「遥先輩のおかげで助かりました。今日は体育が終わったのが遅くて出遅れたので……」
 「四限が体育だとパンコーナーは厳しいね」
 「そうなんです、体操服のまま行ってやろうかと思ったんですけど、教室に財布を忘れてきちゃって……。あ、お金払います。いくらでした?」
 「ああ、これぐらいいいよ。気にしないで」
 「そんな、譲ってもらったのにお金まで払ってもらうのはさすがにだめです。申し訳ないのでお金ぐらい出させてください」
 「いいから。先輩にかっこつけさせてよ、ね?」
 「…………」

 表情は言葉よりも雄弁だ。むすっとした顔のど真ん中に「いやです」と書いて見つめてくるものだから、思わず笑ってしまう。君は本当に素直だね。このまま納得させなかったら、いつかすごい恩返しと銘打った仕返しが返ってきそう。

 「わかった、じゃあついてきて」

 わざわざ上がってきた階段をまた一階まで下りる。大和くんはどこに行くのだろうと頭上に?を浮かべたまま、忠犬のごとくついてくる。

 たどり着いたのは、西側校舎にある目立たない自販機。ほとんどが生徒会館にある自販機を使うから、あまり知られていない。

 「こんなところに自販機置いてたんですね」
 「存在感ないでしょ、結構穴場だよ」
 「よく見つけましたね」
 「息抜きしてる場所からたまたま見えてね」
 「息抜き……?」
 「あ、いや、それより大和くん、スポドリ奢ってくれる? それでチャラにしよう」
 「金額合わないんですけど……」
 「俺がそうしてほしいって言ってるんだけど、だめ?」
 「う、ずるいですよ、それ」

 お互いに強情なバトルを制したのは、俺。ガコンと音を立てて落ちてきた冷たいスポドリを手渡されて、「ありがとう」と言うと、大和くんはなんとも表現のしづらい複雑そうな顔をしていた。

 「お礼を言うのはこっちの方なんですけど」
 「大和くんも頑固だね。もう気にしなくていいから。ほら、早く帰らないと食べる時間なくなるよ」
 「……遥先輩は?」
 「え?」
 「先輩はどこで食べるんですか?」
 「えっ、と……」

 すぐに教室に戻ると嘯けばよかったのに。言葉を濁そうとしたのが悪かった。

 「俺と一緒に食べるのは嫌ですか?」
 「いや、ではないけど……」
 「じゃあ一緒に食べましょう」
 「うん……」

 いつか一緒にお昼食べたいと思ってたんですよね、とウキウキしている彼に「嫌だ」なんて言えるわけがない。まるで、ギラギラと照りつける真夏の太陽だ。まっすぐで、あまりにも眩しい。

 「んー、どこがいいかな。さっき言ってた『息抜きの場所』は、先輩だけの秘密?」
 「……知りたい?」
 「もちろん! 先輩のことなら何でも知りたいです!」
 「ふふ、ほんと大和くんって変な子だね」

 俺がそう笑うと、大和くんは「えーっ」と不服そうな声をあげた。