「憧れている」と言われることは、今までにもよくあった。例えば、同じ大会に出た隣のレーンを走っていた選手から。例えば、合同で体育の授業を受けている違うクラスの生徒から。

 最初は嬉しかったその言葉も、ただのお世辞なんじゃないかって捻くれた受け取り方をするようになってしまって、いつの間に俺はこんなに荒んでしまったのだろうと自分を恥じた。

 いつしか、他人から褒められるのが苦手になった。羨望の眼差しも、好意を溶かした言葉も、こんな俺に向けてどうしようっていうのだろう。それでも決して無碍にすることはできなくて、ただ愛想笑いだけがうまくなっていく。

 人の興味は移ろいやすい。きっと大和くんだって、そう。たまたま俺の走る姿が目に入っただけで、この学校にはもっとすごい人がいくらでもいる。憧れの対象からすぐに外れるだろう。そう、思っていたのに……。

 「遥せんぱーい!」
 「あ、」

 五限目の体育が始まる前、グラウンドで山野井と喋っていたら、校舎三階から降ってきた大声。見上げれば、ブンブンと手を振って俺を呼ぶ姿が視界に入る。まるで飼い主を見つけた大型犬。グラウンドにいるほとんど全員から注目を浴びているというのに、本人は何も気にしていなさそう。

 どうやら俺は、鳴海大和という男の本質をすっかり見誤っていたらしい。

 「あいつ、また……」
 「ふふ、苦労してるね、先輩」
 「はぁ……」

 隣で頭を抱えた山野井がため息を吐き出す。後輩に苦労している姿に同情を覚えながらも、大和くんに振り回されているのは同じかと笑ってしまう。

 「遥先輩!」
 「ああ、もう、なんか反応返してやって。このままじゃ、ずっと窓の外眺めてるわ」

 確かに、俺のせいで成績を落とされたらたまったもんじゃない。控えめに手を振り返すと、わあっと歓声が上がる。そんなに注目されていたのかと恥ずかしくなってすぐにやめれば、そんな俺を変わらず見つめていた大和くんと目が合った。

 (あ、)
 真剣な瞳に射抜かれて、つい固まってしまう。ドキッと心臓が跳ねたのは、なぜ?

 目を逸らしたら負けな気がするのに、これ以上見つめていたら彼に飲み込まれてしまいそう。その感覚が怖くなって、俺から先に視線を落とした。

 「風間?」
 「え、なに?」
 「先生来たから集合だって」
 「あ、ああ、行こう」

 大和くんの瞳が脳内にこびりついて離れない。未だにうるさい心臓をどうにかしようと深く息を吐き出したところで、山野井に声をかけられる。

 だめだ、しっかりしないと。
 俺は「そういう人」でいないといけないのだから。