陽華の吸血鬼 マンガシナリオ大賞【ノベマ!】エントリー作品


第一話 月夜の吸血鬼

〇冒頭、木々の間から月が見える。うす暗い公園の中の遊歩道で座り込んで叫ぶ男女。

真紅「だから離せ変態!」

黎「止血するだけだから大人しくしてろ!」

真紅は背中に裂かれたような傷があって血が出ている。必死に自分を守るように抱きしめている。

黎は鞄から取り出したタオルを背中にあてようとするが抵抗されている。

黎「なんでそんな大量出血してて叫び倒せるんだよ。ほんとに人間かお前」

真紅「ふつーに人間だよ! そんなことより服脱がせないでよ怖いよ!」

黎「でもこの傷の感じ……」

真紅「ぎゃっ……ぁれ」

真紅、貧血で黎の方へ倒れてしまう。黎、呆れた顔。

黎「そんだけ騒げば倒れて当たり前だ。ちょっと背中見せろ、消毒液とかあるから、応急処置する」

真紅「……なんでそんなの持ってるの……」

真紅、言葉にも力がない。

黎「そういう職業に就くことが決まってるもんで。……よくないな。すぐに病院行こう、ここ電波届かないから、救急車呼べるとこまで抱えるぞ」

真紅を抱えようとする黎の腕を、真紅が止める。

真紅「……しなくていいよ、そんなこと」

黎「はあ? 何言ってんだお前――」

真紅「……人間じゃないの、あなたの方でしょう? 聞いたことあるの、銀は鬼の色だって……」

黎、驚愕の顔をする。月に照らされた黎の瞳が銀色であることを示す。

真紅「私、いらない命なの……だから、あなたが鬼なら……私をあなたの糧にしてほしい……」

黎「……死にたいのか?」

黎は静かに問う。

真紅「ううん……希死念慮があるわけじゃないの……ただ、自然にしぬ流れになるなら……抗う気はない……。それより、私の命を誰かに使ってほしい……」

黎の腕を掴んでいた真紅の手から力が抜ける。

真紅「最期に独りじゃなかった……それだけで十分……」

黎「……変態って叫んだの誰だよ」

真紅「……あはは……ごめん。お詫びに、血、全部持って行っていいよ……」

吸血鬼だとわかられていたことに驚く黎。真紅はだんだん体が重くなっていく。

真紅「ありがと……さよなら……」

ゆっくり瞼を閉じる真紅。黎は自身の唇を噛む。

黎、真紅の首筋に噛みつく。少ししてから体を離す。

黎「悪いけど、血ぃもらったくらいじゃ赦さないから」



〇登校風景。住宅街を歩く真紅。眠たそうにぼーっとした顔。架が駆けてくる。

架「真紅ちゃん、おはよう」

ぴり、と緊張する真紅。

真紅「桜城くん……おはよう」

真紅、ぎこちない笑顔。架、隣を歩く。

架「どうしたの? 寝不足?」

真紅「あー、うん、ちょっと……」

架「そう? 勉強もいいけどしっかり休んでよ?」

真紅「う、うん」

真紅、困った顔。周囲の視線を感じる。

真紅(この背の高いイケメンさんは桜城架くん。クラスメイトなんだけど、同じ苗字ってだけでやたら声をかけてきてくれて……ちょっと、いやかなり女子からの視線が痛い。よくない意味で)(桜城くんは悪い人じゃないんだけど、なんだろう、自分がモテていることにちょっと鈍感なのだろうか)

真紅の隣を歩きながら、授業の話なんかをしてくる架。

真紅(やば、そろそろまずい)

真紅にきつく当たってくる女子たちの姿が見えた。真紅、この場を離れることにする。

真紅「桜城くん、ごめんけど私今朝用事あるから先に行くねっ」

言い残して、架の返事を待たず学校へ駆け出す。

架「真紅ちゃん……どうかしたのかな?」

不思議そうな顔の架。



〇場面転換・学校の玄関に入った真紅。靴を履き替える。

真紅(は~、焦った~。自分から近づいてない男子のことでいちゃもんつけられるの、本当どうすればなくなるんだろう)(なくなるって言うか、みんなわかってくれるんだろう……)

真紅の目が、ひとつの靴箱に停まる。

真紅(海雨……私が昨日でさよなら、なんてことにならなくてよかった……)

真紅、ひとりで教室へ向かって廊下を歩く。

(海雨は保育園からの幼馴染。病気がちで、同じ高校に入ったけど登校はあまり出来ていない。今も、小埜病院という大きな私立病院に入院している)

真紅、クラスのドアを開ける。声をかける人もかけてくる人もいない。自分の席に黙って座る。

真紅(まあ友達は海雨だけいれば十分だし、それでなくても桜城くんのことで女子から悪評買っちゃってるからなあ)(……本当に、未練なんてないと思ってたのに)

真紅、窓から外を見る。今朝の回想。


〇目覚めた真紅。

自室、自分の布団、高校の制服のまま寝ていた。それらを順番に確認する。

身体を起こしたはずみで何かがベッドから落ちる。それを手に取る真紅。

真紅(カーディガン? ……男物だ)

そこではっとする。洗面所に駆け込む。洗面鏡に背中を映すと、制服の背中がざっくり破かれていた。血はついていない。

真紅(昨夜の……夢じゃなかったの……!? 私、しにかけたってこと……っ?)

真紅、ぞくりとしてその場にへたりこんでしまう。

真紅(ええと、ええと、……)

昨夜の出来事が頭の中を駆ける。

真紅(あの人……吸血鬼って言ったあの人が……助けてくれたの……?)

制服のスカートに涙が落ちる。

真紅(私……しんでもよかったのに……わ、わたしの代わりにあの人がしんだり……危ない目に遭ったり、してないよね……?)
真紅、怖くなってぎゅっと目をつぶる。

真紅「助けて……くれたのに、お礼も言えてない……」

真紅、唇を噛んで涙を我慢する。



〇時間軸、現在に戻る。真紅、外を見たまま。

真紅(結局、背中には傷一つなかった……。制服は予備があったからよかったけど、どうやってあの傷を消したんだろう……)(吸血鬼の力? そんなものあるのかな……。でも、銀色の目をしたあの人が吸血鬼とか、人間以外じゃないとどうやって助けてくれたのかわからないし……)(いや、人間以外だったら助ける力があるというわけじゃないけど……)
(だーっ! よくわかんない! 今日も海雨のとこ行こ。帰りはいつもの遠回りの道にしよ……いやいや、昨日の道通ればまた会えるとかヨコシマな考えはよくない。また昨日みたいな目に遭うかもしれないし……あの人が危ない目に遭っていたら……)

うつむきがちで考えこむ真紅を見ている、同級生の女子が三人ほど。



〇その日の放課後。小埜病院の四人用の病室。真紅と海雨が並んでベッドに座っている。

海雨「真紅、なんか今日ぼんやりしてるけど寝不足?」

真紅「う、うーん……そうかも……」

夕方になってもぼんやりが抜けないでいる真紅。海雨は心配そうに顔を覗き込む。

真紅「なんか……夢? 白昼夢ってやつなのかなあ。昨日そんなのあって」

海雨「疲れてるんじゃない? 私のところに来るのも大変でしょ?」

真紅「それはない。海雨に会わないと私が元気出ないんだもん」

不安と心配を隠して、にっと笑いながら言う真紅。

海雨「私は嬉しいけど……あ、今日黎さんと澪さん来る日なんだ」

海雨、嬉しそうに言う。

真紅「お医者さん?」

海雨「ううん、医大生。二人とも小埜の家の人で、入院してる人の話し相手してくれるんだ」

真紅「そうなんだ。いいところに転院出来たね」

楽しそうな海雨に、嬉しい顔になる真紅。

真紅(海雨が入院している私立小埜病院は、全国的に見ても大きな病院だ。一か月前、体調を崩した海雨は紹介状をもらってここ、小埜病院へ転院してきた。まだ退院は出来ないけど、体調は安定している。私のアパートからも近くてお見舞いに来やすくなったのも嬉しいポイント)
※大きな私立病院の絵。広い中庭やエントランス。

海雨「あれ? 真紅、首のとこ怪我してる?」

真紅「え? 別に痛くないけど……」

海雨「ちょっと見てみなよ」

海雨、真紅に手鏡を渡す。海雨が示した場所を映すと、至近距離に二つ、何かが刺さって抜けたような小さな傷跡がある。

真紅「え、なんだろ、ぶつけるにしてはヘンな場所だし……」

コンコン、とドアをノックする音。

黎「梨実―、入っていいか?」

海雨「黎さん、どうぞー」

ドアを開けた人物を見て目を丸くする真紅。

ドアを開けた黎は真紅を見るなり目を見開き、駆け寄って真紅を抱きしめる。

真紅(………え!?)

黎「良かった……生きてた……」

そう小さく聞こえた真紅は、腕を伸ばして体を離し、もう一度黎のことをよく見る。

昨夜助けてくれた人と同一人物とわかり声をあげる。

真紅「あ!」

澪「病室でナンパしてるんじゃないバカ」

呆れ顔で黎の頭に手刀を落とす澪。戸惑う海雨。

海雨「真紅? 黎さんと知り合いなの?」

黎「悪い梨実、少し話させてくれ。必ずここへ帰すから」

黎、有無を言わさず真紅の肩を抱き寄せて病室から連れ出す。

海雨と澪が残された病室。

澪「院内で何やってんだあいつ。海雨ちゃん、あの子は?」

真紅「幼馴染です。黎さんと知り合いだったのかな……?」



〇場面転換。真紅の肩に手を回して廊下を歩く黎。戸惑いながらも黎についていく真紅。

真紅「あの……」

黎「黙ってついてきてくれ」

真紅、圧を感じて黙る。

真紅(どうしよう、どういう人なんだろう……海雨が知ってる人みたいだから、危ない人……じゃないよね……?)

広々とした中庭。真紅も海雨と院内散歩がてら来たことがある場所。黎は真紅をいくつも設置されているうちのひとつのベンチに座らせ、自分はその前に膝をつく。

黎、じっと真紅の顔を見る。改めて見れば黎はかなりの美形で真紅は恥ずかしくなる。真紅が視線を逸らすと、黎は口を開く。

黎「怪我、とかないか? ヘンな奴に遭ってないか?」

真紅、その言葉に確信する。黎の方を見る。

真紅「や、やっぱり昨日の人――ひと? ですよねっ? 命を助けていただきありがとうございましたっ」

真紅、ベンチから立ち上がり深く頭を下げる。

黎「いや……」

黎、歯切れの悪い返事をして視線を逸らすが、唇を噛んで真紅を見る。

黎「すまなかった。傷を……つけてしまった」

真紅「そんなことないですっ。黎さんじゃなかったら私、助かってなかったし……」

真紅、胸元で右手を握る。

黎「怖い思いをさせてすまない。改めて、小埜黎だ。一応、この病院の関係者だから怪しい者じゃない」

真紅「あ、さっき海雨から聞きました。澪さんって方と、入院患者の話し相手をしてくださっているって。私、桜木真紅です」

黎、真紅に再び座るよう促す。

黎「もうひとつ謝らないといけないことがあるんだが……無断で真紅の住まいに入った」

真紅「あ、やっぱりですよね。目が覚めたらうちだったんで、夢かもって思っちゃいました」

黎「傷が治ったあとも目を覚まさなくて、置いていくわけにもいかなくて」

真紅「気にしないでください。一人暮らしみたいなものだし」

黎「家族は……」

真紅「ママだけです。一緒には暮らしてないけど、仲はいいですよ」

黎「そうか……。俺も、小埜は養子先なんだ。澪とは同い年だけど、兄弟とか血のつながりはない」

真紅「そうなんですね。……そのこと、海雨とか患者さんは知ってるんですか?」

黎「どうだろう……別に話すことでもないから知ってたり知らなかったりじゃないか?」

真紅「私が聞いちゃってよかったんですか?」

黎「真紅に隠す必要ないだろ。俺が『なに』かまで知ってるし」

黎、苦笑する。その様子が少し痛いものを抱えているようで、真紅は胸が締め付けられた気持ちになる。

真紅「なにか、――お礼させてもらえませんか?」

黎「え?」

真紅「命を助けてもらったわけですし、何か私にお返しさせてくださいっ」

黎「そんなことしなくていいよ。俺の偽善だし」

真紅「それじゃ私の気が収まりませんっ」

黎、考える素振り。少しの思案ののち、口を開く。

黎「じゃあ、俺の彼女になってくれる?」

真紅「へ?」

真紅、間抜けな返事と顔。