初バイト、先輩バイトが同じ学校の後輩でした。

「めちゃくちゃ怒られた……」

 玲の家に行った日の夜。
 俺が家に帰ると、母さんと父さん、そして兄さんが俺をリビングで待っていた。

『お母さんもね、心配したのよ。今日はお友達と一緒にいたの?』 
『うん』

『あのね、先に連絡はもらってたけれど、お母さんもこんなに遅いとは思ってなかったの…。お友達の家族にも迷惑がかかってしまうし、貴方はまだ高校生なんだから、こんな時間まで出歩くのは良くないと思うの』
『……うん』

 母さんは、俺のことをだいぶ心配していたらしい。
 ただ、とりあえず俺が帰宅したのを見て安心したらしく、母さんはほっと息を吐いた。

『紫苑。母さんに心配をかけてはいけないよ』
『……はい。父さん』

 母さんの隣に座っていた父さんが、俺の目を見て言った。父さんはあまり俺に怒る人ではないけれど、昔から母さんと仲がいいので、母さんが悲しんだと判断したら俺は毎回怒られる。

「……でも、あそこまで言うことないのに」

 思い出しても腹が立つ。
 母さん父さんの話は受け入れるとして、俺は兄さんの言葉が許せなかった。

『紫苑。今何時だと思ってるんだ? 何度も連絡したのに、どうして出なかった?』
『……』
 俺が黙っていると、兄さんはこう言ったのだ。

『もしかして、バイトを始めてから悪い友だちと付き合っているんじゃないのか』

「……腹立つ」

 俺は、拳を握って呟いた。

 だって、自分が何も知らない俺の友だちを――玲のことを、勝手に決めつけるなんて許せなかった。
 玲は初めてバイトを始めて、何も分からなかった俺に優しくしてくれた。俺が階段から落ちそうになったとき、助けてくれたのは玲なのだ。出会ってからずっと、俺を助けてくれた玲のことを、そんなふうにいうなんて。

 ――玲は絶対、悪い奴なんかじゃない。

「……玲のこと、何もわかってないくせに」

 そう口にして、俺は自分の口を塞いだ。
 ――いや。
 昨日のこと。別れ際に玲の言葉を思い出して、俺は胸の奥がきゅうと苦しくなった。
 
 この感情は、どう言い表わせばいいのだろう。

 学校でもバイト先でもない、普通の顔――薄い仮面の向こう側の、玲の素顔をみられた気がして、一緒に道を歩くだけでも楽しかったのに。
 今は、自分は結局玲のことを何も知らないのではと、少しだけ怖くなる。

「俺も、わかってないのかもしれないけど」

 俺は、バイトで出会ってからの玲しかしらない。
 もしその前に出会っていたとしたら――? 兄さんの影がちらついて、それは俺の心に、カリカリと爪を立てるような音を響かせた。

「玲は、今日は午後からなんだっけ……?」

 バイトに行く前、スマホの画面でシフトを確認して、俺は大きく息を吸い込んだ。
 今日、玲と会えたなら――あの言葉の意味を、俺は玲に聞きたかった。

■

「はよ〜。アサくん。なんか眠そうな顔してんね」

 店につくと、開口一番マツさんは俺にそう言った。
 相変わらず目ざとい人だ。昨日のことがあって確かに若干寝不足だけど、顔に出ていたんだろうか?

「おはようございます。マツさん」
「で、なんかあった?」
「……いいえ。何も」

 俺は静かに首を振った。
 これは、マツさんに話せる内容じゃない。話しても……たぶん、どうにもならないし。
 マツさんは俺をじっと観察するように見ていたが、それ以上、踏み込んでくることはなかった。

「……そう。なら、いいけど」

「それより、店が何かあったんですか?」

 俺は話題を変えたくて、今度はマツさんに俺から話題を振った。
 マツさんは、「待ってました」と言わんばかりにニヤニヤしていた。

「聞いちゃう? それ聞いちゃう?」

 そして、デデーン! という効果音が入りそうなほど楽しそうに、機械を前に両手を開いた。

「なんと、ついにうちの店でも自動レジが導入されました!」
「……セルフレジ?」
「そうそう! ほら、今の世の中どこも人手不足だからね。昨今の情勢も鑑みて、ついに導入することにしたらしい」
「へえ……」

 確かに、「うちにもあればいいな」とは思っていなかったといえば嘘になるけど、レンタルビデオはシステム上鍵を外したりする作業なんかもあるから、導入は難しいかと思っていた。

「ここでね、お客さんに鍵を外してもらうんだよ」
「なるほど……」

 マツさんに教えてもらいながら俺が頷いていると、そこに店長がやってきた。

「アサくん。おはよう」
「お、おはようございますっ! 店長!」
 
 今日店長に会うのはこれが初めてだ。俺が勢いよく頭を下げると、店長はにこにこ笑っていた。

「うん。今日も元気だね。じゃあ今日は、新しいことを勉強しようか」

 そう言うと、店長は棚から鍵を取り出して俺を手招きした。

「今からレジについて説明するから、今日はそれを覚えてね」
「……え?」

 俺は、さらりと告げられた言葉に硬直した。
 

 朝比奈紫苑高校ニ年生。
 苦手なもの、機械全般。