臆病な旦那様をあやかしから守ります




「和香さん、これあげるよ」

隣から持ってこられた花の形に切り取られたにんじんが私の手に持っている皿の中にコロンと転がった。
朝食を食べる部屋は和室になっており、座布団の上に正座をして食べる形なのは坂戸の家と変わらず、どこか安心を覚える。

隣にいるのはいつも文句ばかり垂れている妹の香織ではなく、嫌いな食べ物を笑顔で私のお皿に運んでくる旦那様ではあるが。

「緋瑠人さん、苦手だからといって和香様に押し付けるのはやめてください」

「違うよ、美味しそうだから」

田沼さんに向かってべっと舌を軽く出した緋瑠人さん。私は苦笑いを浮かべて皿に転がっているにんじんを口に入れる。うん、味が染みていて美味しい。

「和香さんは何か嫌いなものある?」

緋瑠人さんのその質問に「嫌いなもの…」と考え込む。好き、嫌いなどと白黒分けることはあまりないが頭の中に浮かぶものは1つであった。

「あやかし、ですかね」

そう言ってごはんを口の中に放り込んで咀嚼する。なぜか場は静まり返っていた。
顔を上げて緋瑠人さんの方をみると、緋瑠人さんは我に返ったように瞳を細めた。

「さすが和香さんだ、ブレないな」

「緋瑠人さんの方があやかしのこと嫌いでしょう」

「うん、大嫌い」

短く笑ってそう言った緋瑠人さん。でもそこに嫌悪感は帯びていない。ただ、自分がそうであることを望んでいるかのようなまっすぐな声である。
少しの違和感を抱えていれば正面に座っている田沼さんが口を開いた。

「あの、今日はお二人にお話がございまして」

田沼さんは丁寧な手つきで箸をおいて、両手を重ねて膝の上におくと私と緋瑠人さんを視界に入れた。

「なんだよ、田沼」

「実はですね、明日からお二人に1つ仕事をお任せしたく」

緋瑠人さんと私の「仕事?」という声が重なった。

「鎌苅家の当主が先日亡くなりまして」

「鎌苅家?」

と首を傾げて緋瑠人さんの方をみると、緋瑠人さんは困ったように笑って膝の上に肘をつき、ため息をついた。

「伊澄家と並ぶ名家だよ。父と鎌苅家の親父はよく書面でやりとりしていた気がする」

「なるほど」と緋瑠人さんの言葉に数回頷いていれば田沼さんは続きを随分と言いづらそうな表情で紡いでいく。

「その、書面のやりとりをこちらに残っている分すべて見せてほしいとのことでして」

「ええ、面倒くさい」

そう即答した緋瑠人さん。そこで話が終わってしまいそうな気がしたので私が代わりに田沼さんに質問を投げかけた。

「こちらに鎌苅家の皆様が来られるということでしょうか」

田沼さんの首が横に振られる。うわ、まさか。

「鎌苅家に顔を出してほしいと」

緋瑠人さんが絶対に嫌という顔を前面に表情に出している。こういうことも当主の仕事になるのだろう、断れば名家伊澄家の顔に泥を塗ることになる。狭間で葛藤している緋瑠人さんは、苦虫を噛み潰したような顔のまま田沼さんを睨んでいる。気持ちは少し分かる、が。

「なぜ書面を?あちらにも残っているでしょうに」

「それがですね、書面や、当主であった孝之助様の残したものがどこにあるか分からないらしく…」

「どうせ遺産云々で決着をつけたいんだろう。あそこ3人子供いるし」

言いづらそうな田沼さんの言葉にさらりと緋瑠人さんがそう言った。なんとなく、話が分かってきた気がする。

「でも、次期当主は1番上の方がなるのではないのですか」

上の2人が亡くなり、やむを得ず当主になった緋瑠人さんのように、そう考え田沼さんに問いかけたが田沼さんは言いづらそうな表情を変えない。これはなかなかの厄介事なのでは。

「1番上の長女、里佳子さんが当主になるとのことですが、遺産についての配分でどうやら揉めておられるようです」

「要は、孝之助さんが残したものをすべてを引き摺り出すために協力しろってそういうことか」

「緋瑠人さん、言い方に気をつけてください」

「それ以外に言い方ないだろう」

「うわああ」と自らの髪を乱した緋瑠人さん。よほど嫌なんだ。

「あの家嫌いなんだよなあ、ギスギスしてるし」

「緋瑠人さん、前は伊澄家もギスギスしていましたよ」

「それは主に兄の2人が、だろう。俺は自由気ままにやってたよ」

「ね、和香さん」と話を振られるが正直よく分からず生返事をする。

「だいたい、和香さんも連れていく必要あるの?鎌苅家と関わらせたくないんだけど」

「里佳子さんが、伊澄家の当主の嫁をみてみたいとおっしゃっておりまして」

「…あのババア…」

唸るような低い声が隣から聞こえる。心の中におさめておきたかったような毒を帯びた声。臆病の中に潜む緋瑠人さんの本音が垣間見えた。この人もこういう気持ちがあるのか、と変な関心をもっていると、田沼さんが「和香さん」と私の名を呼んだ。

「和香様が嫌であれば無理強いはしませんが、私が着いていくにしても、緋瑠人さんが1人でいくにしても、心配事が…」

「あやかしのことですよね。大丈夫です、緋瑠人さんと一緒に行きます」

「そもそも鎌苅家に行くのを断るのは?」

「それは今後のことも考えてよくないかと」

田沼さんの答えに不服そうに口をへの字に曲げた緋瑠人さん。
そして私の手を掴んだ。

「書面なんてあるだけ全部早く預けちゃってさ、さっさと帰ろうね和香さん」

「…はい」

どこか嫌な予感は拭いきれなかったが、それを言ってしまうと緋瑠人さんの腰がもっと重くなってしまうことは分かっていたので何も言わなかった。