臆病な旦那様をあやかしから守ります




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戸をたたき、返事を待たないまま開けて中に入ると少し不機嫌そうに机に向かっていた顔を上げたその人。
知ったことかと口を開く。

「鎌苅家が妙な提案をしてきました」

「なに?」

「孝之助さんが残した遺産の半分の保管場所を、伊澄家にと」

目の前の男の口角がゆっくりと上がっていく。
その時にやっと気づいた、ああそうか、話すのは今ではなかったのかもしれない、と。

「…ふうん、まあ、了承したと伝えておいて。この家は誰も寄り付かないし、無駄に広いし、そういう場所には適している」

そう言って立ち上がった男がゆらゆらと袖を揺らしながら部屋を歩く。

「鎌苅家で何があったんですか、和香様のあの傷は?」

「田沼」

名前を呼ばれ、「はい」と返事をする。

「俺はただの臆病者だけど、やるべきことはちゃんとやる」

まるでそれがそうであるべきだと言い聞かせるように、ゆっくりと自分の前に立ったその男。
やはり、違う。

「わたしは今、どちら(・・・)の貴方と話していますか」

まばたきをした男の瞳が少し変わった。言葉を続ける。

「貴方は、どうやら『臆病者』の模倣が上手いようで、いちいちどちらが話しているのか、わたしには分かりかねます

緋瑠人さん」

首をこてんと傾げた男の人差し指が己の片腕に軽く触れる。

「田沼」

「なんでしょう」

「…お前、片腕だけで済んでよかったな」

ひゅっと息を詰まらせれば、クスクスと笑い始める男。何が臆病者だと叫びたくなる。しかし、耐えなければならなかった。それが自分の宿命だからだ。

「和香様をお慕いしているのは、今潜んでいる本当の緋瑠人さんだとして、貴方の目的は?鎌苅家のことはどこまで貴方が仕組んだことですか?」

「もう一本腕をもぎ取られたくなければ、もう喋るな田沼」

「っ」

男は自分の胸に手を置いた。

「いいか、これはこの男が望んだこと、お前がいらぬ口を出すな、魂ごと喰われたくなければ黙ってこの家の使用人をしてることだ」

さっさと行け、と荒々しい言葉を投げかけられ部屋を出た。閉まっていく戸の隙間から、赤く染まる瞳がみえた。
せめてもの挑発の意を込めて、口角を上げる。
この真実、聞こえておけばいい。



「…鬼めが」





【臆病な旦那様をあやかしから守ります】