臆病な旦那様をあやかしから守ります


走って声のした方に進む。すると、満さんが腕を押さえて倒れ込んでおり、怯えたように見上げるその視線の先、

「あやかし!」

腰にさしていた鬼怪刀を抜く。あやかしの大きさは2メートルほどにもなり、顔も体も虎のような姿ではあるが、2本の足で立ち、右腕の先には一本の大きな太い爪が生えている。
その先には血がついていた。おそらく、里佳子さん、そして満さんの腕を傷つけた跡である。

大きな口が開いて威嚇するようなうめき声が上がる。
満さんの前に立った。おそらく狙いは満さんであることは明白だった。
後ろで「やっぱり来るんじゃなかった」と震えるような緋瑠人さんの声。まだ失神していないだけましだ。

「緋瑠人さん!満さんを連れて逃げてください!」

「む、無理だよ、こんな大きいの和香さん1人でなんて!」

「いいから早く!」

少し泣き出しそうな「うう」と言う声を発して、「行きますよ!満さん!」と緋瑠人さんが満さんの腕を引っ張る。
しかし、満さんは立ち上がったものの、緋瑠人さんの腕を振り払い下に転がっている自分の刀を拾い上げて「おい!」と声を荒げた。

「てめえ、志乃子だろ!!こんなことして鎌苅家の顔に泥を塗るとは!どうなるか分かってんのか!」

地下に響いたそれに、あやかしの黒い瞳が赤く光る。
まだ、自我があるのだろうかとあやかしを見つめる。私も魂を生贄にあやかしと契約を結んだものと対峙するのは初めてだった。
あやかしとなってしまった志乃子さんは、迫り来る支配からなんとか抜け出すように歯を食いしばりながら低く声を放つ。

「この家は、ずっと前から終わっている、私が、終止符をうつ、鎌苅の家なんて、大嫌い、大嫌い、この遺産、すべて、わたしが貰う」

「バカ言うな!!お前のものじゃない!!」

ただの刀で満さんがあやかしに斬りかかるのと、あやかしが振り上げた右腕は同時。
だが、満さんはこの一撃を食らってしまうとただでは済まないのは明白だった。
瞬時に満さんの前に回り込み、大きな爪を刀で食い止める。

「和香さん!」

後ろで緋瑠人さんの悲痛な声が聞こえる。

「…満さん、志乃子さんに声が届いていることが分かった以上、変な挑発はおそらく憎しみを倍増させてあやかしの力になります、少し黙っていて下さい」

「なにを!」

重みで刀が軋む。足を踏ん張るがずるずると後ろに身が下がっていく。

「こいつは、遺産を手に入れるためにあやかしと手を結んだのか!」

「そうしないと、あなた達に勝てないと思ったのでしょう」

あやかしの唸るような声が響く。耳をつんざくような悲鳴のような声。
元は人間だったあやかし、それでもあやかしはあやかしだ。志乃子さんは、もう後戻りはできない。
その叫びは、後悔か、あやかしに蝕まれていく恐怖か。

刀の刃を爪にめり込ませて横に弾く。切断はできなかったものの、重みからは解放された。
少しよろめいたあやかしの隙をつくように上から下へ、右腕を腕を切りつける。

痛さに倒れ込んだあやかし。そして私は満さんの方を振り向く。

「…あやかしに取り込まれた志乃子さんは、もう元には戻れないし、狩ればその身ごと消え失せます

家族の亡骸さえあなたたちは見ることはできませんが、それでもまだ遺産などとくだらないことをおっしゃいますか」

「っ、」

悔しそうに唇を噛み締めた満さん。手に持っていた刀が力なく下に落ちていく。

「…小さい頃、志乃子さん言ってた、私はお姉様やお兄様ほど出来は良くない、腹違いで生まれて、家を支えるほどの才もない」

緋瑠人さんの落ち着いたような低い声。
それに被せるようにあやかしに変わってしまった志乃子さんの泣き出しそうなうめき声が聞こえる。

「だけど、いつか、家族の一員として役に立ちたいって」

緋瑠人さんがゆっくりと立ち上がっていくあやかしを目で追う。そしてその表情が恐怖に染まっていく。
あやかしの俯いていた顔が上がった。大きな口からは涎が滴り、瞳が真っ赤に染まっている、おそらく

「完全に取り込まれた…」

緋瑠人さんの言葉と同時に、あやかしが満さんに今までとは比べ物にならない速さで襲いかかった。
瞬時に満さんを守るように鬼怪刀を構えたが、先ほどよりも速さと重みが桁違いで、そのまま壁に叩きつけられる。

全身に痛みが走った。私が気を失っては、全てが終わる。と、頭を軽く横に振りなんとか立ち上がった。
視界を見渡すと、満さんは何が起きたか分かっていないような顔をして地面に尻餅をついている。
よかった、ちゃんと盾になれた。

地面に落ちた鬼怪刀を拾い上げた同時に、容赦なく横から刀より凶暴な腕が襲いかかった。おそらく先に私を殺した方が早いと察しがついたのだろう。好都合。

「和香さん!逃げて!」

緋瑠人さんの声が聞こえる。
私は全身に力を込めて、地面を蹴った。
鬼怪刀を振り上げて、そのままあやかしの心臓を狙う。

しかし、もう反対の手で体ごと弾き飛ばされ地面に転がった。速さについていけない、強さも倍になっている。
体を起き上がらせて、足を地面につく。ゆっくりと立ち上がった。

「これが、人間の魂と引き換えに契約を交わしたあやかし、ね」

命を代償に、こんな強さが手に入る。
でも、本当に、本当にそれで志乃子さんは救われたんだろうか。

「本当に、それでよかったの、志乃子さん」

もう、声は届いていないのか私の声は大きなうめき声にかき消える。頭から数滴赤い滴が落ちて地面に模様を作った。

「和香さん、もうやめよう、逃げよう、勝てないって」

駆け寄ってきた緋瑠人さんが私の体を支えながらそう言う。

「…ここで仕留められなかったら私諸共、ここにいる皆志乃子さんに殺されます」

「和香さんっ」

「緋瑠人さん、今、1番救わないといけない人は、今目の前にいる志乃子さんです

私が狩らないと、志乃子さんは一生苦しみ続けます」

私の腕を掴む緋瑠人の手にそっと手を重ねる。
大丈夫、私はそう簡単には逃げない。
あなたからも、あやかしからも。
拾い上げた鬼怪刀。

しかし、再び襲いかかってきたあやかしはそれを狙っていたのか大きな爪を振りかぶり鬼怪刀の刃にぶつけた。

「え…」

力が加わろうが、そう簡単に折れない刃が砕かれる。
地面に落ちたそれを視界に入れた瞬間、息が上がっていく、体が重くなり、頭がまわらなくなる。だけど、どうにかしないと、守らないと、

折れた刃先を手に掴み、体を反転させて飛び上がりそのまま後ろにあやかしの後ろに回り込んだ。
全身の力を込めてその刃を首に突き刺す。

苦しさでうめき声を上げながら倒れ込んだものの、核には届かなかったのか存在は残っている。

再度回り込み、畳み掛けるように右の首筋に蹴りを入れる。
その間にこの状況をどうするべきか必死に考える。
鬼怪刀が使えない、じゃあ、どうやって狩る。

と、

「和香さん!これ!」

次なる一撃を浴びせる直前、緋瑠人さんから投げ込まれたのは先ほど満さんが持っていた刀である。
刀の柄を掴み、緋瑠人さんをみた。これではあやかしは当然狩れない。

「いいから!心臓に!!」

深く考えるようもなく、地面を蹴り出しあやかしの心臓に突き刺そうとした直前、緋瑠人さんの方から投げられたそれを視界に入れる。

チリン、と鈴の音が鳴った。

ーーー「これは?」

ーーー「お守りです」

ーーー「お守り…」

ーーー「使わなくなった鬼怪刀の刃を削って、中に入れております。私がいなくても魔除け代わりにはなると思いますが効力はどこまであるか…」



「ぶっ刺せ!!」

緋瑠人さんの声。
両手で柄を掴んだままお守りを刃のさきに刺し、そのままあやかしの心臓に突き刺した。
めり込んだ心臓からどろりと赤黒いものが吹き出し、あやかしの身が崩れていく。

顔が消えていく最中のことであった。

「ありがとう…」

微かに口がそう動く。その声は紛れもなく志乃子さんの声だった。