初バイト、先輩バイトが同じ学校の後輩でした。

「シフト、ツキさんの代わりに入るんだって?」

 玲の怪我のことは、玲が病院に行く前に、先に俺から店長には伝えておいた。
 結果として、一部シフトが変更されて(とはいえ、人員不足で全ての変更はできなかったけれど)、玲のカバーも含めた形で、数日間の特別シフトが組まれることになった。

 玲の怪我は、特に頭を強く打ったりとかはなかったようだけれど、腰を少し強めに打ったから、階段の昇降は可能な限り控えたほうがいいらしかった。

「はい。二階の仕事は俺がやります」
「なんでまたそんなことに」
「実は、俺のせいでツキが階段から落ちちゃって……」

 全ては俺のせいである。
 肩を落として呟けば、マツさんは何時もの軽い調子で俺をからかってきた。
「ふーん? アサくんはドジっ子なのかなあ?」
「うっ」

 ドジっ子などではない!
 と、言いたいところだが、それは俺には断言できなかった。これまで玲に迷惑をかけてきた数々の出来事。ドジっ子と言われたら、認めざるを得ないのかもしれない。

「てか今思ったけど、呼び方ツキさんじゃなくてツキなんだね」
「はい。実は、ツキが俺より年下だってことがわかって……」
「あれ。そうなの? ツキさんって一年だったんだ。意外」
「そうみたいです」

 マツさんは、「なるほどねぇ」と腕組みして頷いた。

「じゃあアサくんは、今まで年下に面倒見てもらってたんだあ?」

 そして、最後にとどめを刺す。
 俺はその言葉に、顔を真っ赤に染めた。

「言わないでください!」

 こっちだって恥ずかしいのだ。
 玲があまりにも大人びていたから、つい甘えてしまっていた過去の自分を消し去りたい。
 玲が、そんな俺をどう思っていたかと思うと、余計に。

「……まあ、頑張りなよ。青少年」

 いつもの掴みどころのない声音でマツさんは言った。
 
「何ジジイみたいなこと言ってるんですか。マツさんだって、大学生じゃないですか」

 そんな彼に、俺が精一杯の反撃を食らわせると、

「ま、こういうのは人生経験の差、ってやつだからね。アサくんは初バイトだしね〜。入ってまだ日が浅いしね?」

 マツさんは軽く流して、ひょいっと俺が返却できないディスクを手に取った。

 ■

 翌日の昼休み前。
 俺は先生に隠れて、こっそり玲にスマホで連絡をとっていた。

【紫苑 昼休みになったら、体育館横の階段のところに来て】

 うちの学校では、昼休みはどこで誰と食事をとってもいい。
 事故の時の玲の人気っぷりを見る限り、二人でいると余計な視線を浴びそうだったので、俺は人があまり来ない場所に、玲を呼びだすことにした。

「昨日は俺の怪我のせいで、迷惑をかけてしまってすいません。……昼に呼び出しって、何かあったんですか?」
 
 玲は、購買の袋を手に持っていた。

「ここ座って」

 俺は、体育館で先生たちだけが使う、ほぼ使われていない外用の階段を手で叩いた。
 人はいないけれど日陰になっているし、いい感じに木が生えているので、風が吹くと気持ちがいい。コンクリートの階段は、少しヒヤッとするけれど、ご飯を食べるときはそれはそれでよいものである。
 玲は、素直に俺の言葉に従った。

「これ、玲のお弁当」

 俺が弁当の入った袋から、上にあった一つを取って渡すと、玲は目を瞬かせた。

「こんなことしてもらわなくていいのに」
「いいから。母さんが、玲に持って行けって言って。それに、今日はもう母さんが作っちゃったから、食べてもらわないと腐って無駄になる」

 玲の怪我は、そもそも俺のせいである。
 母さんは、玲のお母さんの電話番号を聞いて、直接玲の母親に謝ったらしい。

 詳しい理由は分からないけれど、直接の謝罪と感謝の言葉は、玲の親側から断られたと俺は母さんに聞いた。
 普通大事な息子なら、怪我をさせた相手に謝りに来いとでもいうかと思っていたけれど、玲の親は違ったらしい。
 何か、特別な事情でもあるのだろうか。
 詳しい事情は俺にはわからなかったけれど、とりあえず母さんの弁当の蓋を開けた玲は、俺には年相応に喜んでいるように見えた。
 
「いただきます」
「いただきます」

 俺たちは二人、一緒に手を合わせた。

 弁当の中身は、俺からしたらいつも通りの母さんの弁当だった。卵焼きにタコさんウィンナー、果物に、ブロッコリーとトマト。のりの巻かれたおにぎりに、オムレツが入っていた。

 多分、どこでも見かけるような弁当だ。
 母さんは昔から弁当づくりが好きらしく、俺が子どもの時は、よくキャラ弁を作ってくれていた。恥ずかしいからやめてと言ったら、数日落ち込んで、かわりにとタコさんウィンナーが弁当に入るようになった。
 ちなみに、黒ゴマでの顔付きである。
 相変わらずよくやるなあと思いつつ、俺はウィンナーを一口で食べた。……まあ、タコさんウィンナーは嫌いじゃない。フライパンで焼くときに、カリカリの部分が多くなるから、何もしないより食感は好きだ。

「玲は、いつもパンなの?」
 
 俺の問いに、玲は一旦箸を止めて答えた。

「はい、基本は。弁当は、朝から自分で作ると少し大変なので」
「……そっか」

 玲の家庭の事情はわからない。
 俺がバイトを始めた理由は兄さんが理由にあるけれど、1年の4月からだなんて、よく考えたら何か事情があるのかもしれない。
 もしかしたらお金に困ってる、とか? 親と仲良く無いのかな、とか。そんな言葉が頭に浮かんだけれど、だからといって俺が玲のためにできることはあまりないような気がした。

「このおにぎり、美味しいです」

 もしただ一つ、俺が出来るとしたら――。
 
「あのさ、玲」

 もくもくと弁当を食べる姿を眺めながら、俺は玲に言った。

「?」
「よかったらさ、また明日も一緒にご飯たべない? 俺の母さんさ、『玲くんには感謝しなきゃ駄目よ』って何度も言ってて。母さん、昔から料理作るのが好きだから! きっと、玲といっしょに食べるって言ったら、玲の分もまた用意してくれると思うんだ!」

 そうだ。玲の食事がいつもパンなら、母さんに玲の分まで作ってもらったらいい。
 そうしたらパンを買わなくていいし、玲と一緒にご飯が食べられる。

「いえ、流石にそれは……」
「……嫌なの?」
「嫌、というか……。紫苑さんのお母さんに迷惑がかかるじゃないですか」
「じゃあ、母さんがいいよって言ったらいい?」

 名案だと思ったのに断られてしまい、俺は前のめりになって玲に尋ねた。

「それは――」
「じゃあ、俺今から母さんに聞いてみるから!」

 そう言うと、俺は母さんとのメッセージ画面を開いて急いで打ち込んだ。

【紫苑 玲の分も弁当も作って欲しいんだけど、頼んでいい? 
今二人で食べてて
玲、いっつもパンらしくて
母さんのお弁当美味しいって言ってて】

 俺がメッセージを送ると5秒で既読がついた。

「紫苑さん? 何してるんですか?」
「いいから。ちょっと待ってて!」

 玲が、慌てた様子で俺に声をかけてくる。
 俺は、母さんからの返事を、スマホを両手で持って待った。

【母 紫苑ちゃんと一緒に食べるの? わかった。じゃあ明日から、二人分用意するね。】

 母さんの返事は、俺の予想通りYESだった。
 俺は、その画面を見てニンマリ笑って、すぐに玲へと見せた。

「玲! ね、玲見て! 母さん、玲の分の弁当も、明日から用意してくれるって!」

 玲は、俺とスマホの間を数度視線で行き来して、箸を置いてふーーっと息を吐くと、何故か俺の方へと手を伸ばした。

「……紫苑さん、そのスマホ、少し貸してもらっていいですか」
「うん。いいけど、何に使うの?」

 別に見られて困るようなものは入っていない。何故なら兄さんが過保護すぎて、子どもにするような制限機能を使い、俺のスマホライフを妨害しているから。機能を外す方があるとも聞いたことがあるけれど、機械が苦手な俺はスマホごと破壊してそうで触れなかった。
 よって、俺のスマホは年の割に多分かなりクリーンなのだ。
 そのスマホで何をするのだろう、と俺が玲を見ていたら、玲は母さんとのメッセージ画面に、何か文章を打ち込んでいるようだった。

【紫苑 申し訳ありません。お世話になります。かかった費用はお支払いするので請求してください。 望月玲】

「ええーー。そんなのいいって。うちの母さん、たぶん受け取らないと思うし」

 俺は、相変わらず真面目な玲に思わず突っ込んでしまった。見た目こそ学校では違うし、弁当を食べていると身近には感じたけれど、中身はやはり、俺の教育係の「ツキさん」そのものだ。
 母さんからの連絡は、やはりすぐに返ってきた。

【母 あら? これ書き込んでるの玲くんなの? 紫苑ちゃんに聞いてた通り、礼儀正しい子なのね〜。お金はいいから、今後も仲良くしてあげてね。紫苑ちゃんを、どうぞ宜しくお願いします。 母より】

 玲は、その文章を見て少しぽかんとした顔をしたあとに、俺の目を見て言った。

「……頼まれてしまいました」

 ちょっと間抜けだった。

 全面的に母さんがぽやぽやしているせいだけど。
 そして俺は、母さんからのメッセージを見て冷や汗を書いた。余計な文言が混じりすぎている。

「俺のこと、お母さんに話されてたんですか?」

 案の定指摘された俺は、玲から視線をそらした。

「だって、バイトのこととか……どうだったのって帰ったら聞かれるし。庇ってもらったから、それでまた例のこと聞かれて……」

 なんだこれは。めちゃくちゃ恥ずかしいんだが。
 これではいつも家に帰って、「今日のバイトどうだったの?」と聞かれ、母さんが作ってくれたご飯を食べながら、「今日はツキさんにこの作業教えてもらった!」とか話していたのが全てバレてしまう。
 俺は玲より年上だって、玲にはそう思っていてほしいのに、俺自身がポンコツすぎて全て水の泡である。

「……そうですか」

 しどろもどろになる俺を見て、玲は静かに笑ってから、それから俺にペコリと小さく頭を下げた。

「じゃあ、これからも宜しくお願いします」
「……宜しくお願いします」

 まだ完全には納得していない。
 けれど玲が嬉しそうに笑ったように見えたから、俺は玲にならって、同じように頭を下げた。