初バイト、先輩バイトが同じ学校の後輩でした。

 翌朝、俺は玲にとある場所へと呼び出された。

「うん! やっぱり私の見立ては間違ってなかった。こういうのが似合うって思ってたんだよね!」

 玲のお姉さんの働く美容室に到着した俺は、鋏を手にして目を輝かせるお姉さんに強引に椅子に座らせられたかと思うと、あれよあれよと髪型から眉までいじられてしまった。
 ついでに服まで着せられた俺は、まるで女子が子どもの頃に遊ぶ着せ替人形にでもされているような気持ちになったが、完成品を見て更に驚いた。

「え……。これが、俺?」

 うっすら化粧されたこともあるかもしれないけれど、鏡の中には兄さんや玲とは違うけれど、今日の俺は「かっこいい」と評価してもいいんじゃないかと思う自分がいた。

「うんうん。すっごく可愛い。これ、玲の中学1年の時の服なんだけど、ちょうど良さそうだったから、家から何着か良さげなのを持ってきたんだよね」

 お姉さんは、俺という自分の芸術品の出来栄えが満足したのか楽しそうだ。だが俺はそれどころじゃなかった。

「ちゅうがく……?」

 今、聞こえてはならない言葉が聞こえた気がした。嘘。嘘だよな???

「そうそう。玲は昔から身長が高くてね。すぐ着れなくなっちゃったから、ほとんど着てないんだけど」
「すぐ……着れなく……」

 俺は、遠い世界の話を聞いているような気持ちになった。成長速度も伸びしろも俺とはまるで違う。
 駄目だ。これ以上復唱したら俺のメンタルがやられてしまう。

「着心地とかは、大丈夫ですか」
「うん。着た感じとかは好き……だけど」

 元々俺はオシャレに疎いので、玲の服の値段などはまるで分からなかったけれど、この服のセンスがいいのは俺にも分かる。
 そしてデザインや着心地は、俺は結構好きだった。

「……玲は、俺が玲の服もらうの嫌じゃない?」
「いいえ。紫苑さんが良ければ、着てください」
「じゃあ……ありがたくもらっちゃおうかな……?」

 俺の知る限り、本来こういうお下がりは年上が年下にするものだとは認識しているけれど、俺は自分の気持ちに正直にいたかったのでそのままもらうことにした。
 
「はい。どうぞ」

 玲はそう言うと、優しく俺に微笑みかけた。

 冷静になってみると変な状況だ。
 玲のお姉さん首より上をいじられて(?)、玲の服のお下がりの服を着ている玲より年上の俺。
 玲がまだ中学の頃、この服を着て普段生活をしていたのかと思うと、なぜか俺は、少し心音が速くなるのを感じた。
 こんなの、ただのお下がりのはずなのに。
 
「れっ! 玲!」

 俺は、自分でも整理できない感覚がもどかしくて、玲の名前を呼んだ。玲は相変わらず、俺が呼べばどこか嬉しそうに俺を見る。
 なにが嬉しいのかは俺にはよくわからないけれど。

「あの、今日は出かけるって言ってなかった? このあとどっか行くの?」

 俺が尋ねると、玲はにこりと笑って、俺に切符を手渡した。

「今日は、俺と一緒ににいきましょう」

■

「すごい! すごい! わんぱ犬だ〜〜!」

 電車に揺られ、目的地に着いた俺は、たくさんのわんぱ犬を前に感激を隠せなかった。

「期間限定ですけど、ポップアップショップができるって知って。紫苑さんといけたらなって思ってて」
「教えてくれてありがと。……でも、普通に俺でお金出したのに」
「俺が誘いたかったので」

 その言葉には少し含みを感じる。なんだか、エスコートされてる? みたいな。
 玲は年下だし、正直、ちょっとくすぐったい。

「喜んでもらえてよかったです。楽しいですか?」
「うん! 楽しい!」

 でも、この高ぶる気持ちは隠せない!
 俺がそう言うと、玲は安心したのかほっと息を吐いた。

「見てみて! 玲、このぬいぐるみの顔、すっごく可愛くない?」

 わんぱ犬のマスコット。わんぱ犬のぬいぐるみ。メモ帳にペンにキーホルダー。
 ちょっとアホっぽい顔をしているところ、転んでぺしょ顔になっているところ、ドヤ顔をしているが明らかに様子がおかしいところ――。
 モデルになったというイラストレーターさんのコーギーをもとにしたという、元気いっぱいなわんぱくな犬のキャラクターは、心が沈んでいた俺に笑顔をくれる。

「はい。とっても可愛いです」

 玲は、今日も俺の気持ちを全部肯定してくれた。
 別に全肯定してくれる人間が好きってわけじゃないけど、やっぱりこう、『わかってくれてる』感がするというか、玲といるとつい素が出てしまう。
 好きなものは好き。嫌いなものは嫌い。
 誰かに指図されるのは嫌いだけれど、失敗するのは好きじゃない。
 ……と、なると、玲みたく俺がやりたいことはやらせてくれて、困っていたら助けてくれるタイプは、俺は一緒にいてかなり楽しいのかもしれない。

 玲といると不思議だ。
 何故か俺が、俺でいられる感じ。

 そう思うと、俺は胸の奥が熱くなった。だって、玲と俺が出会ったのは、俺の記憶の中では最近で。玲は優しいから、きっとこれまでの玲の人生に、俺みたいに思った奴は居たんじゃないかって。
 ……それを少し嫌だと思うのは、やっぱり、友達としても先輩としても心が狭いだろうか。

「どうかしました? 紫苑さん」

 勘のいい玲が、俺のわずかに変化に気づいて尋ねる。

「何でもない」

 俺は笑ってごまかして、それから商品選びを再開した。
 ――すると。

「……あのさあ、玲」
「はい」
「さっきから、なんか視線感じない?」

 周囲の女性客からの視線を感じ、俺はコソッと玲に言った。

「まあ、女性ばっかりですからね」
「これさあ、やっぱ玲のこと見てるのかな? 大丈夫? 嫌じゃない?」

 昔のことがあって女の人が苦手だと話してくれたのに、俺のせいで女の人が多い空間に付き合わせるのは気が引ける。
 ここは楽しいけど、玲の気持ちが優先だ。

「俺は、紫苑さんのせいだと思います」

 すると例は、俺が予想していなかった言葉を返してきた。

「え? ……俺?」

 俺が俺を指さして尋ねれば、玲は頷いた。

「はい。今日の紫苑さんは『特別』なので」

 その言葉に、俺は一瞬どきりとしてしまった。

「そ、それは……。『かっこいい』? て、こと?」
「かっこいい、というよりは――」

 玲は、俺の顔をちらっと見て言葉を止めた。

「……『は』?」

 その続きはなんだろう? 待っているが答えが返ってこない。

「おーい。玲?」
「とりあえず、女性からの好感度は高いんじゃないかと思います。姉さんのプロデュースをなめないでください。俺の姉さん、結構人気があるんですよ」

 あからさまに話をそらされた。
 なんだよ。俺に言えないことでもあるのか? 何を言いたいんだ? 玲は。

「なんだよ。はっきりしろよ」
「これは、ちょっと言えません」

 玲はそう言うと、片手で口を押さえて苦笑いした。
 はっきり言えないって何? まさか悪口か。 

「なんだよ。思ってることがあるなら、ちゃんと言えってば」

 玲が俺のこと悪くいうとは思ってないけど!
 そういうの、すごくモヤモヤする。
 俺が玲に軽く掴みかかると、周囲の女子たちがきゃあきゃあと騒ぎ出した。

『ねえねえあの二人、すっごく良くない?』
『一人はカッコよくて、一人は……可愛い感じ?』
『だよね。さっきすごいはしゃいでたし(笑)』
『お兄さんと弟かなぁ? かなり仲良さそうだね』
『目の保養』
『二人とも、わんぱ犬好きなのかなぁ?』
『え〜? じゃあ『わんぱ男子』、みたいな?』

 俺と玲は兄弟じゃない。あと多分話を聞く限り、確実に俺のほうが弟だと思われている。
 納得がいかない。

「……」
「……」

 俺たちは黙った。俺は玲から手を離した。
 わんぱ犬は可愛いし好きだけど、女子に噂されるのは好きじゃない。

「とりあえず、会計をしましょうか」
「うん」

 とりあえず、俺はどデカいわんぱ犬のぬいぐるみを買った。部屋に置くのだ。ベッドのうえに載せて、今日からは一緒に寝よう。

「よし。俺と帰るぞ。わんぱ犬」

■

 その後も、俺と玲は一緒に買い物を続けた。 
 俺は服はよくわかないけれど、玲のセンスは確かだと思ったから、いろいろ進めてもらうことになった。

『紫苑さんには、こういう服が似合うと思います』
 
 そう言って、次々服を選んでは、俺は試着室でそれを着てみた。
 玲は俺が着替えるたびに、

『とても似合ってます』
『素敵です』
『かっこいいです』
 と、俺のことを褒めてくれた。

 なんだか俺が玲に褒められるだけになっている気がするけどいいんだろうか?
 そうは思ったけれど、玲は楽しそうに笑っていたので気にしない事にした。
 だって今! 自己肯定感が上がる音がする!

「玲」
「はい」
「俺、今日すごく楽しい。ありがとう」
「それは良かった」

 俺が感謝を述べると、玲は嬉しそうにする。
 『ツキさん』として接していただきは表情が見えなくて分からなかったけれど、つまるところ俺は、玲のこういうところが好きなんだろう。

 俺が嬉しいと、玲も『嬉しい』って。玲は俺に、そんなふうに笑ってくれる。
 もしかしたら、だから、なのかもしれない。
 玲と過ごしていると、全部が楽しくて、ずっとこのまま、一緒にいたいと思ってしまうのは。

■

「短冊コーナーある!」

 俺たちが買い物を終えたあとに建物をウロウロしていると、もうすぐ七夕ということもあって、店内に七夕コーナーがあるのを俺は見つけた。
 笹の葉と、短冊にペン。
 笹の葉にはすでにたくさん願い事がかけられていて、その中には大人の字から、こどもの字まで様々あった。

「そろそろ七夕ですからね。何か書いていきますか?」
「とーぜん! こういうのは、絶対書かなきゃだろ!」

 でも俺は、ペンを取ってからピタリと動きを止めた。
 ふと思う。
 俺の、今の俺の願い事はなんなのだろう。

 兄さんから自立したかった。
 ミナミさんと出会って、ミナミさんと一緒に働きたくてこのバイト先を選んだ。でも、俺が入ったらすぐミナミさんは居なくなって、かわりに俺は、玲と出会った。

「……」

 でも兄さんは、俺のことを信用なんかしてなくて。玲のことを悪く言って。バイト先にまで押しかけてきた。兄さんは、俺を子ども扱いしている。俺はそれが嫌だ。なんで俺の気持ちを考えてくれないんだって思う。
 ――……でも。

『遅くならないよう、気をつけて帰ってきなさい』

 いつもは無敵なはずの兄さんが、昨日俺にそう言った時のあの声が、ずっと俺の胸の奥で、トゲのように刺さっている。

「……」

 自分が自分でわからない。
 俺の本当の、最初の願いは何だった?

「ーーしおん、しおんさんっ!」
「…………えっ?」

 黙りこくっていた俺に、玲が少し焦った様子で声をかける。
 我に返った俺は、玲を見て胸が痛んだ。『心配した』って、顔に書いてある。それが、今は何故か苦しい。

「……どうしたんですか? 急に」
「なんでもないよ」

 俺は、そう言って笑顔を作った。
 自分でもうまく言葉にできない感情を、誰かに伝えることなんてできない。

「ね。玲はなんて書いた?」

 俺は、玲の短冊を覗き込んだ。

「『心願成就』?」
「はい。こう書いておけば、間違いないですから」
「じゃあ、俺もそれにする」

 自分の願いこと、叶えたいこと。
 確かにその言葉なら、全てを叶えてくれる気がした。
 短冊に願い事を書いた俺は、手に持っていたわんぱ犬ぬいぐるみを袋から取り出して抱きついた。

「えっ!? 紫苑さん、何してるんですか?」
「エネルギー補給してるっ!」
 
 そのまま大きく深呼吸。
 もやもやしたときは、大きなぬいぐるみに抱きついて、気持ちを吸い取ってもらうのだ。
 そうしたら少しは、心が楽になる気がする。
 昔から俺は、こうやって生きてきた。

「――あの」

 俺が、犬吸いならぬぬい吸いをしていると、スーツ姿の男性が、俺に名刺を出してこう言った。

 【――芸能事務所】
 名刺に書かれた名前は、俺でも知る有名な会社のものだった。

「少し、お時間よろしいですか?」