白城の医療事務所は、島国の霧が窓を覆う深夜、緊迫した空気に包まれていた。志賀は診察室の机に座り、白い髪を払い、白い瞳でカルテを睨む。屈強な体躯の軍医として、白城の命を守る彼のもとに、西国から人間の救急隊が患者を運び込んだ。患者の名はミササギ——クラインレヴィンシンドロームを患う人間の男。霧深い白城の医療施設に、救急隊の足音が響く。
志賀はカルテに記す。手は確かだが、瞳に重い予感が宿る。

症例番号：WC-0267 
患者名：ミササギ

性別：男性 / 職業：飲食業（西国出身）

主訴：過度嗜眠、過食、性的衝動亢進、認知障害
既往歴：特記事項なし。西国で発症後、白城へ搬送。
診断名：クラインレヴィンシンドローム（Kleine-Levin Syndrome）
•周期性過度嗜眠症。過食・性的衝動亢進を伴う心身疾患。
発症経過：患者は1ヶ月前より周期的過嗜眠発作。発作時、1日18〜20時間睡眠、覚醒時に過食（1日5000kcal超）、性的衝動亢進、認知混乱（現実感喪失）。患者自陳「霧の中にいるようだ」との記述。搬送時、発作間欠期だが、衰弱顕著。神経検査で前頭葉機能低下確認。
進行の特徴：発作頻度増、間欠期短縮。精神的・身体的疲弊進行。
治療経過：リチウム・抗精神病薬投与試行も効果限定的。支持療法（栄養管理・環境調整）施行。発作長期化で昏睡状態に移行。予後不良。
予後：進行性衰弱による多臓器不全。霧の如く、意識が溶ける。
所見：本症は心身の過剰が命を削る。白城の霧は、患者の現実感をさらに曖昧化。追跡調査要。
担当医：志賀

志賀は奥室のベッドへ向かう。ミササギは白いシーツに沈み、顔は青白く、白城の霧に溶け込むようだ。呼吸は浅く、過食の痕跡が腹部に残る。志賀は脈を測り、観察する。
「ミササギ、聞こえるか。目を覚ませ」
だが、患者の白い瞳は閉じたまま。発作の嗜眠が彼を霧の奥に閉じ込める。志賀は栄養点滴を調整し、カルテに衰弱の進行を記録。
霧の夜、ミササギの呼吸が止まった。過嗜眠の果て、多臓器不全が命を奪う。志賀はシーツを整え、カルテに「死去」と記す。白城の医療事務所に、また一つの霧が刻まれた。