ため息を吐き出していれば、グラウンドの方から盛り上がる声が聞こえてくる。全校生徒が集まってるんだ、あの中から大和くんを見つけ出すのは難しいかもしれない。いや、きっと彼のことだ、人だかりができているところに行けば輪の中心にいるだろう。

 「いいなぁ……」

 俺も貰えばよかったかな……。
 なんて、そんな今更な後悔に侵食されていく。こんな風に考えるぐらいなら、花を貰って大和くんの下駄箱に入れてさっさと帰ってしまえばよかったんだ。自分だと隠して思いをぶつけられたら、この感情も思い出にできたかもしれないのに。

 今頃、大和くんは告白されているのだと思うと、胸がぎゅっと苦しくなって泣きたくなった。いつもみたいに笑って、嬉しそうに受け取るんだろうなぁ。そんな姿見たくないから、やっぱり後夜祭は出なくて正解だ。

 俺のような冗談半分の花束じゃなくて、一本一本に思いが込められた重たい花束が完成していくところをただ見ているなんて、耐えられそうにない。

 誰のものにもならないで。そんな台詞を言う資格なんてないくせに。女の子の不幸を願ってしまう俺は悪い奴だ。

 ――ピコン。
 と、ブレザーのポケットに入れたままになっていたスマホが鳴る。気が乗らないままに取り出せば、画面に映る文字に目を見開いた。

 『今どこですか』

 シンプルな問いかけは、大和くんからだった。
 気づかなかったふりをしてしまおうか。一瞬、そんな考えが浮かんだのに、無意識に指が動いてメッセージアプリを開いていた。

 『遥先輩』
 『教えてください』

 既読になったのを確認したのか、立て続けにメッセージが送られてくる。どれほどの間、大和くんの声を聞いていないだろう。あの笑顔を真正面から浴びていないだろう。

 すべては俺のせいなのに、とてつもなく大和くんに会いたくなって、震える指で『いつもの場所』と送った。すぐに既読になったのを確認して、スマホをしまう。そこまで馬鹿じゃないからわかる。大和くんはここに来る。俺に必要なのは、何でもないように振る舞う心づもりだけだった。気づかれるな、この恋心。絶対に隠し通せ。そう言い聞かせて、きっとここに向かっている大和くんをただ待っていた。

 しばらくしてバタバタという足音が聞こえてきて、俺の心臓もそれに比例するようにうるさくなっていく。そしてガチャッと勢いよくドアが開いて息を切らした大和くんが俺を見つけた瞬間、彼はその表情に安堵を滲ませた。

 「……った」
 「大和くん?」

 へなへなとその場にしゃがみこむ大和くんに慌てて駆け寄る。てっきり花束を抱えてくるものだと思っていたから、その手にぎゅっと握りしめられたひまわり一輪だけなのは予想外だった。

 だけど、すぐに「ああ、でも、そっか……」と納得する。だって大和くん、ひまわりにそっくりだもん。

 「それ」
 「…………」
 「大和くんは告白されてると思ってた。そのひまわりの子と付き合うことにしたの? おめでとう」

 きっと、付き合うことになった女の子の分しか花を受け取らなかったのだろう。誠実だなぁと、そういうところが好きだなぁと思うと胸が痛むのに、それを見せないように笑うしかない。祝福する気なんてちっともないくせに、嘘で塗り固められた言葉を告げるのが今の俺の精一杯だった。

 しかし大和くんは必死に仮面を被る俺をキッと睨んだかと思えば、そのまま抱き寄せられて腕の中にとらわれる。一瞬、何が起きたのかわからなくて反応が遅れた。必死に抵抗し始める俺を逃さないというように、腕の力は強まるばかり。

 「っ、大和くん、離して」
 「嫌です」
 「ひどいよ」

 彼女ができたのなら、そっちにいけばいいじゃないか。こんな俺にもう構わないで。優しい温もりをこれ以上教えないで。失恋して泣いているところなんて貴方に一番見せたくないのに、勝手に涙は滲んでくる。

 「どっちが……」
 「…………」
 「ひどいのは、遥先輩の方じゃないですか」
 「え……」

 震える声で吐き出された言葉。困惑の声を漏らせば、そっと体を離されて、大和くんが拗ねたように俺を見つめる。

 「何を勘違いしているのかわからないですけど、俺、彼女なんていませんから」
 「……うそ」
 「こんな嘘つきません」
 「だって、じゃあ、そのひまわりは……」

 強く握りすぎてしまったせいか、少し萎れたひまわり。自分が手に持っていたものの存在を忘れていたのか、「ああ」と思い出したように俺に差し出す。

 「遥先輩に渡そうと思って」
 「俺……?」

 どうして、俺に?
 だって、そんなの、ありえない。

 その言葉の真意がわからなくて、浮かんできた答えも信じられなくて、やっぱり「嘘だ」とただ首を横に振ることしかできない。

 「先輩、知ってます? 恋に落ちるのに必要な秒数って、たったの8.2秒あればいいんですって」
 「…………」
 「あの日先輩が走っているところを見てから、俺はずっと遥先輩だけを追いかけてきました。……一目惚れ、なんです。俺には遥先輩しか見えてないから、だから太陽みたいな先輩に渡すのはひまわりしかないと思って……」

 そこで言葉を区切った大和くんは、ぼろぼろと子どもみたいに涙を零す俺を見て愛おしそうにしながらも、困ったように眉を下げる。

 「泣かせるつもりはなかったんですけど、」
 「っ、ごめん」
 「謝らないでください。その涙の理由を聞いてもいいですか?」
 「大和くんはみんなの大和くんだから、少しずつ惹かれていく自分がいてもブレーキをかけて、バレないようにしなくちゃって思ってたから……」
 「だから、俺のこと避けてたんですね」
 「……ごめんね」
 「っ、そんな目で見つめるの、ずるいですよ。……ねぇ、先輩。俺、遥先輩が好きです。これ、受け取ってくれますか?」

 大和くんの手の震えが伝わって、目の前のひまわりがゆらゆらと揺れる。それにゆっくりと手を伸ばし、ガラスを扱うみたいに大切に受け取った。大和くんの思いがたくさん込められたひまわりはこの瞬間から俺の宝物。

 「大和くん」
 「はい」
 「俺も好き」
 「っ、遥先輩!」

 恥ずかしくって小さな声で告白すれば、感極まった大和くんが抱き着いてくる。そっか、もう、この優しい温もりを忘れようとしなくていいんだ。みんなの大和くんじゃなくて、俺だけの大和くんなんだ。

 「だいすき」
 「先輩っ、俺も大好き!」

 ひまわりのような、太陽の似合う後輩に恋をした。
 ひたむきに、熱烈に。
 どんなときだって、ただ貴方だけを見つめている。