みんなが思い描く理想の「風間遥」でいないと。
 何を言われたって笑顔を貼り付けて、隙なんて見せないようにして。それが俺の普通になっていたけれど、基準値を超えたらどうしたってキャパオーバーになってしまうときもある。

 ひと月に一度ぐらいのペースで、どうしようもなくネガティブになることがある。そんなときはとことんだめで、じわじわと自分の世界が影に侵食されていくような感覚になる。何かをすり減らして、だけど求められる理想を壊したくなくて、また俺は笑顔を貼り付ける。

 でも時々、どうしようもなくひとりになりたいときがある。そんなときは「いつもの場所」に行って、数分間だけぼーっと何も考えずにひとりで空を見上げている。誰にも邪魔されない、俺だけの時間。そこで呼吸をすれば、少しだけ気持ちがリセットされるから。

 「ふぅ……」

 そろそろ戻るか、とくるりと振り返った瞬間だった。ガチャリという音と共に、目の前の古びた扉がゆっくりと開いた。

 「あ、遥先輩」
 「大和くん」

 ひょこっと顔を出したのは、大和くんだった。目と目が合った瞬間、嬉しそうににぱぁっと笑う。教えたのは自分だけれど、まさか本当にここで出会すとは。ちょっとだけびっくりしたなんて悟られないように、平静を装って問いかける。

 「こんなところまでどうしたの?」
 「先輩に会いに来ました」
 「っ、俺がここにいるとは限らないのに?」
 「ここにいなかったら、別の場所を探しに行くつもりでしたよ」
 「無駄足じゃない?」
 「でも、こうやって会えたから」

 さらっとそんなことを言って、二段飛ばしで階段を下りてくる大和くん。すぐに俺の隣までやってきた彼は青空を眺めて、「いい天気」と気持ちよさそうに伸びをする。

 ひとりになりたいと思っていたのに、大和くんがいるのは嫌じゃない。もう帰ろうと気持ちを切り替えていたからだろうか。複雑にからまった感情は簡単に紐解けそうにない。

 「遥先輩」
 「……ん?」
 「俺がここに来たら……迷惑、ですか?」

 少し震えた声に聞こえたのは気のせいだろうか。いつも俺に向いている視線は逸らされたまま。耳の先が赤くなっている。

 「迷惑じゃないよ。どうして?」
 「俺、先輩の時間を邪魔しましたよね……」
 「…………」
 「よく考えたら、こんな誰もいないところにいるってことはそういうことかなって」

 ぺしょぺしょして、落ち込んでいるように見える大和くんの頭に手を伸ばす。俺より高い位置にあるさらさらの髪を撫でれば、大和くんが「遥先輩!?」と慌てた声を出す。いつもペースを乱されてばかりだから、その声を聞いて胸の中がよく分からない達成感で満たされていく。

 「大和くん、気にしすぎ」
 「え……?」
 「そもそも嫌だったら、この場所のことを教えてないよ」
 「遥先輩」
 「だからさ、大和くんも好きなときに来ればいいよ」
 「っ、わかりました! これからも先輩に会いに来いってことですね!」

 いや、そうは言ってないんだけど……。
 そんな言葉を飲み込んだのは、甘やかな笑みを浮かべる大和くんに見惚れたからではない。

 「もっと撫でてください」
 「はい、終わり」
 「えー、意地悪」

 大型犬みたいにアピールして擦り寄ってくるから、ひょいと手を避ければブーイングが飛んでくる。やっぱり、あまり近づかない方がいいかもしれない。心臓の音がうるさくて、隣にまで届いてしまいそうだから。

 「ほら、そろそろ予鈴鳴るから帰るよ」
 「はーい」

 渋々といった様子でついてくる大和くん。こうして見ると、年相応。かわいい後輩だと思う。

 だけど、あまり深入りしすぎるなと自分自身に警告する。サッカーがうまいと元々有名だったからか、その顔の良さと明るい太陽のような性格のためか、女子たちがこの子の話をしているのを最近よく耳にする。「人気者」は、みんなのものだから。俺だけ、独占したらだめなんだ。