第二話 黎の彼女

〇駅前、お出かけ用の私服姿の真紅。ドキドキしながら時計塔の時間を気にしている。

真紅(うわああやばいやばい、緊張してきたってか昨夜緊張で寝れてない。どうか黎の邪魔だけはしないようにしないと……)

真紅、胸に手を当てて深呼吸する。


〇回想・黎と話した病院の中庭

黎「付き合ってほしいってしつこく言われててさすがに鬱陶しくなってきて……真紅が俺の彼女って建前で断るのに協力してくれないか?」

真紅「私なんかでいいんですかっ? 黎さんの力になりたい人ならたくさんいると思いますけど……」

黎「いやさすがに正体明かせないと色々面倒なんだよ。その点、真紅は知ってるし今更隠すことないし」

真紅(そういうことか。確かに吸血鬼です、なんて簡単には言えない)

真紅「わかりました。そういうことならなんでもさせてください!」

真紅、ドンと自分の胸を叩く。黎、にこりと笑う。

黎「じゃあまず呼び捨てで」

真紅「へ?」

黎「普段俺のこと呼び捨てにする女性(ひと)とかいないから、真紅の特別感を出すために」

真紅「し、失礼では……」

黎「俺が気にしなければ問題なくないか? あと敬語もナシで」

真紅「……わかった、黎」

黎「うん、上出来」

真紅「あ、海雨にはなんて言おう……。黎と知り合いとは思ってないだろうし……」

黎「俺が強引に付き合ってもらった、でいいよ」

真紅「それは黎に風評被害が……」

黎「実際そうだし。ん-、じゃあ上乗せで、俺が真紅に一目惚れして無理言って付き合ってもらった、てことで」

真紅「いやそんな軽く言われても」

黎「大丈夫だって」

笑顔の黎に押し通されて承諾。

その後、海雨の病室で真紅、黎、海雨の三人のシーン。真紅「黎と付き合うことになって……」黎「ちゃんと大事にするから心配しなくていい」海雨「そうなの!? おめでとう!」海雨に、付き合う報告をする。海雨は驚くも祝福してくれる。


〇場面、駅前で待っている真紅に戻る。

真紅(大丈夫って黎も言ってくれた……。うん、今日その人にあったら終わりだろうし、心配しなくていい)

真紅、目をつむって自分に言い聞かせている。

黎「真紅、悪い待たせた」

真紅「うひゃあ!」

真紅、いきなり肩を叩かれて奇声をあげる。振り向き、黎だと確認してから慌てて喋り出す。

真紅「わっ、ご、ごめんなさいっ、今考え事しててびっくりしちゃってっ」

黎「俺の方こそごめん」

黎、真紅の姿を見る。

黎「うん、でも、そこまで可愛くしなくてよかったのに……」

真紅「え? あ、服? 五つも年の差あるから出来るだけ黎とつり合いとれるように頑張ったんだけど……」

黎「化粧もしてる?」

真紅「う、うん……ママに教えてもらって……」

母・紅亜に相談するコマ。紅亜「え、真紅ちゃんデートするの!? やだとびっきり可愛くしなくちゃ!」驚きと嬉しさの混ざった表情。真紅「で、デートじゃないよっ」焦り気味に否定する。

黎「………なんか腹立つな」

黎、不愉快そうな顔。

真紅「ごめん、不快だったよね、こんな……」

真紅(背伸びし過ぎたのが恥ずかしい……)

黎「ああ、そうじゃなくて」

真紅が誤解していると気づいた黎は、真紅の頭を自分の胸元へ引き寄せる。

黎「わざわざほかの奴に可愛いところ見せなくていいのにと思っただけだ。それだけ。真紅は悪くないし真紅の母君も悪くない。俺が勝手に焦っただけだ」

真紅「……? そう、なの?」

早口で言われたのもあって理解しきれていない真紅。戸惑い顔。

美巳「黎くん!」

美人が真紅を睨んでくる。化粧も似合っていて、スタイルのいい人で大人っぽい服もよく似合っている。

黎「真紅、あいつ。真紅は黙ってて大丈夫だから」

黎が真紅の耳元にささやく。それを見て美巳は怒った顔になる。

美巳「それが黎くんの彼女なの? 子どもじゃない」

真紅(それって言われた……。まあ子どもなのは事実だしなあ……)

事前に、すごくキツイ性格だから結構なことを言われるかもしれない、と注意を受けていたので真紅はそれほどダメージを受けない。

黎は真紅の肩に手をかけたままだったので、更に抱き寄せる。

黎「そうだよ、俺が唯一可愛いと思う子」

真紅、内心赤面する。

真紅(黎、いくら鬱陶しく思っていてもそれは煽り過ぎ……)

美巳は顔を真っ赤にさせた後、ふっと息を吐いて吐き捨てるように言う。

美巳「なんだ、黎くんもその程度なんだ。そんなタヌキみたいな子を可愛がるんだ。可哀そう」

真紅(た、たぬき……本当に結構なこと言うなあ、この人)

黎が突然真紅を抱きしめる。

真紅には見えないようにしているが、ガチギレの顔。

黎「本当黙れよお前。俺のことはなんて言ってもいいけど真紅のことけなしたら黙ってない。今までの断り方でわからないなら、二度と俺に関われないようにするからな」

美巳「っ……」

美巳、立ち去る。

黎、長く息を吐きだす。

真紅「黎? 大丈夫?」

黎「悪い、真紅。……嫌な思いさせた」

真紅「全然。それにたぬきって案外可愛いんだよ! あ、自分のこと可愛いと思ってうるわけではなく――」

黎「可愛いよ」

黎、真紅の頬に手を添える。

真紅「はえ?」

黎「真紅は可愛い。あいつは目がおかしいんだろう」

真紅「え、あ、あはは?」

真紅(え、なに? なんて反応するのが正解?)

黎「もう来ないと思うけど、巻き込んで悪かったな」

真紅「ううん。私なんかじゃ縁のないことだったから、なかなか貴重な経験をしたと思う」

黎「真紅、いつもポジティブだよな。お詫びに昼、奢らせて」

真紅「いいよそんなのっ。もともと、私が助けてもらったことへのお礼だったんだから」

真紅、慌てて両手を顔の前で振る。

黎「それこそ、『俺の気が収まらない』から。ひとまずカフェでも入ろう」

黎、にこやかに真紅に手を差し出す。真紅、少しためらうもその手を取る。

真紅「ありがとうございます」

黎「こちらこそ」



〇真紅と黎、カフェの店内の席に座っている。真紅の前には紅茶とチーズケーキ。黎の前にはブラックコーヒー。

真紅、ケーキを頬張る。

真紅「美味しい~」

黎「真紅、そういうの好き?」

真紅「うんっ。ありがとう」

黎「そういや梨実とは幼馴染なんだっけ」

真紅「そう、保育園から一緒だよ。小埜病院に転院して、お見舞いに行きやすくなったんだ」

黎「俺も澪がそんな感じかなあ。養子に来たのが七つくらいだから」

真紅「そうなんだ」

黎「俺の旧姓、真紅と同じだったりする」

真紅「そうなの? さくらぎ?」

黎「『城』の方だから字は違うんだけどな」

真紅「へ~。偶然」

黎「それで真紅……」

真紅「うん?」

黎「もう少し、続けてもいいか? 彼女役」

真紅「うん、いいよ」

黎「そんな軽くていいのか?」

真紅「なんか楽しいし、海雨にも言っちゃったからすぐに別れたなんて言ったら心配させちゃうそうだし……」

黎「そういやそうだな。じゃあ真紅、継続ってことでよろしく」

真紅「こちらこそ」

真紅、黎、ともに笑顔。

真紅(私、恋愛とかする気なかったけど、にせものでも役に立てるならよかった。それにしても黎……恥ずかしくなることすぐ言うのは心臓に悪いなあ。あとすぐに抱き寄せてくる……『役』でも普通のことなのかな?)


〇真紅と黎がいるカフェが見える、道路を挟んだ向かいの店のテラス席。目深にかぶった帽子で視線を隠している紅亜。

紅亜「なかなかスマートじゃないの、相手の男」

黒藤が紅亜に「相席いいですか?」と声をかける。見上げた紅亜は「黒ちゃん」と驚いたようにつぶやく。黒藤、紅亜の向かいの椅子に座る。

紅亜「久しぶりねぇ」

黒藤「お久しぶりです。なんでそんな風に隠れてんすか、紅亜姫」

紅亜「真紅ちゃんがデートしてるの見つけちゃったから、咄嗟に」

黒藤「え、真紅、もうそんな相手いるんですか。早いなあ」

紅亜、目線で真紅の居場所を黒藤に伝える。黒藤、感心した声。

黒藤「声、かけないんですか?」

紅亜「母親に初デートを見られてたなんて知ったら私だったら恥ずかしくて家族に会えなくなるわっ。真紅ちゃんに会えなくなるくらいなら忍ぶっ。黒ちゃんだってデートしてるところを紅緒に見られたくないでしょう?」

黒藤「母上だったら俺から白を奪って自分が白とデート始めるでしょうね」

紅亜「……ごめんなさい」

黒藤「いいですよ。紅亜姫は俺が白大好き野郎でも否定してこない貴重な方ですから」

紅亜「……呼び方、『おばさん』とかでいいのよ?」

黒藤「紅亜姫にそんな呼び方したら母上にシメられる未来しかないんで」

黒藤、虚無顔で言う。

紅亜「……それで、今日はわたしに用事かしら?」

黒藤「ええ。俺、そろそろ真紅に接触します。時期なんで」

紅亜、傷ついたような顔をする。

紅亜「……どうか、お手柔らかに」

紅亜、真紅と黎を見つめる。

紅亜(真紅ちゃん……ごめんなさい……)


〇同級生の女子五名に、校舎裏呼び出された真紅。

女子①「桜木さん、いい加減にしてよね」

真紅(いい加減にしてほしいのはこっちなんだけど……)

女子➁「毎日毎日桜城くんに構われて」

真紅(嬉しくもないんですよ)(とか言ったらヘイトがすごくなりそうだから言わないけど)

女子③「ねえ、いつまで桜城くんの周りうろついてる気なの?」

真紅(うーん……黎には申し訳ないけど、ごめん、ちょっとだけ名前借ります)

真紅「あの、私彼氏いるから、本当に桜城くんが話しかけてくるの、同じ苗字だから、だけだと思うの」

女子①「彼氏? 桜木さんに?」

女子➁「うちの学校?」

真紅「いや、年上。えーっと……海雨のお見舞い行ってるときに知り合った人」

女子③「ふうん……?」

真紅(あ、いやな予感)


〇場面転換・小埜病院の中庭のベンチ、隣には黎

真紅「……というわけでございまして、黎にこの前と反対のことをお願い致したく……」

黎「いいぞ」

真紅「即答いいの?」

黎「もちろん。そういうときのための俺だと思ってくれて構わない」

真紅「ありがたいけど……」

黎「ちなみにそいつから告白されたりは……」

真紅「ないない。桜城くん、同じ苗字だから絡んでくるだけだよ。学年どころか学校イチのイケメンって評判な人だし」

黎「……真紅の方はなんとも思ってないわけ?」

真紅「なんとも思ってないどころか、構わないでいてくれたら私の高校生活もう少し落ち着くなあって思ってる」

黎「そ」

真紅「うん。なので早速で申し訳ないのですが、明日空いてる? 時間的には今くらいなんだけど……」

黎「問題ない」

澪「――わけないだろう馬鹿野郎。お嬢さん、悪いけど明日はこいつ無理だよ」

澪が二人の背後に現れる。

真紅「澪さん。あの、本当にその呼び方やめてもらいたいのですが……」

真紅(小埜澪さん。院長先生の息子さんで、黎の幼馴染みたいな人。冷たそうに見えるけど美人さんの造形で、私も最初は女性だと思ってしまった。)(そしてなぜか初対面から私を『お嬢さん』と呼んでくる)

澪「……はっ」

澪、真紅に向けて嘲笑の眼差し。

真紅(う、今絶対バカにされたよね……海雨には紳士なのに、なんか私にあたりきついんだよなあ)

黎「大学より真紅の一大事の方が大事なんだが」

澪「お前の進路はうちの病院の今後もかかってくるんだよ。お嬢さん、こいつになんの用事があるの?」

真紅「ええと……」

説明のコマ、真紅「実は……」澪「ああ」

澪「そういう絡まれ方してるんだ。じゃあ俺が代理で行こうか」

黎「偽だろうと真紅の彼氏役お前にやらせたくないんだけど」

真紅(黎も『にせ』なのでは……?)

澪「俺だってしたくないよ。でもお嬢さんが困るんだろう?」

黎、澪を睨む。真紅、頭にハテナマーク。

真紅(んん? 澪さん、私のこと嫌いなんだよね?)

澪「彼氏の代理じゃなくて、お嬢さんの彼氏が来れない代理ですって言うわ普通に」

黎「……真紅、それで大丈夫そうか?」

真紅「うん、たぶん……」

真紅(澪さん、美人さんレベル高いから、顔面だけで圧せそう)

黎、不満顔。


〇翌日の放課後。真紅と黎が出逢った公園の広場。五名の女子と、真紅、澪。

女子①「っ……」

女子たち、澪の見た目に圧されている。

澪「先に断っておくと、俺が真紅さんの彼氏ってわけじゃないから。俺の友達と付き合ってて、今日は大学の用事で来れないから俺が代わりに来ただけ。疑うんなら、今度ちゃんと時間作ってそいつ連れてくるよ。ね、真紅さん」

女子たちににっこり笑みを向けた後、真紅を見る澪。話を合わせろというオーラ。

真紅「は、はいっ」

澪「その証拠に、こいつ、連れて来てるから。架」

凄く困った顔をした架が現れる。

架「ごめん、なんか僕が困らせてたみたいで……。僕が真紅ちゃんに話しかけてた理由、ちゃんとあるんだ」

女子③「理由?」

架「真紅ちゃんの彼氏って、僕の兄、なんだ。澪さんは兄貴の幼馴染で」

真紅(へっ!? 知らないんですけど!?)

真紅が驚いて声をあげそうになると、澪が肘で小突いて、黙れ、という目線を送ってくる。

真紅(怖っ! え、黎って桜城くんのお兄さんなの……?)(そういえば前の苗字教えてもらったっけ……)

黎が旧姓の漢字を教えるシーンのコマ、回想。

真紅(なんで気づかなかったの私!)

女子①「そうなの? 桜木さん……」

真紅「う、うん! わ、私も知らなかったんだけど……」

知らなかった、という言葉を『付き合い始めは知らなかった』と受け取った女子たち。

女子➁「そうなんだ……あの、ごめんなさい?」

女子③「なんか大事にしちゃって……ごめんなさい」

ぽつぽつと謝られる。真紅、両手を振る。

真紅「ええと、その、わかってもらえたならそれで……」

気まずそうな女子たち、公園から出て行く。

真紅、張り付けた笑顔で見送る。女子たちが見えなくなってから肩を落とす。

真紅「疲れた~」

澪「ヤワ」

真紅「澪さん本っ当私のこと嫌いですよね!?」

澪「お嬢さんが何も知らなすぎるからイラっとするだけだよ」

真紅「はあ!? 何も知らないってなんですかっ」

澪「黎と架が兄弟なことも知らなかったみたいだし?」

真紅「うっ……」

真紅(それは……知らなかった)

真紅「桜城くん!」

架「え、なに」

真紅「理由、嘘だよね。私が黎のこと知る前から絡んできてたじゃない。なんであんな嘘ついたの」

架「あー、それは澪さんが言ったことと同じ理由、かなあ」

真紅(私が何も知らなすぎるってやつ?)

真紅「……わかりました。じゃあ私が知ればいいんですね」

架「真紅ちゃん?」

真紅「黎のこと脅してでも全部聞きます、知ります」

澪「はっ、なんで黎が知ってると思ってるの? やっぱバカだね」

真紅「じゃあなんですか、澪さんなら全部知ってるんですか?」

澪「そんなわけないよ。全部知ってるのはお嬢さんの家の方々だと思うけど?」

真紅(家の方々?)

真紅「私マ……母しか家族いませんけど」

澪「ほら、知らない」

黒藤、澪の肩に手を置く。

黒藤「澪~、あんまいじめんなよ」

架「げ、黒藤様……」

黒藤「よ、架。お前やっぱ巻き込まれ体質だなー」

突然現れた見知らぬ人物に心の中で構える真紅。

真紅(? 澪さんと桜城くんの知り合い? ってか桜城くん、げって言ったような……)

澪「珍しいですね、黒藤様」

黒藤『様』と、はっきり聞こえた真紅。驚く。

真紅(様!? え、何者……!?)

澪「それより名乗った方がいいんじゃないですか? 初対面なのでしょう」

黒藤、「そうだな」と澪から手を離して真紅に向けて出しだす。

黒藤「はじめまして従妹殿。俺は影小路黒藤。お前を迎えに来たよ。――影小路真紅」