ーーーーーー
誰かの悲鳴で起きたのは初めてのことであった。
咄嗟に枕元に置いていた鬼怪刀を手に取り起き上がる。
私の次に、隣の布団から出てきた緋瑠人さんが寝ぼけ眼で「なにごと?」と呟く。
「先ほどの悲鳴、満さんの声でしたよね」
「うん…」
日が昇る少し前の時間。外は少し薄暗い。
なんだか、嫌な予感がした。
「私、様子を見てきます」
「俺も行くよ」
「大丈夫ですか?もしかしたら…」
『あやかし』
昨日緋瑠人さんに言った言葉を思い出す。「言霊」を少し恐れて続く言葉を飲み込めば、緋瑠人さんは少し不安そうに眉を八の字に曲げて「和香さん1人では行かせられないから行くよ」と言葉とは裏腹なか弱い声を出してよろめきながら立ち上がる。
2人で部屋を出て、長い廊下を歩いた先。
少し空いた扉の隙間から満さんの焦ったような声が聞こえた。
「姉さんっ!」
昨日の余裕さは嘘のような切羽詰まったような声に私はすぐに扉を開けて中に入る。
そこにいたのは倒れている里佳子さん。そして、里佳子さんの体を揺らしている満さんの姿。
倒れている里佳子さんのお腹には斜めに引っ掻かれたような一本の赤い線。そこから血が滲んでいた。
「里佳子さん!」
里佳子さんに駆け寄り、自分の服の袖を破って里佳子さんの腹に押し当てる。
そして、顔が青白くなっている満さんを見る。今は、立場や嫁としての気品などを考えている余裕はない。
「医者を呼んでください!あと止血できるものを、早く!」
満さんは「わ、分かった!」と躓きながらも走って使用人に指示を出す。
緋瑠人さんが私の横に座り、里佳子さんの鼻に手を添えた。
「大丈夫、息はしている」
「はい」
血を止めながら私はその部屋を見渡した。
書斎のようなところではあったが廊下の死角にあり、隠されているように存在していたように思うその部屋。
ふと、不自然に傾いている本棚が目に入る。
「緋瑠人さん、あれ…」
私の視線の先に緋瑠人さんも顔向けた。私が身動きが取れないことを察して緋瑠人さんはごくりと唾を飲み込みおそるおそる本棚の方に近づく。
そして傾いている隙間が大きい方に顔を覗かせて、「え」と声をもらした。
「和香さん」
「はい」
「階段がある、どうやら地下部屋があるみたいだ」
戸惑いを帯びた声。まさか、と倒れている里佳子さんを見つめる。見つけたのだろうか、父親が残したものを。
「止血するものを持ってきたぞ!医者がもうすぐ来る!」
使用人を引き連れて戻ってきた満さんがそう言って私の方に駆け寄る。
使用人の方が私の横に座った。
「変わります!」
頷き、ゆっくりと手を離す。手が赤く染まっていた。
ぎゅっと握りしめて私は顔を上げる。
嫌な予感、当たらないといいのだけれど。
「満さん」
「なんだ!」
「地下の存在、知っていましたか」
「地下?何の話だ!そんなことより、姉さんが」
「おそらく、里佳子さんは孝之助さんが残したものを見つけたんだと思います」
満さんの瞳の色が幾分か変わった。そして本棚の方へと瞳を向ける。
近くにいる使用人に白いタオルの束を押し付けて立ち上がった満さん。そして、ゆっくりと歩き始めた。
机の横棚に飾られていた刀を握りしめて鞘を抜いた。
銀色に光るそれは、おそらく父親の孝之助さんのものであり手入れもされているものであった。
鞘を地面に投げ、剥き出しになった刀を手に持ったまま本棚の裏にある入り口に向かう。
「どけ」
そこにいた緋瑠人さんを押し退けて突き進もうとする満さんを私は慌てて追いかけた。
相手があやかしなら普通の刀じゃ狩ることはできない。
緋瑠人さんと顔を見合わせ小さく頷く。そして満さんの後に続いた。
暗い階段をゆっくりと降りていく。
少し後ろを歩く緋瑠人さんが小さな声で「あのさ」と声をもらした。
「ひとつ気になっていたことがあって」
「気になってたこと?」
「うん、えっと、志乃子さんのことなんだけど…」
緋瑠人さんがふうっと自身を落ち着けるように息をはいた。
「俺たちに怪訝な顔を向けて近づかなかったのって、もしかしたら」
「これ」と緋瑠人さんがチリンと音を立てる。ああ、なるほど、そういうことか。緋瑠人さんにあげたお守りのせいであるとしたら、
「志乃子さん、あやかしと契約を結んでいるんじゃないかな」
「おい、だとしたらなんであやかし狩りの一族がそれに気づかないんだ」
私たちの会話を聞いていた先頭を歩く満さんの怒りを含んだ声が響く。
「魂で契約をしている場合は、完全に取り込まれていることが多いので気づきにくいです」
「そうか…」
満さんの刀の先が地面にあたり、擦れるような音がする。階段を降りた先には薄暗い空間が広がっており、近くには1つのボタンがみえる。
満さんは迷うことなくそれを押した。
すると、その場に灯りがついた。目に映った光景に目を開く。
「これは」
満さんの期待や欲望を秘めたような声がそこに響いた。迫り来る何かと戦う気力がなくなったのか手に持っていた刀が地面に落ちた。
そして目先の欲望に駆け寄っていく。
そこに広がっていたのは、昔から残る絵画や金、宝石など。孝之助さんが残していたもの。
里佳子さんや満さんが探していたものである。
「…我々が渡した文書の中にこの場所が記されていたという事でしょうか」
「おそらく」
緋瑠人さんが私の問いに頷く。それってよかったことなのだろうか。
だって、と、部屋の奥の方まで走って行ってしまった満さんを見つめる。
何者かに傷つけられた姉よりも、遺産にしか興味がなくなってしまった人間。
それに、
「志乃子さんはどこに」
その言葉と同時だった、満さんの短い悲鳴と低いうめき声が聞こえた。


