臆病な旦那様をあやかしから守ります



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部屋に入って早々、横に長いテーブルの中央付近へと緋瑠人さんと並んで座るように促される。
正面には、少し白髪の目立つ女性と隣には右目に眼帯をつけた男性が座っていた。

「長女の里佳子です、こちらが弟の満 
今日は遥々御足労かけました」

背筋が伸びるようなしっとりとした挨拶に私はごくりと唾を飲み込んだ。伊澄家当主の嫁として、恥じないように恥じないように。

「伊澄家当主の伊澄 緋瑠人です、こちらが嫁の和香ですどうぞよろしくお願いします」

緋瑠人さんの落ち着いた声がそこに響く。しばらくの沈黙の後口火を切ったのは満さんであった。

「臆病者だときいていたが、存外違うのだな
それとも嫁をもらって変わったのか?」

「いえ、こわいものはこわいですよ、あやかし嫌いなのにあやかしを寄せ付けやすいですし、なにより『当主』という自分の役目に怖気付いてます」

肩を上げて嘲笑の表情をした緋瑠人さん。その態度が気に食わなかったのか満さんは眉間に皺を寄せた。
そしてその鋭い瞳が私に向く。

「きいたぞ、あやかしから身を守るために嫁をもらったと、さすが臆病者は世間体など気にしないのだな」

「何も知らない人たちがとやかく言っている事に関しては心底どうでもいいです」

この屋敷に入ってきてから一度見せた冷たい瞳。この雰囲気は大丈夫なのだろうか。と、少し助けを求めるように満さんの隣に座っている里佳子さんに瞳を向けると里佳子さんは小さなため息をついた。

「満、やめなさい。今回伊澄家には手を貸していただくのですからあまり大口を叩くものではありません、失礼ですよ」

真っ直ぐとしたその声に満さんは舌打ちをこぼしながらも諦めたように背もたれに背を預けた。
里佳子さんの瞳が再び私に向く。

「和香さん」

「は、はい」

「あなたのそれ、人間にたいして使うことはありますか」

里佳子さんの視線の先には隠すように下に置いていた鬼怪刀であった。私は「いいえ」と即座に言葉を返して頭を下げた。

「物騒なものを持ち込んでしまい申し訳ありません。これは鬼怪刀といいまして、あやかしを狩るためのもののみに使用します」

「そうですか、では」

里佳子さんはゆっくりと冷ややかな瞳で隣を見た。

「鎌苅家の誰かが、あやかしと契約を結んでいたとしたら容赦なく狩っていただいてかまいませんので」

冷酷さを帯びた声が向けられた先である満さんは眼帯をしている目を押さえて込み上げてくる怒りをそのままに荒々しい口調で対抗する。

「いつまで俺を疑っているんだ、俺は親父を殺してなどいないし、あやかしと契約など結んでいないっ」

「ならばその目はどう説明をつけるのですか」

「だから、酔っ払って木の枝にぶつかっただけだと言っているだろう!」

不意に吐き出されたみっともない理由に緋瑠人さんは不覚にも吹き出してしまった。
満さんのターゲットが緋瑠人さんにうつる。

「てめえ、何笑ってやがる、あやかし恐怖症の腑抜け男めが!さっさと親父との文書を全部こっちによこせ!」

緋瑠人さんが自分の方に寄せて置いている書類の束に手を伸ばした満さん。
緋瑠人さんは軽く腰を上げてその書類を里佳子さんと満さんの方へと滑らせてそのまま立ち上がる。

「伊澄家にあったものはこれがすべてです。よかったら差し上げますよ、残していても使わないものですから」

冷めた口調でそう言って緋瑠人さんは私の方を見た。役目から解放されたような笑みで「帰ろう、和香さん」と。
小さく頷いて私も立ちあがろうとすれば、里佳子さんから「待って」と声が入る。

「伊澄家のものをいただくわけにはいきません。お調べしてすぐお返しします」

「では、また取りに伺いますので今日のところはこれで」

「いえ、明日の朝までには終わらせますので、良かったら本日は鎌苅の家に泊まっていってくださいませ」

里佳子さんの提案に緋瑠人さんの顔が引き攣った。
そもそも行きたくないとギリギリまでごねていた人だ、泊まるなんてもってのほかだったのだろう。
緋瑠人さんが助けを求めるようにこちらに顔を向けた。

「お話は大変嬉しいのですが、あいにく泊まる準備はしてきておりませんので」

なるべく嫌味のない言い方を心がけながら私がそう言うとすでに文書を読み漁り始めた満さんがこちらに目を向けないまま

「使用人に準備させるから問題ない」

と当然のように言う。さて、完全に逃げられなくなってしまった。
緋瑠人さんと顔を見合わせ、お互いが諦めたように頷いた。

「デハ、オコトバニアマエテ」

緋瑠人さんの辿々しく、感情のこもっていない言葉。
そんな声は2人にはすでに届いておらず彼らはただ自分の欲望をぶつけるように揚々と文書を漁り始めた。