臆病な旦那様をあやかしから守ります




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「もう少し、療養していかれた方がよろしいのでは」

「いえ、もう歩けますし大丈夫です」

額に巻かれた包帯を指先で撫でながらそう言う。
里佳子さんの腹の傷もまだ完治はしておらず、少し身を屈めながら私の方を心配そうに見つめていた。

傷はあらゆるところにあるものの、骨が折れることや入院が必要なほどの怪我ではなかった私は、2日ほど鎌苅家で療養をし、無事伊澄家に帰れることになった。

「では、俺たちはこれで」

緋瑠人さんは軽く頭を下げた後、「行こう」と笑いかけて手を絡めとる。
志乃子さんのことがあった日、一刻も早くこの家を出て私と一緒に帰りたいと嘆いていた緋瑠人さんにとって念願のこの日。
丁寧な挨拶もほとんどなく、歩き始めようとする緋瑠人さんを

「おい」

と、引き止める声。
振り返ると、目の下にくまができてしまっている満さんがいた。先ほどから何か言おうとしては口を閉じて下を向いていた様子だったのを知っている。

「なにか」

緋瑠人さんが若干の冷たさを帯びた声でそう言うと、満さんが私たちの前で頭を下げた。

「巻き込んですまなかった」

喉から搾り出した詰まるような、今にも泣き出しそうな謝罪。志乃子さんが消えていったあの瞬間、満さんはすべてを理解し、涙を流していた。きっと、潜んでいた家族への愛が表面に現れた瞬間だったのだろう。
しかし、もう志乃子さんがそれを感じることはできない。

「家族を、志乃子を守れなかったこと、悔やんでいる」

「満さん…」

「亡骸も何も残っていないが、ちゃんと供養はする」

ゆっくりと顔を上げた満さんが目頭を抑えてそう言った。そしてその横で里佳子さんが申し訳なさそうな表情で口を開いた。

「失礼も重々承知なのですが、志乃子があやかしと契約を結び、このようなことになってしまったこと、鎌苅家として外部にもらすわけにはいかず…」

「言いませんよ、大丈夫です、家の厄介ごとに関しては俺も嫌な思いをたくさんしてきたので」

緋瑠人さんのそんな言葉。
繋がれていた手に力が入った。
緋瑠人さんは「では、これで」と歩き始めた。
しばらく歩いて後ろを振り返ると、里佳子さんと満さんが深々と頭を下げている。

「…消えたあやかしはどこにいくんでしょう」

ふと、そんな言葉が自分の口からもれる。
緋瑠人さんは「どうして?」と私の方を見た。
あやかしを狩ればその存在は残らない、たとえあやかしの元が人間であっても。
魂の行き先を私は知らない。
志乃子さんが願った家族の愛、手にしたかったものへの欲望、そんな感情たちはどこにいってしまうんだろう。

「…救うだなんて、そんなことを言って私がしたことは…っ」

緋瑠人さんの顔が近づいた。
重ねられた唇。
何が起きたかを理解する前に、ゆっくりと緋瑠人さんの顔が離れる。
緋瑠人さんは、小さく笑った。

「和香さんはすべてを守るために戦ってくれたんだ。君が、必死に掴んだ選択を後悔してほしくない。

でも、そうやって咎を背負うっていうなら、夫である俺も君の倍背負うよ」

「…緋瑠人さん」

「和香さんは、和香さんの信念で進んで」


繋がれた手は、いつも以上にあたたかくて私は「はい」と返事をしてそっと緋瑠人さんに身を寄せた。