「えっと……?」
「俺、入部希望です!」
「え……?」
困惑のままに声をかければ、一歩踏み出した彼が突然そんなことを言い出した。え、この見た目でサッカー部じゃないことある? 高校からは陸上やるって決めてたのかな。遠巻きに見ていた部員たちもこの状況に困惑して、ざわめきが広がっていく。止まらない疑問にぱちぱちと瞬きしていれば、彼は勢いよくガバッと頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
「ちょっと待て!」
この騒ぎを聞きつけたのか、どこからか同じクラスのサッカー部・山野井が飛んできた。ぺしっと入部希望者(仮)の肩を叩くと、俺たちに向かって「悪いな」と謝罪の言葉を口にする。
「お前はふらふらどこ行ってんだ」
「…………」
「その子……」
「ああ、こいつ、サッカーの推薦で入学してきたんだよ」
「山野井先輩、痛いです」
腕を掴んでいる山野井に不愉快だと言わんばかりの視線を送る新入生。まだ入学してひと月も経っていないというのに、先輩相手にこの態度。結構肝が据わった一年生らしい。
「戻るぞ、鳴海」
「俺、あなたの後輩になりたいです」
「おい、無視すんな、新人!」
サッカーコートに戻ろうとする山野井を無視して、まっすぐに言葉をぶつけてくる姿にぽかんと口が開いた。いつの間にか雲に隠れていた太陽が姿を現している。俺の返事を待つ瞳が陽の光を反射してきらりと輝いた。
「ちょ、風間、お前も断ってくれ」
だんだん山野井もかわいそうになってきたし、きっとこの子は陸上部には入部しない。早速後輩に振り回されている山野井に同情しながら、ふと笑みが溢れた。
「君、名前は?」
「鳴海大和です」
「大和くん」
「っ、はい!」
「サッカーは好きじゃない?」
「……好きです」
「じゃあ、わかるよね?」
「…………」
スポーツ推薦で入学したのなら、その部活に入らないといけない。サッカーが上手いということはきっと足も速いのだろうけれど、筋を通さないのは違うだろう。それをわかっているからか、俺の質問を聞いた大和くんはきゅと唇を噛んで、気まずそうに黙り込んだ。
「まぁ、兼部できないことはないと思うけどね」
「っ、」
俯いていた顔を上げて、僅かに期待を滲ませる。
けれど――……。
「俺、中途半端は嫌いだな」
「……っ」
はっきりとそう言い切れば、目を見開いた彼が息を飲んだ。強く言い過ぎたか、とその様子を見て少し反省するけれど、すぐにきっと俺を睨むように見つめる大和くんには心配なかったらしい。
「俺、サッカー部で頑張ります」
「うん、その方がいいと思う」
「だから、先輩の名前教えてください」
え、と思わず面食らう。てっきり、俺のことを知っていて声をかけてきたかのかと。どうやら違っていたらしい。
自意識過剰で恥ずかしい。だけど俺の名前も知らないくせに、俺だけを見つめていたのか。そんな大和くんがおかしくて、一拍置いてつい声をあげて笑ってしまう。
「風間遥、陸上部でハードルをやってるんだ」
「遥先輩」
あまりに大事そうに俺の名前を復唱するものだから、かわいい後輩に思えて表情がゆるむ。



