常に人に囲まれていると、ちょっとだけしんどくなるときがある。去年トイレに行くと嘘をついて校内をぶらぶらしているときに見つけた、部室棟が見える西側校舎の非常階段。西側校舎には音楽室や書道室しかないから、滅多に人は来ない。お昼休みなら、尚更そう。
 
 今まで誰にもバラしたことのなかった、俺だけの秘密の場所。大和くんになら教えてもいいと思っている自分がいる。こんな俺にいつも変わらず、まっすぐにぶつかってきてくれるんだ。この子になら、特別をあげてもいいかなって。

 「誰にも内緒だよ」
 「はいっ!」
 「ふふ、おいで」

 まるで「散歩に行くよ」と言われたときのわんちゃんみたい。彼に尻尾なんてついていないのに、ぶんぶんと勢いよく振られている姿が目に見える。

 スキップでもするのかっていうほど軽い足取りで後ろをついてくる大和くん。何かがあるわけでもない、むしろ何もない場所だと知ったらがっかりするだろうか。少し錆び付いた扉を開けて、非常階段を上っていく。二階と三階の間、そこがいつもの場所。

 「先輩、いつもこんなところにいたんですね」
 「え?」
 「たまに教室に会いに行ってもいなかったから、トイレかなぁって思ってたんですけど」
 「何それ、知らなかった」
 「えー、山野井先輩に伝言頼んでたのに」

 伝わってると思ってたのに……、ひどい。
 ぶつぶつとぼやく大和くんは、不満を閉じ込めるようにカレーパンをひと口齧る。

 「山野井には俺から言っておくよ。悪気があったわけじゃなくて、多分忘れてただけだから。ごめんね、許してあげて」
 「……遥先輩がそこまで言うなら」
 「大和くん、偉いね」
 「ちょ、年下扱いしないでください」
 「……ごめん」
 「いや、撫でるのは続けてもらって構わないです」

 思わず伸びた手を引っ込めようとすれば、逃がさないですよと言いたげな瞳に見据えられて指先を捕まえられる。さっきまでは自然に頭を撫でていたのに、いざ身構えられると指先に力が入ってしまう。それでも言われた通りにしてしまうのは、彼の目力のせいか。ぎこちない手つきなのに、大人しく撫でられている大和くんは満足気。

 「はい、終わり」
 「残念。撫でたくなったらいつでもどうぞ」
 「ハイハイ、早くお昼食べるよ」
 「ちぇっ、本気なのに」

 これ以上、彼のペースに飲み込まれてはいけない。あざとい彼の上目遣いを無視して平然を装ってはみるものの、心臓がバクバクとうるさくて、どうか隣まで届いていませんようにと願うことしかできなかった。