「紫苑さん。部屋の電気は消しますか?」
「…………消すに決まってるだろ」
「わかりました」
隣に座っていた玲が、側にあった壁のスイッチをオフにする。室内が暗くなると、途端部屋の外から聞こえる雨音が強くなったような気がした。
「それじゃあ、再生しますね」
玲がリモコンを操作して、再生のボタンを押す時、俺はソファの上で体育座りしていた体をぎゅっと胸に抱き寄せた。
緊張する。
ホラーは久しぶりだけど、大丈夫だと自分に言い聞かせる。
俺が何も考えずに手に取ったDVDは、読者から寄せられるお手紙の内容を映像化した、というものだった。古いものなのか、映像は基本的に静止画だった。
まず画面上に、『一通のお手紙』が映し出される。宛名などはぼかされているが、郵便番号は見えるようになっていた。
【これは、実際に私が体験した出来事です。】
それが始まり。
よくある短い話の連作で、作りとしては『よくある設定』なんじゃないかと思う。
【小学生の頃、私は一階建ての木造の校舎に通っていました。親の転勤で、コンクリートから古びた木造校舎に通うことになった私は、古い校舎の隙間風や、掃除をするときに指に木が刺さるのが嫌でした。】
声は、子供のような、可愛らしい女の子の声だった。
【学校には、『七不思議』がありました。トイレの花子さん、音楽室のヴェートーヴェン、理科室の動く人体模型――子どもの頃、私と友人はそういうものが大好きで、よく二人で、『噂』の真相を確かめに行きました。】
まあ、これもよくある話。
俺も小学生の時、似たようなことをしたことがある。小学校は六年まであるから、その頃は兄さんとも同じ学校だった。兄さん曰く腐れ縁だという兄さんの友だち(歌手デビューはこの人とのユニット)と一緒に、学校を暗記するついでに色々教えてもらった。
【「「はーなこさん。遊びましょ」」私と友人は、手をつないで言いました。返事は返ってきません。もしかしたら、私が百点のテストを持っていたからかもそれません。】
俺は、その説明を聞いて思わずテレビを指さした。
「これ知ってる! 『百点のテスト』持ってたら大丈夫なやつだ!」
多くの場合、『怖い話』には、対処法があるのだ。秘密の呪文とか、種明かしだとか――それを知ってしまった人間が、怖さを忘れて夜に眠れるような裏技が。
「紫苑さんの学校にもありました?」
「あるある! 学校ではやった怖い系って、結構対処法あったよな」
玲が同意してくれて、俺は平常心を取り戻した。
よしよし。怖くない。怖くないぞ。
そもそも兄さんによると、こういうもので使われる郵便番号は『存在しない郵便番号』らしい。
画面上に出しはするけれど、『あくまでこれは嘘の話ですよ』ということを、視聴者に伝える意図もあるのだということだった。
つまり、これは架空の話。
本当にあった話は、『本当にはなかった』話なのだ。
俺は、自分の成長に喜んだ。昔は苦手だったけれど、俺ももう高校生。高校生にホラーなんて通用しない。
だってこの話は、ホラ(嘘)であってホラー(心霊話)ではない!
【ある夏の夜。私たちは学校で行われる、肝試しに参加することになりました。これは、毎年行われるもので、学校の中を、スタンプを押しながら回るというものでした。「怖いかなぁ。怖いかなぁ」私がつないだ友人の手を握りながら尋ねると、「私がいるから怖くないよ」と友人が言いました。】
俺たちが話している間も、映像は続いていく。俺はつい、思った言葉を口にした。
「女子だなあ……」
「え?」
「だって、普通男は、怖くても手は繋がないだろ」
「あーー……。確かに、そうですね」
偏見があるとかそういうことではないけれど――もし学校で男同士で手をつなごうものなら、確実に女子にヒソヒソされそうだ。
因みに兄さんは最近、相方(腐れ縁)と妙な噂を立てられているらしくキレていた。そして母さんは、それを「芸能人あるある」と笑っていた。……いいんだろうか。本当にそれで。
考え事をしているうちに、映像は進んでいたようだ。二人の少女は寄り添うようにして、暗い校舎を懐中電灯一つを手に歩いていた。
【鏡です。階段を登ると、大きな鏡がありました。すると、友人が言いました。「ねえ知ってる? 夜に二つの鏡を向かい合わせて合わせ鏡にするとね、13番目に自分の顔が見えるんだって。一緒にやってみようよ」】
夜の学校で、合わせ鏡をしようとはいい度胸である。
【「じゃあ、照らすね」友人と私は手をつないだまま、鏡の真ん中に立ちました。大きな鏡に光を当てると、鏡の中の私がどんどん小さくなって見えていきます。そして、13番目の私を見つけた時――】
その瞬間、映像の中の静止画の鏡から、ニュルッと無数の手が二人の少女をつかんだ。
「ひぃあっ!」
突然のホラーに耐えられず、悲鳴をあげた俺は体を飛び跳ねさせて、直ぐ側にあった何かにしがみついた。
俺は昔から、予想外のことが苦手なのだ。
普通に笑って見ていたら、突然「怖い映像」が出てきたせいで動揺を隠せずにいたら、玲がリモコンで映像を止めて「ぷっ」と声を出して笑った。
俺は、その声を聞き逃さなかった。
「笑った。……今、笑ったーー!」
すぐに、玲から腕を離す。
なんで笑うんだよこの野郎! そう思って俺は指摘したのに、玲はそんな俺を見て今度は声を上げて笑い出した。
「あははははっ!」
悔しい。何で笑うんだ。人が驚いたからって、……驚いたからって、笑うことはないだろうが!
「だって、紫苑さんがあまりにも予想通りの反応するから」
玲はそう言うと、あろうことか俺に手を差し出した。
「大丈夫。俺が、ここにいますよ。あ、手もいります?」
「〜〜ッばか!!!」
俺は、差出された玲の手を勢いよく叩き落とした。
別に俺は、怖くて抱きついたんじゃない。びっくりして、驚いて、それでつい側にあるものにしがみついただけなのに!
なのに、俺を子どもみたいに馬鹿にしやがって!
「ははっ。もう、叩かないでください。紫苑さん」
「今のは玲が悪いっ!」
「はいはい。分かりましたから。そうですね、俺が悪いです」
玲は、幼い子どもをなだめるかのような声で言った。自分の非を認めるなら一応許すけど、正直その声音は許してない。
俺がちょっともやもやしていると、玲が「あっ」という声と共に首を傾げた。
「……でも、これはそもそもなんですけど――。一階建ての木造校舎に『階段の合わせ鏡』ってあるんですか?」
「え?」
突然の疑問に、俺はぽかんと口をあけた。
「最初に映った校舎一階建てでしたし、子どもとはいえ身体より大きいってなると、まあまあスペースが必要ですよね? あの大きさの合わせ鏡ってなると、やっぱり階段の合わせ鏡の大きさだと思うし……。『階段を登る』ってシーンがあったと思うんですけど、そもそも最初は一階建てとも言ってたし……」
と、いうときはーー?
「つまり、この校舎は一階建てで、七不思議になるような階段はたぶん存在しないから『階段の合わせ鏡』は存在しない?」
「……おそらく?」
「事実とは異なる?」
「はい」
俺は、その言葉を聞いて心から安心した。
「はーー! なんだよ。それ! 驚いて損した。やっぱりただの嘘じゃん!」
兄さんから聞いていた話もあるし、これはやはり作り話だったのだ。俺は、ソファの上で体を広げて、大きく息を吐いた。よかった。これでちゃんと安心した。
玲は、そんな俺をちょっと観察したあとに、テーブルの上に置いてあったリモコンをとった。
「じゃあ、続き再生していいですか?」
玲が、俺を見てニッコリ笑う。テレビの画面は、鏡から手が出ているシーンで止まっている。この後どうなるかは――正直、気にな……いやでも、また玲の前で醜態を晒すわけにはいかない!
「いや……。それは、ちょっといいかな。ほら、なんかもうホラーの気分じゃなくなっただろ?」
一生懸命俺が話をそらそうとすると、玲はちょっと意地悪そうな表情をした。まるで、俺が困っているのを楽しんでいるみたいだ。
「……その様子を見ると、やっぱり少し怖くなっちゃいました?」
やっぱり今、絶対俺をいじめて楽しんでいる! 年下のくせに生意気である。
「……しつこい」
俺がムッとしていうと、玲はふふっと笑った。
……うん。こういう笑い方だと、ちょっとは幼く見える。まあ、玲が楽しいならいいけど。……うーん。いや、やっぱ笑われるとちょっと腹立つな。
「まあそもそもこれは、姉さんが小さい頃に父さんに買ってもらったものなので、子ども向けっていうか。子どもが怖がった時、親が説明できるように、小さな矛盾を作っているのかもしれないですね。合わせ鏡も、13番目というのは難しいと思いますし」
俺が腕を組んで考えていると、玲がポツリそんなことを呟いた。
つまり俺は、子ども向けホラーを怖がったということで。それって。それってぇ……。
俺が一人落ち込んでいると、玄関の鍵を回す音が響いて、それからすぐに、明るい大人の女性の声が聞こえた。
「ただいま〜〜。玲、荷物運んで」


