初バイト、先輩バイトが同じ学校の後輩でした。


「宜しくお願いします。『アサ』さん」
「よ、宜しくお願いします。『ツキ』さん」

 制服に着替えた俺は、早速黒マスクの男から研修を受けることになった。

 俺のネームプレートに書かれた名前は『アサ』だ。
 店長さんの話によると、この店ではクレーム対策でバイトには全員本名をもじった偽名のプレートが与えられているとのことだった。
 つまり俺が恋焦がれていた『ミナミ』さんは、名前さえ偽物だったということである。その事実に少し落ち込む。
 
「アサさんは、バイトは初めてですか?」
「……はい」

 マスク越しのせいか、声がより低く聞こえる気がした。前髪とマスクのせいで顔がよく見えないが、身長と体格が良いおかげでなんとなくツキさんはかっこよく見える。

 ――まあ、兄さんよりもイケメンな人間なんて、そうそういないと思うけれど……。

 『朝比奈尊』はかっこいいのだ。俺は散々兄さんには振り回されて生きてきたけれど、この事実は変わらない。ちなみに俺の身長は173なので平均よりは高いはずだが、やはりツキさんや兄が隣りにいると、必然的に少し小さく見える。

「レジはまだいいので、今日はとりあえず、返却を覚えてください」
「『返却』?」

 俺が聞き返すと、ツキさんはコクリと頷いてくれた。

「はい。正確に言えば、返却処理を終えたDVDや漫画やCDを、元の位置に戻す作業です。レジの後ろに棚があって、ジャンルで分かれているので、まずはここでジャンルごとにわける必要があります」
「ただ、その前に少し必要な作業があって……。今日はまず、そこから覚えてもらえたらと思うんですけど……」

 ツキさんはそう言いながら、俺のために準備を始めてくれていた。俺は、その様子を見ながら、昨日ネットで調べて用意していたもののことを思い出した。

「あの、少し待ってもらってもいいですか」
「はい」
「メモしたくて。忘れないように――ありがとうございます。準備終わりました。大丈夫です。話してください」

 ポケットから取り出した小さなメモ帳とボールペンを手に入れが真剣な目をしていると、ツキさんはそんな俺を見て少しの間の後に、説明を再開してくれた。見た目は少し怖い人だけれど、店長が教育を任せるあたり、ツキさんは人としてはいい人なのかもしれない。

「……じゃあ、次の説明をしますね」

 ツキさんはそう言うと、返却ボックスから先ほど返却されたばかりの品を取り出した。

「返却の作業ですが、まずは返却ボックスから商品を取り出したら、袋とケースに分けてください」

 この店のシステムでは、時間外は外の返却ボックスへの返却、業務時間内は中の返却ボックスへの返却となっている。商品が貸し出されるときは店員が袋に入れるので、ボックスにはその袋が積み重なっていた。

「ゴミなどが入っていたら、それは全部取り出して捨ててください。その後に、まずはデータ上で返却作業をする必要があります。スキャナーで読み取ったら作業は終わります。……ここまでは大丈夫ですか?」

 ピッピッピッとバーコードを読み込んでスキャナーを通せば、返却作業が終了――メモしながら、俺は頷く。

「はい。大丈夫です」
「じゃあ、次は返却作業の前の洗浄について説明しますね」

 ツキさんは、ケースを開いてディスクを取り出した。

「この機械を使うと、細かい傷なら修復できます。基本は指紋や汚れを取り除くために使っています。傷が深い場合は、別の専用の機器を使って対応したり、再生できるか検査する必要があるので、必ず裏面を見てから使ってください」

 ツキさんは裏側を見て、傷と汚れを確認したあとに、ちょうどディスクより一回りほど大きな円形の機械にそれをセットした。そして、プレスされるように機械の上の方を下ろす。イメージはホッチキスだ。すると、機械の中でディスクが音を立てて回り始めた。
 少しの時間の後、ツキさんが機械を抑えてい手を離すと、ディスクを裏返して俺に見せてくれた。

「綺麗になった!」

 ちょっと感動してしまい、俺はツキさんの手に触れて、思わずそう口にしていた。今日のレンタルビデオ店の店内は割と静かだ。俺の声は、やけに響いて聞こえた。
 ――まずい。
 気まずくて、恐る恐る俺が顔を上げると、ツキさんと目が合った気がした。長い前髪の下で、なぜかその時の俺には、彼が少し笑っているように思えた。

「あ……」

 言葉がうまく出てこない。初めてのバイトなのに、つい家で兄といるときのように、子供っぽいところを見せてしまった。
 触れた手を離して、俺が下を向いて黙っていると、ツキさんは先程までよりまた優しい声で、俺のことを呼んでくれた。

「前処理も終わったので、次は返却方法を教えますね」