「風間くん、頑張ってー!」


 すると、数人の女子たちの俺を呼ぶ声が校舎の方から聞こえてきた。またか……。うんざりした気持ちをぐっと堪えて顔には出さないようにしながら、愛想笑いを浮かべてぺこりと会釈すれば彼女たちはキャーキャー言いながら去っていく。


 「はぁ……」
 「お前も大変だな、風間。アイツらにやめるよう言っておこうか?」
 「部長……」


 最近よくあることだ。耐えきれずに吐き出したため息を聞かれていたらしい。仲間たちからの同情するような視線が痛い。


 「全国大会なんていってたら、そりゃあ注目浴びるよなぁ」
 「目立つところに横断幕も張り出されてるしね」
 「俺たち陸部だけじゃなく、学校全体のスターだからな」
 「モテるってのも考えものね」
 「すみません、先輩たちも集中力切れますよね」
 「風間が悪いわけじゃないんだから謝らないで」


 俺個人の問題ならまだよかった。だけど、こうして部全体に迷惑をかけているなら話は別だ。意心地悪く謝る俺に、先輩たちは優しく首を振る。その優しさが更にいたたまれない気持ちを増やしていく。

 注目を浴びたくて頑張ってきたわけじゃない。やるからには一番になりたくて、やっとのことで掴んだ全国大会という切符。日本で一番速い男にはなれなかったけれど、次こそは表彰台を狙いたい。そう思って毎日練習に励んでいるけれど、努力が実を結んだ結果がこれだ。

 練習前ならまだいい。ひどいときはスタート前や走っているときに騒がれるから、いくら集中しようとしていたって気が散るときもある。

 きっと、みんなミーハーなだけ。全国大会出場なんて肩書きが物珍しくて、構っているだけ。あと数ヶ月もすれば、俺の注目も落ち着くだろう。そう思って、何ヶ月経っただろう。


 「遥はハードルが好きなだけなのになぁ」


 すっと立ち上がってスタート位置に向かう俺の背後で、水野谷がぽつりと呟いた。

 白線の前、目を閉じてモヤモヤを全て吐き出すように長く息を吐く。嫌なことは全て忘れて、ただ目の前の障害をすべて飛び越えていけ。

 静かな風の音がした。目を開けば、もう俺にはゴールしか見えていない。一歩を踏み出して、すぐに風と一体になった俺は110メートルという距離を駆け抜けていく。この瞬間だけは何も考えなくていい。頭の中がクリアになって、筋肉がハードルを飛び越えるタイミングをちゃんと覚えているから。

 無心でゴールまで走りきった俺に続いて、隣のレーンを走り終えた水野谷が声をかけてくる。


 「やっぱりすげーわ、お前」
 「ん?」


 突然の賞賛に面食らっていると、背後から「あの」と声をかけられた。振り返れば、見るからにサッカー部の格好をした見慣れない男の子が俺を見つめている。新入生っぽいけれど、すらっとしていて俺より身長は高い。ひときわ強く風が吹いて、彼の黒髪がさらりと靡いた。


 「どうかした?」


 面倒見のいい水野谷が声をかけるけれど、彼の視線は俺に向いたまま。じっと見つめられると、何も悪いことはしていないのに不安になる。