それは俺が、返却された商品の袋を空けた時だった。大量のコミックやディスクを袋から取り出していた俺は、袋のなかに黒い物体を発見して声を上げた。
「ぎゃーー!!!! んぐっ!?」
Gが! 頭にGがつくアイツがいる!!!!!!
静かな店内に俺の悲鳴が響いてすぐ、背後から誰かの手で口を塞がれた。
目の前に! G! 背後から行動を塞がれている!
混乱してバタつく俺を、その手はしばらく離してくれなかった。
「んんんんん!? んん〜!! んんんんんんん!(はなしてください)……ぷはっ!」
手を外してもらって息が出来るようになって、俺はつい背後の人に怒ってしまった。
「何するんですか!」
「アサくんが急に叫ぶからだよ」
だが、マツさんから返ってきた言葉と声は冷静だった。
「ダメでしょ? お店のなかで、あんな声出したら」
メッと叱るような声で言われて、俺は少し涙目になった。
「だ、だって……っ。だって……!」
袋のなかにヤツがいたのに!
俺が声を震われせていると、マツさんは小さくため息を吐いて、俺が怯えて触れることのできない袋に手を伸ばした。
「だ……っ。ダメですよ。マツさん。あの、中にですね、その……っ」
お店にはお客さんもいる。どう言えば分からず困っていると、マツさんは袋の中から黒い物体を取り出した。
マツさんの! 指と指の間に! 黒い物体が!
「ひあっ!」
俺は、ぎゅっと目をつぶって思わず後退ってしまった。昔から虫は苦手なのだ。高校生になってもそれは同じ。
「大丈夫。これ、食べ物のかけらだよ」
俺があからさまに怯えていると、マツさんはそう言ってくすっと笑った。
「へ……?」
俺は、その言葉にぱちっと目を空けて、それからマツさんの指の間の物体をじっと見た。
よく見るとそれは、レーズンの塊だった。
「……ほんとだ」
俺が安堵の息を吐いて言うと、マツさんは今度は、からかうようにニヤッと笑って俺に尋ねた。
「もしかして勘違いしちゃった? アサくんって、虫苦手な人?」
いつもの調子のマツさんに、俺は少し悔しくなってしまった。この人は、いつも俺をからかってばかりだ。マツさんは年上だから、俺は子どもっぽく見えているのかもしれないけれど。
「む、虫が苦手っていうか……。こんなの、誰でも驚くでしょう!?」
「あははは。やっぱ苦手なんだ。ウケる」
しまいには、マツさんはケラケラと笑い出した。なんて人だ、と一瞬思ったあとに、俺はこそっとマツさんに尋ねた。
「あの……。こういうことって、たまにあるんですか」
「んー? いや、めったにないよ」
ぽいっとゴミ箱にレーズンを捨てて、マツさんはサクサクと返却作業を進めていく。
「でもまあ、お客様によって匂いがついてたりもすることはあるよね。たぶん猫とか犬を飼われているお客さんだと、動物の毛が入ってたりとかは……どうしてもね。で、そういうのを取り除いて綺麗にして店頭に並べるのも、俺らの仕事ってワケ」
「……なるほど」
これも仕事。
そう言われたら俺は、先程声を上げてしまった自分が恥ずかしくなってきた。バイトの仕事は随分慣れたつもりだったけど、自分はまだまだ足りないところがあったみたいだ。
俺がすうーと一度深呼吸して仕事に戻ろうとすると、何故か俺は、マツさんに名前を呼ばれた。
「ね、アサくん」
顔をじっと見られて、一瞬ドキリとする。
「泣いちゃった?」
「え?」
実は、ちょっと涙目になったのは事実だ。確かめるように瞳を見つめられて、俺は慌てた。虫(誤解)のせいで悲鳴を上げて、しかも高校生にもなって泣いたなんて知られたら、マツさんのことだ。このバイトにいる限り、絶対擦ってネタにされる!
「な……泣いてないですっ!」
高校二年の男子として、そんな情けないことをツキさんたちにバラされるわけにはいかない!
「え〜〜? ホントかなあ?」
俺がマツさんからに出ようとしたら、にっこり笑って腕を掴まれた。意外と力が強い。見た目は細そうなのに、なんで俺より力が強いんだ!
「離してください!」
「え〜〜? どうしよっかなあ?」
ニコニコと、マツさんは笑って俺を見ていた。駄目だ。振り払えない――と、思ったところで、俺の救世主は現れた。
「おはようございます」
「ツキさん!」
よかった。助け舟だ!
俺がツキさんの出勤に喜ぶと、マツさんはすぐに俺から手を離してくれた。
ツキさんは、先程までの俺たちのやりとりをどこから見ていたかはわからないけれど、少し心配するような声で俺に尋ねた。
「……どうかしたんですか?」
「あっ」
俺はその時、自分の失態に気がついた。
まずい。このままでは、経緯を話す必要が出てきてしまう。ツキさんのこの質問は、ツキさんが俺が来て安心したことが、顔に出すぎたかもしれない。
「あ、いや……その、少し驚いたことがあって……」
ああ、駄目だ。やっぱり自分が、子どもみたいで恥ずかしい。
視線をそらして言うと、ツキさんはそれ以上、俺に追及してこなかった。
「……なんにもないならいいんですけど。じゃあ俺、これから着替えてくるので」
■
「俺これで上がりだから。お疲れ様でーす」
「お疲れさまです」
「お疲れさまです!」
ツキさんが着替えを終えて一階に降りてきてから、俺は意図的に、マツさんから離れてツキさんの後ろに隠れていた。
はよ帰れ!
俺がちょっとだけ語尾を強めて挨拶をしたら、マツさんは少し困ったような顔をした。
「ちょっとアサくん、俺のこと警戒しすぎでしょ。ごめんって。謝るから」
「……」
「ほら、レジ横のお菓子買ってあげるから。アサくんこれ好きでしょ?」
はい、とお金とお菓子を渡されて、俺は黙ってそれを受け取った。
「300円のお返しです」
お菓子はもちろん渡さない。俺がぎゅっとお菓子を握ると、マツさんはそんな俺を見て、ふふっと何故か楽しそうに笑った。……何か面白いことでもあったんだろうか。ツキさんは、そんな俺たちのやりとりを黙って見ていた。
それから――。
「……あ。そういえばアサくんとツキさん。今日俺遅滞の連絡したから、折り返しが来るかも」
マツさんは、思い出したという表情で俺たちに言った。
「遅滞の連絡?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「そう。延滞金ついてるのは返却ボックスじゃなくてレジでしか精算できないから、電話返ってきたらそれ伝えて、早めに返却してくださいって伝えて。……まあ、わからなかったらツキさんに代わってもらえればいいから」
マツさんはそう言うと、俺たちに軽く手を振って帰っていった。
「ぎゃーー!!!! んぐっ!?」
Gが! 頭にGがつくアイツがいる!!!!!!
静かな店内に俺の悲鳴が響いてすぐ、背後から誰かの手で口を塞がれた。
目の前に! G! 背後から行動を塞がれている!
混乱してバタつく俺を、その手はしばらく離してくれなかった。
「んんんんん!? んん〜!! んんんんんんん!(はなしてください)……ぷはっ!」
手を外してもらって息が出来るようになって、俺はつい背後の人に怒ってしまった。
「何するんですか!」
「アサくんが急に叫ぶからだよ」
だが、マツさんから返ってきた言葉と声は冷静だった。
「ダメでしょ? お店のなかで、あんな声出したら」
メッと叱るような声で言われて、俺は少し涙目になった。
「だ、だって……っ。だって……!」
袋のなかにヤツがいたのに!
俺が声を震われせていると、マツさんは小さくため息を吐いて、俺が怯えて触れることのできない袋に手を伸ばした。
「だ……っ。ダメですよ。マツさん。あの、中にですね、その……っ」
お店にはお客さんもいる。どう言えば分からず困っていると、マツさんは袋の中から黒い物体を取り出した。
マツさんの! 指と指の間に! 黒い物体が!
「ひあっ!」
俺は、ぎゅっと目をつぶって思わず後退ってしまった。昔から虫は苦手なのだ。高校生になってもそれは同じ。
「大丈夫。これ、食べ物のかけらだよ」
俺があからさまに怯えていると、マツさんはそう言ってくすっと笑った。
「へ……?」
俺は、その言葉にぱちっと目を空けて、それからマツさんの指の間の物体をじっと見た。
よく見るとそれは、レーズンの塊だった。
「……ほんとだ」
俺が安堵の息を吐いて言うと、マツさんは今度は、からかうようにニヤッと笑って俺に尋ねた。
「もしかして勘違いしちゃった? アサくんって、虫苦手な人?」
いつもの調子のマツさんに、俺は少し悔しくなってしまった。この人は、いつも俺をからかってばかりだ。マツさんは年上だから、俺は子どもっぽく見えているのかもしれないけれど。
「む、虫が苦手っていうか……。こんなの、誰でも驚くでしょう!?」
「あははは。やっぱ苦手なんだ。ウケる」
しまいには、マツさんはケラケラと笑い出した。なんて人だ、と一瞬思ったあとに、俺はこそっとマツさんに尋ねた。
「あの……。こういうことって、たまにあるんですか」
「んー? いや、めったにないよ」
ぽいっとゴミ箱にレーズンを捨てて、マツさんはサクサクと返却作業を進めていく。
「でもまあ、お客様によって匂いがついてたりもすることはあるよね。たぶん猫とか犬を飼われているお客さんだと、動物の毛が入ってたりとかは……どうしてもね。で、そういうのを取り除いて綺麗にして店頭に並べるのも、俺らの仕事ってワケ」
「……なるほど」
これも仕事。
そう言われたら俺は、先程声を上げてしまった自分が恥ずかしくなってきた。バイトの仕事は随分慣れたつもりだったけど、自分はまだまだ足りないところがあったみたいだ。
俺がすうーと一度深呼吸して仕事に戻ろうとすると、何故か俺は、マツさんに名前を呼ばれた。
「ね、アサくん」
顔をじっと見られて、一瞬ドキリとする。
「泣いちゃった?」
「え?」
実は、ちょっと涙目になったのは事実だ。確かめるように瞳を見つめられて、俺は慌てた。虫(誤解)のせいで悲鳴を上げて、しかも高校生にもなって泣いたなんて知られたら、マツさんのことだ。このバイトにいる限り、絶対擦ってネタにされる!
「な……泣いてないですっ!」
高校二年の男子として、そんな情けないことをツキさんたちにバラされるわけにはいかない!
「え〜〜? ホントかなあ?」
俺がマツさんからに出ようとしたら、にっこり笑って腕を掴まれた。意外と力が強い。見た目は細そうなのに、なんで俺より力が強いんだ!
「離してください!」
「え〜〜? どうしよっかなあ?」
ニコニコと、マツさんは笑って俺を見ていた。駄目だ。振り払えない――と、思ったところで、俺の救世主は現れた。
「おはようございます」
「ツキさん!」
よかった。助け舟だ!
俺がツキさんの出勤に喜ぶと、マツさんはすぐに俺から手を離してくれた。
ツキさんは、先程までの俺たちのやりとりをどこから見ていたかはわからないけれど、少し心配するような声で俺に尋ねた。
「……どうかしたんですか?」
「あっ」
俺はその時、自分の失態に気がついた。
まずい。このままでは、経緯を話す必要が出てきてしまう。ツキさんのこの質問は、ツキさんが俺が来て安心したことが、顔に出すぎたかもしれない。
「あ、いや……その、少し驚いたことがあって……」
ああ、駄目だ。やっぱり自分が、子どもみたいで恥ずかしい。
視線をそらして言うと、ツキさんはそれ以上、俺に追及してこなかった。
「……なんにもないならいいんですけど。じゃあ俺、これから着替えてくるので」
■
「俺これで上がりだから。お疲れ様でーす」
「お疲れさまです」
「お疲れさまです!」
ツキさんが着替えを終えて一階に降りてきてから、俺は意図的に、マツさんから離れてツキさんの後ろに隠れていた。
はよ帰れ!
俺がちょっとだけ語尾を強めて挨拶をしたら、マツさんは少し困ったような顔をした。
「ちょっとアサくん、俺のこと警戒しすぎでしょ。ごめんって。謝るから」
「……」
「ほら、レジ横のお菓子買ってあげるから。アサくんこれ好きでしょ?」
はい、とお金とお菓子を渡されて、俺は黙ってそれを受け取った。
「300円のお返しです」
お菓子はもちろん渡さない。俺がぎゅっとお菓子を握ると、マツさんはそんな俺を見て、ふふっと何故か楽しそうに笑った。……何か面白いことでもあったんだろうか。ツキさんは、そんな俺たちのやりとりを黙って見ていた。
それから――。
「……あ。そういえばアサくんとツキさん。今日俺遅滞の連絡したから、折り返しが来るかも」
マツさんは、思い出したという表情で俺たちに言った。
「遅滞の連絡?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「そう。延滞金ついてるのは返却ボックスじゃなくてレジでしか精算できないから、電話返ってきたらそれ伝えて、早めに返却してくださいって伝えて。……まあ、わからなかったらツキさんに代わってもらえればいいから」
マツさんはそう言うと、俺たちに軽く手を振って帰っていった。


