「あの……私の方も色々話さなくちゃいけないことがたくさん起こりまして……」

真紅の言葉に黎、焦った顔になる。

黎「また危ない目に遭ったのか!? 怪我は!?」

黎、真紅の両肩を掴む。真紅、両手を胸の高さまであげて黎に制止をかける。

真紅「遭いかけたけど、白ちゃんと黒ちゃんが助けてくれたの」

黎「はくちゃん?」

真紅「月御門白桜さんと影小路黒藤さん」

〇回想・御門別邸で話した日、白桜から言われるシーン。

白桜『俺のこと、呼び捨てで構わない。同い年だし、敬語もなしで』

白桜、あぐらをかいて姿勢を正した状態で、穏やかに言って来る。

真紅『じゃあ……白ちゃん?』

真紅、少し戸惑いがありながらもそう口にする。

黒藤『俺も俺もー!』

黒藤、手をあげて勢いよく行って来る。

白桜『ひとつ年上』

白桜が冷静にツッコむも、黒藤、ダメージなし。

黒藤『白とお揃いがいい!』

真紅、二人のノリに少し慣れてきた。『白ちゃん』と呼んだ時より軽い気持ちで呼ぶ。

真紅『黒ちゃん?』

黒藤『俺にも敬語なしでいいから!』

〇現在時間に戻る。

真紅(二人とも、すごい立場なのにフレンドリーだったなあ)

真紅は思い返してのほほんとするが、黎、膝から崩れ落ちる。

黎「なんで真紅があんな化け物どもと……」

真紅(え、黎って二人と仲悪いの?)

真紅、頬をかきながら視線を泳がせる。

真紅「なんか私、影小路の人……らしいんだ」

黎、がばりと顔をあげて即座に立ち上がり真紅の腕を掴む。

黎「真紅、人に聞かれない場所で話そう」


〇小埜病院内の一室。『第五会議室』と表札が出ている、人が入るなら十人ほどの部屋。隅に揃えられた長机とパイプ椅子がある。

真紅「私まで入っちゃって大丈夫?」

黎「問題ない。真紅は俺の関係者だから。日曜で救急以外の患者さんはいないし、職員も少ないから」

黎がパイプ椅子を二つ広げ、パイプ椅子に向かい合うように座る真紅と黎。真紅「実は……」と話して、黎が聞いているコマ。
真紅の話を聞き終わった黎、額に左こぶしを当てる。

黎「なるほど? 真紅は知らなかったけど、母親が元影小路の人で、真紅もその血筋どころかかなり重要な立場だった、と」

真紅、苦笑するような顔で頭を下げる。

真紅「この一週間くらいで色々ありすぎて、話せてなくて申し訳ない……」

真紅、肩をすぼめて小さくなる。

黎「展開ジェットコースター過ぎだろ。真紅の頭の中での処理は大丈夫か?」

黎、真紅を責めずに気遣う。

真紅「追いついてるような追い付いてないような……。でも、視えてるのは普通に受け入れてる」

真紅の言葉を聞いて眉をしかめる黎。

黎「……大丈夫……じゃない、よな。ごめん、そんなことになってるとは知らなくて……」

真紅、じっと黎を見る。真紅、再会したときも黎にじっと見詰められたことを思い出して顔をがあつくなる。

真紅「……黎は、ずっと視えてるの?」

真紅(黎は……吸血鬼、なんだよね……)

黎「まあ、な。俺は半鬼だから、人間の血と鬼の血、半分ずつぐらいだ。話しても?」

真紅「うん」

黎「母はミーアさんってイギリス人なんだけど、母の方が吸血鬼の血筋。父は鬼と人の血が混ざった鬼人の血筋。混結で血が薄いから、俺は基本血が必用じゃないんだ。色々ややこしい理由があるんだけど、俺の母は父の愛人ってことで、架の母親が正妻としているんだ」

真紅(ど、ドロドロしてるのかな……)

真紅「血がつながってないって、そういうこと? ん? お父さんの方では、違うの?」

黎、少し悲しそうな目になる。

黎「架の母の弥生さんが父の許嫁だったんだけど、恋人がいたんだ。つまり体裁だけの許嫁。父はイギリスに行ったときに美愛さんと出逢って――日本人としての名前が『美愛』さんなんだけど、恋仲になって、妻とするために日本に連れて来た。弥生さんは許嫁をやめて、恋人と一緒になるつもりでいたんだけど――俺はもう生まれていて、架が弥生さんのお腹にいるとき、弥生さんの恋人が事故で亡くなったんだ」

真紅「―――」

黎「架の命も危なくなるくらい落ち込んでしまった弥生さんを見た美愛さんは、父に弥生さんを正妻として結婚してほしいって言ったんだ」

真紅「す、すごい覚悟……」

真紅(黎のお母様、生半可な人じゃない……)

黎「父も悩んだけど、幼馴染でもある弥生さんを見捨てられなくて、弥生さんが正妻、美愛さんが愛人って形になった。ただ三人の関係は桜城内部では承知されていることでもあるんだ」

真紅「じゃあ黎の立場は……」

黎「実際、結構難しかった。架は弥生さんの方で鬼人の血筋だけど、桜城の血統ではないから、跡取りにするのも悩む人が多い。俺は両親とも鬼人だけど、愛人の子、って認識を桜城の外からはされてるから」

真紅「……」

黎「んで、跡目争いにならないために俺は小埜へ養子に出たわけだ。父は俺に決定権をくれたから、小埜にいるのは俺が望んだ結果」

真紅「桜城くんは、どこまで知ってるの?」

黎、苦い顔になる。

黎「知らないと思う、なにも。弥生さんから、自分から架に話すまでは黙っていてほしいって言われてるから、俺もその約束を破る気はない」

真紅(そんなに複雑だったんだ……)

黎、言いにくそうに話し出す。

黎「……実はさ、最初に会った時なんだけど」

黎の少し小さな声に、真紅、反応する。

真紅「うん?」

黎「真紅があれだけの出血してて叫ぶことすら出来たのがおかしいって思ってたんだ」

真紅、叫び倒していたシーンの回想のコマ。

真紅「……そう言えばそんなこと言ってたね……」

黎、苦い顔のまま続ける。

黎「しかもあの傷、明らか人間につけられる傷じゃなかった。あやかしに狙われたって思った」

真紅(あやかしに……?)

真紅「ってことは黎は、最初から私がただの人間じゃないかも、って考えてたの?」

黎「悪いけど、疑ってはいた。それにしてはなんも知らなそうだなーと思って、今日そのことも伝えようと思ってたんだけど……まさかそんなことになってたとは……」

黎、額に手をやる。真紅、決意した真剣な顔で黎を見る。

真紅「あのね、これは一番に黎に伝えようって決めてて、まだママにも黒ちゃんにも言ってないんだけど……」

黎「なに?」

黎、声が少し強張っている。真紅、胸の前で右手をこぶしにする。

真紅「私、影小路に入ろうと思う。私に出来ることがあるなら、やりたいって思ったの。それから……ちょっと怒られるかもしれないけど、視えてきた今、私の『当たり前』が全部、影小路にあるの。それで……その上で、黎との関係を壊さない方法ってあるかな……っ?」

真紅が今考えられる、精一杯の未来を口にする。頬は赤くなり、唇をかみしめている。目は泣きそうになっているが、黎から逸らさない。

黎、口を開きかけ、一度閉じてから真紅を真正面にとらえる。

黎「ある。絶対。今はまだ先のことは何も見えないけど……」

真紅(……何も見えない……)

その一言に、ドクンと心臓が鳴る真紅。

黎「でも、その先を探そう、一緒に」

真紅(一緒、に……)

黎「俺はこの先を誰かと生きるなら、絶対に真紅がいい。真紅以外は、望まない」

真紅「わ、私も絶対黎と一緒がいい……です」

さっきまでとは違って、嬉しそうな顔する真紅を見て、笑みがもれる黎。

黎「一緒同士、ってことで」

真紅「うん……!」

黎、真紅に手を差し出す。

黎「じゃあまず、黒藤のところへ乗り込むか」

にっこりと提案してきて黎を見てびっくりする真紅だが、すぐに笑みがもれる。

真紅「黎、好戦的すぎ」

黎「情報がなさすぎるからな。真紅と黒藤が対立しないためにも、黒藤とは情報共有の方がいいだろう?」

真紅「うん」

真紅、黎の手を取る。

真紅(運命を決める神様がいるなら、神様にだって譲らない。私の一生で、ただひとり一緒に生きる人は、黎だ)

二人が部屋を出る後ろ姿。